泡藤こもん

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7/27/2023, 4:15:27 PM

ある日、世界中のありとあらゆる人々に、ありとあらゆる手段によってメッセージが届けられた。
『約束の日、神様がこの世で最も偉い人間の前に降り立って、「人類は生き残るべきか?滅びるべきか?」と問うでしょう』
そこからはもうてんやわんやだ。
降臨とその時刻が明確に示されたことで既存の宗教も新しい宗教も色々言い始めるし、
色んな人々が「この世で最も偉い人間とはなんだ」って喧々諤々の討論を始めるし、各国の首相や様々なリーダー達が「私こそが」と胸を張り始めるし、
もしかしたら「約束の日」のその瞬間に人類が滅びてしまうかもしれないなんて、誰も気にしていなかった。蚊帳の外にされていた。

果たして約束の日、約束の時間。
祈ったり喚いたりしていた人達を他所に、神様はその時刻に生まれたばかりの赤ん坊のもとへ現れた。
医者にも母親にも目を向けず、今へその緒を切られたばかりの赤ん坊、その子を抱く看護師のもとへと神様は歩み寄って、言う。
「人類は生き残るべきか?滅びるべきか?」
まだ羊水と血液にまみれた赤ん坊はただ「おぎゃあ」と泣いて、神様はそれに「そうか」と頷いて、その「神様」としか言い表せない姿を消し去った。

「最も偉い人間」が何と答えたのか、神様はそれでどんな結果を得たのか。
分かるのは神様ばかり。
赤ん坊は、とりあえず今はご機嫌で笑っている。

7/26/2023, 6:00:22 PM

姉は、博愛の人だった。
困った人がいればすぐに駆け寄り、迷子を抱き上げ、誰にでも微笑みを向けた。
容姿が優れている訳ではなかったし、勉強や運動に秀でている訳でもなかった。
それでも両親にとっては評判の良い自慢の子で、何かにつけては比較される私としてはあまり面白くなかった。
「お姉ちゃんはみんなに優しいけど私には優しくないね」
いつだったか、ふたりきりの子供部屋で電気を消してからそんなことを言った。確か、読んでいた本が面白いところだったのに「夜更かしすると明日起きれなくなるよ」「早起きして読めばいいじゃない」なんて笑われながら電気のスイッチを押されたのだ。
くすくす、と姉の忍び笑いが漏れた。
「ばれちゃった?」
でもね、貴方にだけ優しくない訳じゃないんだよ。私は誰にも優しくないんだよ。
道で転んだ人に手を貸すのはお礼にお小遣いをくれることが多いからだし、迷子の子は近所の人の顔見知りだったりして私の評判を良くしてくれる。愛想笑いをしてれば、つっけんどんな態度の人も拍子抜けするのかそれなりの態度を取るようになる。
「私、明日日直だから登校が早いんだ。だからちょっとでも早く寝たい」
少しだけ気まずそうに早口で言うと、姉はすぐに目を瞑って寝息を立て始めた。
姉のたちの悪い冗談だと、私は恐る恐る彼女の顔を覗き込む。
寝顔すら「いつもにこにこしてて可愛いねえ」と評判の良い、微笑みの形だった。

まるで夢のようなそのやり取り一度きり、姉は「本性」をさらけ出すことは二度と無かった。例え陰口を叩くような輩がいたところで、長年培われた姉の人柄への信頼には到底勝てやしなかったし。
彼女があっけなくその生を終えてしまって、遺言通りに体の様々な部品が様々な人へ贈られても。
私は彼女の「私は、私にしか優しくないんだよ」の言葉が本当か嘘か、分からないままでいる。

7/19/2023, 6:17:21 PM

あの人の視線の先に居たかった。
あの人に見つめられたかった。
だって興味を持って見つめてくれるって、私のことを好きでいてくれるってことだと思うから。
だから私は必死にやった。
あの人の興味のあることにはみんな飛び付いて、あの人の視線の先にあるものを一緒に見て、時々はわざと知らんぷりをしてみせて。
それなのにあの人は、私のことだけを見つめてくれる気はないみたい。今だって、私のことはそっちのけで全然違う方を見てる。悋気を起こしてぐいっと視線の先に割り込むと、困りきったような苦笑い。
「こら、今はダメ。ちょっと待っててよ」
私を押しのけて、また、私じゃない方を見つめ出す。
どうしたら、ずっとずーっと、私だけを見てくれるのだろう。
まだ分からないまま。とりあえず私は不満たっぷりに、
「みゃあう」
と鳴いた。

7/15/2023, 1:35:49 PM

寝転がったまま、ぐぐーっと背伸びをしたら。伸ばした手からスマホがつるりと落ちていった。
「あー⋯⋯」
思わず声が出る。幸い軽い音を立てただけで、何ともなってはいなさそう。
でも。拾い上げるのも、そのままにしておくのも、何もかも面倒に感じてしまう。
部屋の電気を消すのも面倒くさい。届いていたダイレクトメールを処分することも、洗濯物を畳む事も、何もかも。
全部が面倒だし、それらを片付けられない自分のことも「何とかしなくちゃ」と思いながら、何も出来ない。
全部諦めて、せめて目を閉じる。
何も出来ないままの一日が終わる。何も出来ないままに。

7/13/2023, 5:28:01 AM

身近にあるものは、ずっとそのままであると思ってた。
好きなお菓子はずっと買えるし、好きなジュースは大人になっても飲める。
それが幻想だと気付いたのが大人になった時だった。
「え、それにするの?子供っぽくない?」
「朝食べなかったんだよね〜。あとSNS、たまには更新しよっかなって思って」
色々に理由を付けながら、運ばれてきたストロベリーパフェを手早く撮影して、スプーンを持ち上げた。
理由が何であっても、自分が喜べる結果が一番!そう胸を張りながら、甘いクリームの味に口角がにやにや上がっていく。
対面からの冷ややかな視線に、ちょっとだけ優越感を覚えながら。

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