ななめ

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5/4/2024, 2:43:15 AM

ぴーちゃん、今日もかわいいね
誰かが言った。

教室に時折チッチッという鳴き声が響く。

ぴーちゃんは教室で飼っている文鳥で、担任の先生がある日連れてきた。

動物が大好きな私は生き物係に立候補し、同じく立候補した涼川さんと共に係に任命されていた。

次々登校してくる生徒たちはぴーちゃんに挨拶をする。

かわいい、今日も元気だね、ごはん食べたかな

私は生き物係としてはやめに登校し、一通り文鳥の世話を追えて机に突っ伏していた。

ただ時が過ぎるのを、じっと息をひそめてまっていた。

じっとりと絡みつく6月後半の空気が、私の肺に薄暗い気持ちを充満させていく。

気づくな 気づくな 気づくな


「おはよう」

机に突っ伏す私のすぐ頭上からカラリと乾いた声がきこえる。

私は震える瞼をあけ、重たい頭を持ち上げる。

「涼川さん」

彼女はビー玉みたいな瞳を私に向けている。
その眼球にうつる私はひどく怯えているようだった。

そして私の耳に顔を近づけると、梅雨なのにさらさらとまっすぐな髪を簾のように揺らしつぶやく。

「誰も気づいてないね。だから行ったでしょ、みんな馬鹿だからばれないって」

私の体内では血液が氾濫しそうなほどはやく流れているのに、世界はスローモーションみたいに緩慢に崩れていく。

昨日の放課後、鳥籠の掃除をするとき、滑った手が、思いの外強く舞って、そのまま小鳥は

「文鳥って意外と安いんだね、お小遣い足りてよかった」

涼川さんは薄い唇を引き上げてわらった。

ふたりだけの秘密だねって。


5/4 二人だけの秘密

5/1/2024, 4:58:27 AM

『まるで楽園だね』

彼女はプールの淵に座り、足を水中に揺らしながら言った。
私は彼女の隣に座って、彼女の足がつくる水紋をただ眺めていた。

『あなたとなら何処でも楽園か』

なんて、屈託のない笑顔で彼女は言う。

ああ、やはり楽園なんてどこにもないのよ。
私の気持ちも知らないで。

あなたが隣にいる限り、私はずっと苦しいのに。

5/1 楽園

3/22/2024, 12:32:58 AM

「雨だ」

彼女の声につられて私も窓を向く。
彼女の木管楽器のような声が、窓ガラスに柔らかくぶつかって反射する。

降り始めた雨がガラスに水玉模様をつくっていた。

図書室には私たちしかいなくて、この細やかなお喋りを咎める人は誰もいない。

「私、傘持ってきてないや」
と続けた彼女に、私は今朝のニュースで気象予報士が言っていた内容を脳内に反芻する。

「午後から降水確率70%だったよ。天気予報見てないの」
と手元のノートに視線を落としながら言うと、

「見たよ。見た上で30%のほうに賭けてんの」
と彼女は子供のように笑った。

はあ、とわざとらしく吐いた溜息に、感情がのってしまわぬように気をつける。

「今日、折りたたみ傘だからいれてあげないよ」
と、言いながら、参考書をめくる。もう内容は入ってこない。

強くなった雨音が図書室ごと世界から孤立させていく。

「じゃあさ」
彼女の喉から新しい音が奏でられ、私は思わず顔をあげると、そのまま細められた瞳に射抜かれる。

「いっしょに濡れてふたりで風邪引くか、雨がやむまでふたりでここにいるか、どっちがいい」

心臓の音と雨音が加速していく。

3/22 二人ぼっち

3/21/2024, 1:44:46 AM

朝が来た。

まだ瞳を開けていないが瞼の裏にまで潜り込んでくる白い光と、吸い込んだ空気の生温さでそう感じる。

少しずつ覚醒してくる意識でもって、己の目を固く閉じる。

まだ今日という日を視認する前の、穏やかな私でいたい。

昨夜放り出したままの衣服や、今日締切の仕事や、指先の絆創膏に、気づかないままの自分でいたい。

夢の切れ端からむりやり紡ぎ出したような、淡く馬鹿げた妄想で、あと少しだけ、無垢なフリをさせて。

3/21 夢が醒める前に