2階から外に出る。
朝は普段より1時間前に起きて雪かきをする。
歩道と車道には高い塔ができる。
ただただ白い世界。
息ができないほどの寒さ。
田舎の雰囲気、人、空気、習わし。
なにもかもが嫌で飛び出した18才。
大学1年、渋谷に新宿、池袋…
何処を歩いてもキラキラと輝いていて、
ときめき、
魔法にかかったようだった。
絶対に田舎には戻らない。
私の居場所は「東京」にしかない。
田舎を離れて、10年。
渋谷のキラキラはもうときめかなくなってしまった。
大きなデパートやお洒落なカフェ。
当たり前になりつつ世界。
流行の移り変わりも横目で流し、
簡単に日常でワクワクすることは殆ない。
冬の実家は一番嫌いだった。
ただでさえ何も無いのに
雪で街を覆って一面の白。
今となっては、雪で覆われた街を見に行きたいと思う。
田舎があるというのも悪くない。
見渡す限りの銀世界。
しーーんと静まり返った真冬の空。
何もせずに、ぼぉーっとできるのがよい。
何もなくていいじゃないか。
18の頃に見ていた、キラキラした世界に負けない
美しくさが目に前に広がっていた。
「冬になると」
3ヶ月で、はなればなれになってしまった。
結婚前提で晴れて付き合うことになった私達。
できたてほやほやのパンケーキのように
甘く柔らかく、何をしていも幸せで
恥ずかしいことも自然に言えてしまうような時間は
突然終止符をむかえる。
はなればなれと言っても
お互いの心から離れ離れになったわけではない。
会社の命令で私が大阪へ2年転勤になったのだ。
まさかの出来事だった。
あぁ。今来たか…元彼と別れ、縁にも恵まれず、
東京でバリバリのキャビウーマンになる!!
仕事に生きる!と決めた3年前の私。
3年間の頑張りが今どうやら報われたらしい。
でも、今じゃないだろう…とモヤモヤ
ネガティブな感情を消化できないまま、
その夜、和樹を食事に誘い、
事の成り行きを伝えた。
意外な返事だった。
「大阪かー!いいなー。沢山行きたいとこある。
関西圏で滋賀とか行ったことないし、
京都もゆっくり観光できるじゃん!」
「なんだよー。こっちから居なくなるのが
嬉しいみたいじゃない(笑)」
「そんなことないよ!?仕事一生懸命なところが
千秋のいいところでもある!おめでとうじゃないか」
「まぁ、そうだけどっ。!
こうなったらやるっきゃないか」
こうして、私達は
晴々と遠距離恋愛をスタートさせた。
私は、どうしても物事を深く考えがちである。
石橋を十分すぎるほどたたき、危なそうなら
そこで何時間も立ち止まる。そして結局進む。
彼は、見てみよう、やってみようといった姿勢が強い。
石橋はたたくのでも、渡るのではなく、
自分で作って自由に進む。
それ故私達は2年の中で沢山喧嘩もしたし、
沢山互いを尊敬したりもした。
月に一度東京と大阪を行き来し、
日本各地を股にかけデートを楽しんだ。
はなればなれになって寂しい日もあったけれど、
結果はなればなれになってよかった。
近くにいたら見えないお互いの良さが沢山知れた。
石橋を作る彼は意外と寂しがりやで
何か理由をつけては電話をしてくるキュートさを
持ち合わせていることも知った。
今日から私達は、
はなればなれではなくなる。
日本各地で買ったお土産たちに囲まれながら
同じ場所に帰り、同じ景色を見る。
私達なら大丈夫。
はなればなれになって見えたものを忘れないから。
「千秋、改めてよろしくね。」
「いいえ、こちらこそ。」
「 はなればなれ 」
おかえり。
がちゃっ。と音がする。
「ええ〜恭輔くんのお家シック〜。」
「ま、狭い家だけど座れよ。酒、何飲む?」
今日もあたしの主人はどこかのだれかと一緒に帰宅だ。
今月は3人目。
ふふん。それを知っているのはあたしだけ。
仕方がないから愛嬌ふりまいてやろう。
にゃー。
「かわいい〜♡名前は??」
と甘ったる声。
「ミシャ。ほい。レモンサワー。」
「ありがとう♪カンパーイ」
恭輔と女は流行りの洋画を観ている。
二人の距離が近くなる。
やがて恭輔が女の首に手を回した。
ふむふむ。そろそろ席を外してやるとするか。
あたしはなんて利口な女なのだろう。
どれくらいたっただろうか。
つい玄関でうたた寝してしまっていた。
外はうっすら明るい。四時位だろうか。
「ミシャ。おいでー。
一人じゃ淋しいだろう。」
あたしを優しく抱きかかえ、彼はベッドに向かった。
「 子猫 」
仕事が思いの外、遅くなり、急いで終電にかけこむと
一葉から一通のLINEが入った。
「ねぇ、ふくひろ閉店するらしい…
来月こっち来るなら一緒に行かない?」
ふくひろというのは、地元にある喫茶店で
中高生のたまり場のようなものだ。
名物メニューは一つ100円の大判焼き。
定番のあんこクリームに加えて、マヨじゃがやナゲット等個性的なラインナップが10種類ほど。いつ来ても飽きない。
頑固な店長に見つからないでテーブルに
好きな人の名前を掘りきれば両思いになれる迷信もあった。
「ふくひろか〜。懐かしいな。」
絵美は東京で編集の仕事をすることが夢だった。その為、東京の国立大の進学を望んでいた。
だが、結果は失敗。
部屋でこの先の将来に絶望していると奏汰からメールが届いた。
……虹の写真一枚。
待てど暮らせどその後のメッセージは来ない。
奏汰はそういう男子だった。奏汰らしいな〜とつい笑ってしまう。
続いて追撃のメール
……ふくひろの大判焼きの写真一枚。
ん???これ私の家の前?
窓から外を見ると、奏汰がぼーっと立っていた。
私達は近くの河川敷で無言で黙々と大判焼きをむさぼり食べた。
食べ終わると奏汰は「じゃっ。」と言って帰っていった。
奏汰の小さくなる後ろ姿を見ながら、
優しくて独特な光を放つ奏汰が好きだと思った。
私達は7年付き合った。
お互い大学は東京に出て、それなりに楽しくて過ごし、
それぞれ希望の会社に就職した。
絵美は向上心が強く責任感もある性分だったからか
すぐに仕事を任され、3年目には主任の位置まで登りつめた。
一方奏汰はマイペースで自分らしくを大切にするタイプだった。
次第に仕事を理由にすれちがい、私達は別れた。
毎年二人で行っている六義園の紅葉。秋風も愛交じり、
とても風流なのだ。
「きれいだね〜。ここの葉っぱはいつも笑っているみたい。風も気持ちいいね。」
とのんびり微笑みかけてくる奏汰のマイペースさに飽き飽きした。
今年は仕事でプレゼン資料の納期に間に合わなそうだからパスしたいと言ったが、
そんな時にこそ自然はいいと奏汰が譲らなかった。
六義園を出た後、カフェに入ると
「私達、今わかりあえてると思う??」と聞いた。
「そうだね。」と奏汰は言った。
「そうだね?って何?」
「……。」
「奏汰がなに考えているかわかんない。将来も考えられない…………。なんか言ったら?」
「……。」
「何か言ったら?ねぇ。かばんにさ、大判焼き入ってるよね。私が欲しいのそういうのじゃないから。」
絵美がトイレから帰って来た際に六義園の休憩所でテイクアウトの大判焼きを買っていたのを見た。
大方、あの時の様に元気つけようとしたのだろう。
その行動にもうんざりしていた。
「別れましょう。奏汰もその方がいいと思うでしょ。」
「………。そうだね。」
「オッケー。そしたら奏汰、仕事の日荷物取り行くから。鍵はポストいれとく。うちにある荷物は送るわ。」
最後の一言を言い終えるかどうかで立ち上がり、店を後にした。
絵美は来月結婚することになっている。
彼とは仕事の取引先で出会った。
おしゃれなスーツが似合って、笑顔が爽やかで
とっても活動的な人だ。
いろんなところに旅行に行き、時にはビール片手に仕事の話で盛り上がり、気づくと深夜になっている。
コロナ禍で大変な時期も二人で二人三脚、工夫しながら楽しく関係を築いてきた。
今、私は幸せだと思う。
懐かしいことに想いを巡らせたからだろうか。
あの時、大判焼きを二人で笑いながら頬張っていたら
全く違う人生だったろうかと思いを馳せる。
「 秋風 」
真っ白でしんと静まり返った世界にハルは居た。
手足の感覚を確かめながら、ハルが起き上がると
ハッと気づく。白の正体は雪だった。
だが、その雪は冷たくない。いや、冷たくないというよりは温度がないと言った方が正しそうだ。
音を確かめてみる。
「こんにちは。」
無機質な世界にハルの鼻にかかった声がこだまする。
どうやら、音はあるようだ。
パチンといった音と同時に
目の前に真っ白で小さく美しいきつねが現れた。
ハルが目を見開いていると
「そなたは、なぜ此処に来たのじゃ。」
と色なく問われた。
「……わからないわ。」
白狐は続けて言う。
「そなたは、わからねばならぬ。」
…?
「何をわからないといけないの?」
表情変えず、白狐は言う。
「そなたは、此処に来た意味を探さねばならぬ」
その言葉を言い残し、白狐は風と共に消えていった。
ハルは瞼をそっと閉じた。
そこには、あたたかで繊細な笑顔をしたあなたが居た。
「脳裏」