「ごめんなさい、そのお願いは叶えられません……」
補助魔法の類は、肉体への負担を鑑み強さと持続が反比例するように組まれている。
術者であるエレノアはこの場に留まるという選択をした。一騎打ちをするディートリヒの邪魔にならぬよう、遠距離の攻撃を弾き、彼に強化や回復を施し続ける。彼が相対するドラゴンは大きさはもちろん、攻防を両立している点で厄介極まりない。攻撃が当たろうと掠り傷にもならず、こちらの体力だけが消耗されるだけ。
「ディートリヒ!盾を構えて伏せて!」
舌が鉄の味を感じ取った。生暖かい液体が唇を伝うが、気にする間もなく詠唱を続けた。
掌くらいの火の玉は質量を持った隕石に変わる。
「メテオストーム!」
熱を伴った爆風が全員を弾き飛ばす。ドラゴンが翼を上げたタイミングで当たったものだから、体がひっくり返って弱点を晒す形になる。
垂れ落ちる紅が魔導書も汚す。視界が霞み、立つのもやっと。それでも、とどめを刺そうと立ち上がるディートリヒのために力を使いたい。攻撃の増幅をあと一発、ギリギリ二発かけられるか。
濡れた手では滑って杖を握れない。
「エレノア」
彼がしっかり手を握ってくれる。ふらつきながらもなんとか立つことができた。
「ディートリヒ、いまの……」
羽ばたく音が聞こえ、制御を誤ってしまった。それでも、彼は一瞬の好機を捉えた。
振りかざした刃は、柔い腹を縦に裂いた。
脳を揺らす咆哮、断末魔の叫びが響き渡る。
「すまない、俺も」
彼に連なって、私も倒れ伏す。咄嗟に出した彼の腕が頭を守ってくれた。
「エレノア……」
掠れた呼び声の後、全ては闇に落ちるばかりだった。
『せめて腕の中で』
本気の恋
9/13/2024, 10:11:31 AM