一人はさみしいから、あなたのもとへ私は歩くの。
あなたに会えるのは気の遠くなるような時間がかかると思うけど、それでもあなたの温もりを求めて私は歩くの。
あなたに会いたいって思いだけで私は歩ける。
私が歩くのをやめる時は、きっとあなたに会えた時。
その時たぶん私はとてもつかれてるだろうから、あなたのその大きな体で私をぎゅってして。
それだけで私は幸せに満たされるの。
だから、お願いね。
そーっとそーっと足音を立てないようにあたしはお姉ちゃんの部屋の前まで来た。
ドアもそっと開けて、バレないように部屋の中に入って、ベッドでお昼寝中のお姉ちゃんの顔を覗き込む。
……うんうん、すやすや良く寝てるみたい。
ふっふっふ……ついに! あのイタズラをやる時が来たわ!
寝てる人のほっぺにぐるぐる模様を描くっていうイタズラをね!
さあレッツイタズラターイム!
ペンのフタを開けた瞬間、カッとお姉ちゃんの目が開いてあたしの手をガッチリ掴んだ。
あまりに突然だったからつい、ぎゃー! と悲鳴をあげたあたしにお姉ちゃんはニコォ…と怖い笑顔を向けた。
「ねえ…… 今 何をしようと した……?」
「な……、何も! 何もしてない! まだ何もしてないわ!」
「じゃあ その ペンは 何……?」
「こっ、ここ、これは、その……」
「な あ に?」
お姉ちゃんの圧が怖い。泣きたいけど、泣いたらあたしが悪いことをしたって認めることになる。
でもやっぱり怖い……!
「ご……ごめんなさい……。ひぐっ、謝るから…ゆるしてください……!」
あたしの決死の謝罪にお姉ちゃんはフッと笑ってからあたしの耳元で囁いた。
「昼寝の邪魔しないでね」
手をパッと離されて、あたしはリビングまで走って逃げた。
ソファのすみっこでヒザを抱えてグズグズ泣きながらあたしは心に誓った。
お姉ちゃんにイタズラは二度としないでおこう……
これからどこに行くの? 何をするの?
まだ見ぬ景色を求めたのが僕たちの旅の始まりだった。
少し珍しい男女の双子の僕らはちっちゃい頃から好奇心旺盛で、この世の全てをこの目で見たいって村を飛び出したんだっけ。
地の果て、空の果て、海の果てを見て、これで全世界を制覇したと言っても過言ではないはず。
……ねえ、これから本当にどうするの?
これで旅が終わるのかなと不安になっている僕に、姉は自信いっぱいの気持ちの良い笑みを浮かべた。
この笑顔を見たら旅はまだまだ続くんだと、僕も自然と口角が上がる。
まだまだ一緒に旅ができるんだ。
まだ僕が思いついてもないような場所や景色を求めて姉の気持ちや目は輝いている。
そういえば誰かが言っていた。姉は生粋の旅人だって。
今度はどんな場所に行くと言うのだろう?
そこはどんな景色が待ってるのだろう?
こうしてわくわくしながら姉の言葉を待っている僕もおそらく、生粋の旅人に違いない。
小さい頃、二つの夢をよく見ていた。
一つはデパートの夢。もう一つは洋館の夢。
デパートの夢はいろんな人が買い物をしていて、私は一人でキラキラしたヘアゴムとかを眺めていた。
それを何回か見ていたけどある時、そのデパートには誰もいなくて私一人だけだった。
だけど寂しくも怖くもなくて、明るいデパートの中を探検して最後はいつものヘアゴムを眺めていた。
洋館の夢は、いかにもRPGに出てきそうな薄暗い館を知らない相棒と共に探索していた。
相棒の姿形も性別もわからない。ただ人だということはなんとなく覚えている。
何回かその夢を見たある時、これが最後だという確信を持って洋館の中に入り、行ったことのない一番奥に相棒と向かった。
そこは書斎で、大きい黒い影のような魔物がいて私たちに襲いかかってきた。
私はやられてしまって相棒に後を託したのだけど、気がつくと相棒がチェス(物理)で魔物をボコボコにしていた。
思わず「え? ……えーーっ!?」と叫んでそのまま目覚めてしまった。
それ以来その夢たちを見ることなく大人になった。
もし願いが叶うならあの夢のつづきをもう一度見てみたい。
何かをするわけではない。ただ、懐かしいあの場所にもう一度だけ帰ってみたいのだ。
家に帰ってすぐに防寒着を脱ぎ捨ててエアコンとストーブのスイッチを入れる。
じんわりと暖まる指先にホッと息を吐く。
あったかい……ストーブ、あったかい……!
今日は特に寒いから暖かみが身に沁みる。
部屋も温もってきたところで脱ぎ捨てた防寒着をハンガーにかけて、立ってるついでにお汁粉を作ろうかな。レトルトのちょっといいやつ。白玉もお餅も入ってないけど。
湯せんしたお汁粉パウチをお椀にあけて、フーフーしてからこくっと一口。
……はーっ、このホカホカと甘みがたまらん。
スプーンで小豆を掬ってはふはふ。密かに用意していた塩こんぶも一つまみ。塩味とうま味、これもたまらん。そして何よりお汁粉の甘みが引き立ってより美味しく感じるのよ。
あ〜、身も心も満たされていく。
あたたかいねえ。たまらんねえ。
次は白玉とお餅、どっちを入れようかな。
いっそのこと両方入れようかな?
さすがにそれはやり過ぎかな?
でも一回やってみようかな。たまの贅沢に。
やり過ぎかどうかはその時にわかるはずだから。