御蔭

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10/2/2024, 5:55:50 AM

 黄昏時、いつもの帰り道。彼はいつも手を差し出してくれるから、私は何も疑うことなくその手を握る。そして、何も変わらぬ一日が過ぎてゆく……はずだった。
 雨が降り、風が吹き付ける。あるはずの暑さはどこかに過ぎ去り、上着を羽織るだけでは肌寒かった。異様に眠かったのを覚えている。帰ったら休もう、そう思いながら彼と歩いていた。

「xxxx」 

 私を呼ぶ声が聞こえて、顔を上げてみる。しかし、辺りには誰もいない。そう、一緒に歩いていた彼すらも。それを理解した瞬間、風邪とは違う寒気に襲われた。

「xxxx」

 声が近くなった?
 確かめようにも、身体は思うように動いてくれない。しかし、繋いだ手は驚くほど簡単に動いて、解けてしまいそうだ。

「……今更惜しくなったのか?」

 彼の声が聞こえた直後、強く握り直される感触がした。

「お前は負けた。あのような不義理を、俺が許すとでも?」

 がっ、と肩を掴まれる。

「どのような形であれ、二度と彼女に関わるな」

 私を呼ぶ声は断末魔の叫びに変わった。恐怖に目を瞑っていたが、首元の感覚に目を開けた。

「よく耐えたな。何か温かいものでも買って帰るか?」

 目線の先にはコンビニがあった。何か口にすれば安心できるかもしれない。その提案に乗ると、彼はいつも通りの、柔和な笑みで歩き出した。


『過去の隙間』
たそがれ

9/28/2024, 9:36:31 AM

フードを被って走る帰り道。足がもつれて転びそうになったが、彼は身を翻して器用に支えてくれた。

「滑るんで気をつけてくださいよ。それとも、オレと手でも繋ぎますかね」

差し出された左手を握り返せば、彼は驚いたような顔をした。しかし、瞬きの後はいつもの涼やかな顔をしていた。

「すぐ止むとはいえ、勘弁してほしいっすわ」

少しして、濡れた地面が段々と乾いてゆく。
黄昏前の空に虹がかかる。仕事に忙殺されていた頃だったら、空を見ることすらしなかっただろう。虹が消えるまで眺めるだけの余裕が出来るのは良いことかもしれない。

「虹か。久しぶりに見たかもしれないっすねぇ……ま、この辺は空気が綺麗なんで、星空あたりも見れるかもしれませんよ?」


『移りゆく空』
通り雨

9/27/2024, 7:15:54 AM

 さつまいものおやつを作りたくて買い物に出た。お腹は空いているが、簡単で美味しそうな気配の為なら多少は我慢する。

「えっ、高い……」

 なんてことだ。さつまいもの値段に白目を剥くことになるとは。げんなりしながら、母に今度でもいいかと伺いを立てる。

「いいよ、それにもう少し待てばじいちゃんの芋が掘れるかもしれないし」

 あぁ、そうか。

「そうするよ。食べたかったけど仕方ないね」

 流れてきたレシピが食欲を煽る。一日のご褒美として楽しむ予定だったが、それもまた今度。

 収穫出来たあかつきにはお供えしてあげよう。


『彼岸の向こう側より』
秋🍁
 

9/13/2024, 10:11:31 AM

「ごめんなさい、そのお願いは叶えられません……」

補助魔法の類は、肉体への負担を鑑み強さと持続が反比例するように組まれている。
術者であるエレノアはこの場に留まるという選択をした。一騎打ちをするディートリヒの邪魔にならぬよう、遠距離の攻撃を弾き、彼に強化や回復を施し続ける。彼が相対するドラゴンは大きさはもちろん、攻防を両立している点で厄介極まりない。攻撃が当たろうと掠り傷にもならず、こちらの体力だけが消耗されるだけ。

「ディートリヒ!盾を構えて伏せて!」

舌が鉄の味を感じ取った。生暖かい液体が唇を伝うが、気にする間もなく詠唱を続けた。
掌くらいの火の玉は質量を持った隕石に変わる。

「メテオストーム!」

熱を伴った爆風が全員を弾き飛ばす。ドラゴンが翼を上げたタイミングで当たったものだから、体がひっくり返って弱点を晒す形になる。
垂れ落ちる紅が魔導書も汚す。視界が霞み、立つのもやっと。それでも、とどめを刺そうと立ち上がるディートリヒのために力を使いたい。攻撃の増幅をあと一発、ギリギリ二発かけられるか。
濡れた手では滑って杖を握れない。

「エレノア」

彼がしっかり手を握ってくれる。ふらつきながらもなんとか立つことができた。

「ディートリヒ、いまの……」

羽ばたく音が聞こえ、制御を誤ってしまった。それでも、彼は一瞬の好機を捉えた。
振りかざした刃は、柔い腹を縦に裂いた。
脳を揺らす咆哮、断末魔の叫びが響き渡る。

「すまない、俺も」

彼に連なって、私も倒れ伏す。咄嗟に出した彼の腕が頭を守ってくれた。

「エレノア……」

掠れた呼び声の後、全ては闇に落ちるばかりだった。

『せめて腕の中で』
本気の恋

9/12/2024, 9:12:39 AM

受診日と支払い、必要最低限の書き込みしかなかった。しかし、近衛と過ごすうちに、ペンの色は二色では足りなくなって、手帳を買うことになった。

「和泉、これからたくさんの思い出を作ろう」



この夜明けを持って、王国は一度滅び公国として蘇る。そう、新たな祝日がこの国に生まれることになったのだ。

二本立て
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