正直
「だって、それはお前らしくないじゃん!」
とか、
「俺が守ってやるから、何でも言いな!」
とか、僕に言って笑う。
あなただけは僕を『肯定』してくれる。
なのに僕は、
『君に言ってないことがあるんだ』
その言葉すら言えない。
『本当は全て嘘でね、』
こんな要らない羽を取っ払って、
『僕はヒトじゃないの』
地に足をつけて、
『こんな僕でも好きでいてくれますか』
あなたと同じになれたなら。
あなたの言う『僕らしさ』ってなに?
もし僕が『僕らしくないもの』に変わったら、あなたはどう感じるの?
「お前はお前じゃん」
また笑って、僕を抱きしめて許すんだろうか。
「そんな奴と付き合いきれない」
目も合わせないで、人が変わったかのように突き放すんだろうか。
あなたと対等に、正直に話せたならどんなに楽だろう?
嘘を吐き続けるのは気持ちが悪い。
けど、正直に話すのも怖いよ。
まだ僕は『あなただけの僕』を作りに行かなきゃ。
梅雨
「暴言や傷つける言葉が降り注ぐ世界。
字形も落ちる速度も様々で。
それが身体に打ち付ける度、水面の波紋が広がるよ
うに、僕の全てに沁みていく。
その中の何かの言葉が特定の傷に当たることで、と
ても痛み、陰で泣いてしまったりする。」
ー引用元:××書籍、第4章『梅雨』
そう、それがものすごく酷い時には「ああ、梅雨が来たな」と感じるのです。
私は傘を上手く作れないので、いつも人より一層ずぶ濡れなのですよ。
でも、1人。
いつも忘れた頃に、誰かが濡れそぼった、私に黒い傘を傾けてくれるのです。
安い透明傘ではないので、私と外界を漏らすことなく遮ってくれます。
でも、ボロボロの私はいつもお礼を言えません。
…ああ、引用文には続きがありましたね。
「そんなときは紫陽花を眺めたくなる。僕とは違い、
どんなにずぶ濡れでも、雨さえも味方につけて
美しく咲き誇っているから。」
そうです、紫陽花を持ち歩きましょう。
次に傘に入れてくださったなら、渡しましょう。
紫陽花を嫌いな人なんていないでしょう?
…いえ、そんな言葉は口実ですね。
「またあなたに会いたい」。
ええ、そう。
わかってくれますか?
どんなにひどく雨が打ち付けても、あなたの傘に入れば何も怖くないですから。
無垢
「世話係のベルでございます」
私の前で綺麗なカーテンシーを決め、人形のような顔をした彼女。
やさしそうなひと。
「これからよろしくお願い致しますね」
ねぇねぇ、ベル?
「あらあらお嬢様、お菓子が美味しいのは分かりますが、お口を拭きましょうね」
…んふふ…!私、ベルだいすき!
思えば、最初から変だった。
ねぇ、ベル、どうして私は
「…あら、もうこんな時間。ピアノのレッスンの先生がいらっしゃるわ。支度をして来ますね」
…あれ?
まるで、呼び止めるために伸ばした手を巧妙に避けられているような。
ベル、私は…
「ッ…!ああ、なんてこと!フランがお庭を荒らしていますわ!少々お待ちください」
……。
私の嫌なところなど、一欠片も見たくないと言われているような。
ねぇ、ベル、私はどうして、今までこの家から1歩も外に出ていないの?
教えて、誰か。誰か……?
私はベルしか知らないのに?
だだっ広い庭で1人のメイドが立っている。
力仕事を終えたにも関わらず、どうしてか吐く息は一定である。
「ええ、ええ、お嬢様。私は優しいでしょう?」
人形のような口が弧を描く。
「いつまでも無垢なあなたで居てくださいな」
終わりなき旅
峠を越えて、風に吹かれて、日差しに貫かれる、苦しく疲れることばかりの旅。
放浪、そんな言葉が似合うな。
僕は何を目指して歩いている?どうしてこんなにも必死になっているんだろう。
何かを追い求めているのは知っている。
それは誰?
…ああ「人」なんだな。
あとは……胸元の花…?なんだこれ。この服に似合ってないよ。
枯れていない、むしろ鮮やかである。この地で摘んだのだろうか。
黄色い花は「誰か」が好きだったな。
「ーーあなたは「私」を追いかけるの」
男か女かわからない声が頭でぼんやりと響く。
「ううん、鬼じゃない。そんな恐ろしいものじゃない」
僕らは子供だった。
「花をみつけて」
花の蜜を追って?
「蝶になって!」
僕は今、ばっと後ろを振り向いた。
ああ。
緑が生い茂るずうっと向こうで、黄色い花が咲いているような。
花が枯れないくらい前のとき、そこで「あなた」を見つけたのだろうか。
僕は蝶になったのだろうか。
記憶が抜けているのは「あなた」のせい?
僕らはいつからこんなことを続けているの?
ねぇ?
誰か鏡をくれないか?これじゃあ手袋も外せないよ。
時がこれほど怖いなんて、恐ろしいのはどっちだよ。
「あなた」のことを考える。
いつ? 死ぬまで? 倒れるまで?
ー「私」を見つけて、忘れて、また見つけて。
ー初めましてを何回も?
タチが悪い。
さあ、終わらないかくれんぼを。