バスクララ

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4/24/2025, 1:42:45 PM

 やけに広く静かに感じる家。
 なぜか片側に寄ってるおれだけがいる写真。
 ふとした時に耳の奥から聞こえる幻聴。
 変な違和感がありまくるのに、その違和感の主がわからない。
 親も先生も友達も何の違和感もないらしく、日々元気をなくしていくおれに『志望校へ行くために頑張っているのは知ってるけど、ちょっと根を詰めすぎ』『目のクマヤバいから少し休め』と見当違いな心配をしていた。
 そしてあまつさえ親は学校に電話して今日は休みますと勝手に連絡を入れていた。
 ……家にいても気が滅入るだけなのに。
 でも親に怒っても仕方がない。だからいっそのこと気分をリフレッシュさせるため昼食を外で食べ、後はぶらぶら散歩することにした。
 気になっていた場所に行ってみたり公園でボーっとしてみたり……だけど気分はそこまで晴れなかった。
 日も若干傾きかけてきた頃、とある喫茶店の前を通ると一人でスイーツを爆食いしている女子高生がガラス越しに見えた。
 この制服は志望校のやつじゃ……? と思っているとその女子高生と目が合った。
 その瞬間、彼女は勢いよく立ち上がり目を見開いてガラスに張り付かんばかりにおれをじぃーっと見て、少し不安げな表情で言った。
「……竜くん?」
 声は聞こえないのにも関わらず、絶対おれの名前を言ったと確信めいたものがあった。
 だからおれは弾かれたように喫茶店に駆け込んで、彼女に声をかける。
「紫音……さん」

 この巡り逢いはおれにとって間違いなく分岐点となった。
 この奇跡のような巡り逢いがなければきっと完全に忘れていただろう。
 ……あの人のことを。


【忘却のリンドウ 07/16】

4/23/2025, 1:55:16 PM

 学校を早退したあの日を思うと心がモヤモヤする。
 なんであんなに罪悪感と違和感を覚えたんだっけ?
 なんであんなに悲しかったんだっけ?
 とても……とても大事な何かを忘れてしまったような気もするけど、それがわからない。
 ……忘れてしまったってことは、そんなに重要でもなかったってことかなあ。
 そう思っていると別のクラスの男子から呼び出されて手紙を渡された。
 周りにいた女子も男子も、まさかラブレター!? と色めき立って私と手紙の男子に注目する。
 彼は全く緊張の素振りも見せずに自然体な感じで明るく言った。
「覚えてないかもしれないから一応言っとくね。
僕は黒渕 空。この手紙を今日君に……藍沢 紫音さんに渡すよう、君から頼まれたんだ」
「……え? 私が頼んだの? この手紙を?」
「うん。じゃあ確かに渡したから」
 黒渕くんは周りの注目を浴びながら帰っていき、私は視線を感じながら封筒を開けて手紙を確認する。
『私から私へ。
黒渕くんからちゃんと受け取ったね?
疑問がなければそれでよし。
全くわけがわからないなら、思い出して。
忘れてしまってもどうにかして思い出して。
そして、絶対に忘れないで』
 ……確かに私の字だけど、なんでこんなものを書いたのか、何を思い出せば良いのか、さっぱりわからない。
 なんで過去の自分は主語を書かなかったのかなあ?
 ……というか書いた覚えもないし、わかんないことだらけだ……
 よし、学校終わったら何か甘いものを一人でヤケ食いしよう!
 どこへ行こうかな……まあ、適当でいいかぁ。


【忘却のリンドウ 06/16】

4/22/2025, 12:48:21 PM

大好きだったんだよ。愛していたんだよ。
外の国の表記だとbig love! というくらいにね。
それなのに忘れられちゃったんだよ。悲しいね。
でも仕方ないよね。君は神様の生贄に選ばれて魂も体もなくなっちゃったんだから。
意思はまだ残ってるけどね。
でもこれで君は輪廻転生できなくなって、ついでに人々からも忘れられたんだ。
二度と会えない人のことをずっと覚えていても仕方ないしさ。ほら神様のアフターケアってやつ?
うんうん、ぼくってばなんて優しいんだろうね!
まあそれでも君のことをかすかに覚えている人もいてるんだー。まあたった三人だけだけど。
君に片思いをしていた女の子。
君の二歳下の弟。
君の一番の友達だった男の子。
それ以外の人たちはみんなちゃーんと君のこと忘れたよ。
これからこの三人が紡ぐ物語はいったいどうなるのでしょーか?
ま、どうせすぐ忘れて日常を送るんだろうけどさ。
だって人ってそういうものでしょ?
……もう、なあに? 彼らはそんな人じゃないって言いたいの?
わかってないなあ、君は。
これまで数え切れないくらい生贄を貰ってきたけどさその人のことを最後まで覚えている人なんていなかったよ。
それこそbig love……大きな愛を持っていてもね。
……それでも諦められないの?
じゃあ気の済むまで信じればいいよ。
ぼくの生贄、◯◯ ◯くん。


【忘却のリンドウ 05/16】

4/21/2025, 2:01:11 PM

今日は晴天。よし、部屋の掃除をしよう。
要らない紙はシュレッダーなりゴミ箱にポイなりして読まない本は売るか廃品回収に出してしまおう。
そう思いながら最初に机の引き出しを開けると、なぜか通っている高校の写真が出てきた。
閉まっている校門だけが写っているだけの大変面白味のない写真。
なぜ僕がこんなものを引き出しに? 妹のいたずら?
不思議に思いつつふと裏を見ると“Don't forget.”と書いてあった。
『忘れるな』
そんなささやき声が耳元で聞こえた気がしてハッと後ろを振り向く。
だけど閉まったドアしか僕の目には映らなかった。
……僕は何を忘れてしまったのだろう。
気にはなるし、悲しくもある……けど、今気にしていてもどうにもならない。
僕は自分にそう言い聞かせ、写真を元あったところに戻して掃除を再開する。
だけどずっと心はモヤモヤしてたし、掃除も全くはかどらなかった。
……明日、学校に行ったらこのことを誰かに話してみようかな。そうしたらこのモヤモヤも少しは晴れるかも。
それでもしあのささやき声の主を思い出せたら万々歳だけど、それはさすがに高望みしすぎだね。
まあでもポジティブに考えよう。
物事を良い方向に考えていたら良いことが起こりやすくなるってこの前言われたばっかりだし。
……あれ、それって誰が僕に言ってたんだっけ……?


【忘却のリンドウ 04/16】

4/20/2025, 1:09:11 PM

思い立って体をのび〜っと伸ばしてみる。
長時間同じ姿勢でいたからか肩のあたりからポキポキと音が聞こえた。
今年受験生だから志望校に入るために今から勉強しても早すぎることはない。
……けど、どうしておれは志望校にちょいとレベルが高いところを選んだんだっけ?
というかなんで勉強はここまで好きでもなかったのに受験に向けて頑張ちゃってんだろう?
後悔……するから?
……このままじゃ勉強モードに切り替えるのも集中もできそうにない。だから気晴らしにカーテンを開けて空を眺めてみることにした。
月という眩しい光が無いからか、星明かりが良く見える。
ぼんやりと星を見上げていると、ふいに誰かの言葉が脳裏に浮かんできた。
『知っているか? 今からおよそ一万二千年後、こと座のベガが北極星になるらしい。
北極星は不変だと思っていたが、その目印となる星は代替わりしていくのだな』
……こんなことをおれに話してくれた人は誰だったっけ。
姿も声も思い出せないけど、最近聞いたような気もする。小説で読んだ……っけ?
でも、なんでこの言葉を思い出したら痛苦しいほど胸が締めつけられて、鼻の奥がツンとするくらい悲しい気持ちが襲いかかってきてるんだろう……?
……今日はもう休もう。こんなに感情が乱されちゃあ勉強どころじゃない。
カーテンを閉めてベッドに転がると堪えきれなかった涙がポロリと外に飛び出した。
ああ……しばらく星明かりはまともに見られそうにないや。


【忘却のリンドウ 03/16】

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