仕事が思いの外、遅くなり、急いで終電にかけこむと
一葉から一通のLINEが入った。
「ねぇ、ふくひろ閉店するらしい…
来月こっち来るなら一緒に行かない?」
ふくひろというのは、地元にある喫茶店で
中高生のたまり場のようなものだ。
名物メニューは一つ100円の大判焼き。
定番のあんこクリームに加えて、マヨじゃがやナゲット等個性的なラインナップが10種類ほど。いつ来ても飽きない。
頑固な店長に見つからないでテーブルに
好きな人の名前を掘りきれば両思いになれる迷信もあった。
「ふくひろか〜。懐かしいな。」
絵美は東京で編集の仕事をすることが夢だった。その為、東京の国立大の進学を望んでいた。
だが、結果は失敗。
部屋でこの先の将来に絶望していると奏汰からメールが届いた。
……虹の写真一枚。
待てど暮らせどその後のメッセージは来ない。
奏汰はそういう男子だった。奏汰らしいな〜とつい笑ってしまう。
続いて追撃のメール
……ふくひろの大判焼きの写真一枚。
ん???これ私の家の前?
窓から外を見ると、奏汰がぼーっと立っていた。
私達は近くの河川敷で無言で黙々と大判焼きをむさぼり食べた。
食べ終わると奏汰は「じゃっ。」と言って帰っていった。
奏汰の小さくなる後ろ姿を見ながら、
優しくて独特な光を放つ奏汰が好きだと思った。
私達は7年付き合った。
お互い大学は東京に出て、それなりに楽しくて過ごし、
それぞれ希望の会社に就職した。
絵美は向上心が強く責任感もある性分だったからか
すぐに仕事を任され、3年目には主任の位置まで登りつめた。
一方奏汰はマイペースで自分らしくを大切にするタイプだった。
次第に仕事を理由にすれちがい、私達は別れた。
毎年二人で行っている六義園の紅葉。秋風も愛交じり、
とても風流なのだ。
「きれいだね〜。ここの葉っぱはいつも笑っているみたい。風も気持ちいいね。」
とのんびり微笑みかけてくる奏汰のマイペースさに飽き飽きした。
今年は仕事でプレゼン資料の納期に間に合わなそうだからパスしたいと言ったが、
そんな時にこそ自然はいいと奏汰が譲らなかった。
六義園を出た後、カフェに入ると
「私達、今わかりあえてると思う??」と聞いた。
「そうだね。」と奏汰は言った。
「そうだね?って何?」
「……。」
「奏汰がなに考えているかわかんない。将来も考えられない…………。なんか言ったら?」
「……。」
「何か言ったら?ねぇ。かばんにさ、大判焼き入ってるよね。私が欲しいのそういうのじゃないから。」
絵美がトイレから帰って来た際に六義園の休憩所でテイクアウトの大判焼きを買っていたのを見た。
大方、あの時の様に元気つけようとしたのだろう。
その行動にもうんざりしていた。
「別れましょう。奏汰もその方がいいと思うでしょ。」
「………。そうだね。」
「オッケー。そしたら奏汰、仕事の日荷物取り行くから。鍵はポストいれとく。うちにある荷物は送るわ。」
最後の一言を言い終えるかどうかで立ち上がり、店を後にした。
絵美は来月結婚することになっている。
彼とは仕事の取引先で出会った。
おしゃれなスーツが似合って、笑顔が爽やかで
とっても活動的な人だ。
いろんなところに旅行に行き、時にはビール片手に仕事の話で盛り上がり、気づくと深夜になっている。
コロナ禍で大変な時期も二人で二人三脚、工夫しながら楽しく関係を築いてきた。
今、私は幸せだと思う。
懐かしいことに想いを巡らせたからだろうか。
あの時、大判焼きを二人で笑いながら頬張っていたら
全く違う人生だったろうかと思いを馳せる。
「 秋風 」
11/14/2023, 12:20:48 PM