百瀬

Open App

 黄昏時、いつもの帰り道。彼はいつも手を差し出してくれるから、私は何も疑うことなくその手を握る。そして、何も変わらぬ一日が過ぎてゆく……はずだった。
 雨が降り、風が吹き付ける。あるはずの暑さはどこかに過ぎ去り、上着を羽織るだけでは肌寒かった。異様に眠かったのを覚えている。帰ったら休もう、そう思いながら彼と歩いていた。

「xxxx」 

 私を呼ぶ声が聞こえて、顔を上げてみる。しかし、辺りには誰もいない。そう、一緒に歩いていた彼すらも。それを理解した瞬間、風邪とは違う寒気に襲われた。

「xxxx」

 声が近くなった?
 確かめようにも、身体は思うように動いてくれない。しかし、繋いだ手は驚くほど簡単に動いて、解けてしまいそうだ。

「……今更惜しくなったのか?」

 彼の声が聞こえた直後、強く握り直される感触がした。

「お前は負けた。あのような不義理を、俺が許すとでも?」

 がっ、と肩を掴まれる。

「どのような形であれ、二度と彼女に関わるな」

 私を呼ぶ声は断末魔の叫びに変わった。恐怖に目を瞑っていたが、首元の感覚に目を開けた。

「よく耐えたな。何か温かいものでも買って帰るか?」

 目線の先にはコンビニがあった。何か口にすれば安心できるかもしれない。その提案に乗ると、彼はいつも通りの、柔和な笑みで歩き出した。


『過去の隙間』
たそがれ

10/2/2024, 5:55:50 AM