髪弄り

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5/17/2023, 11:44:10 AM

俺は恋人というのが嫌いだ。

「ねぇ、ここはどこかしら」
「わからない、帰っていたはずなんだけど」
「大丈夫? 怪我はない?」

今も画面の向こうの恋人たちを見ているだけで吐き気がする。

永遠の愛なんて語って、ありもしない将来に花を咲かすなんて、胸焼けがする。馬鹿馬鹿しい。本当の愛などそこにあるものか。

「おはよう二人とも、よく眠っていたね」

部屋のモニターに誰か映る。口元だけがマスクをつけた人物、体格から男に見える。

「お前は何者だ、なんで僕たちをここに閉じ込めたんだ」
「そうよ!なにが目的なの?」

「そうかっかしないでください。私は単に愛を証明していただきたいだけなのです」

文句を言おうとする僕たちをさえぎって、彼は説明を続けた。

「今からこちらの決めた期間中、この部屋で過ごしていただきます。

ここにはお手洗いもありますし、食事なども支給しますので、ご安心ください。」

なにが安心かさっぱりわからない。
「それだけか?期間はどのくらいなんだ?」

「ええ、それだけです。期間についてはお教えすることはできません。私が愛は証明されたと思うか、どちらかが亡くなるまででしょうか。」
それは永遠ということだろうか


そこからはなんら変わらない日々が続いた。
食事が提供され、身体を拭くタオルもある。
地面は柔らかく寝るのには問題なかったし、娯楽として本やゲームも提供された。

「そろそろ貸してくれないかしら」
「ごめん、もうちょっとだけいいかな」
「わかったわ」

まるで家にいるのと大差がない。風呂に入れないし、外に出れないのはあるが、あまり悪い様には感じなかった。だけど。

「ねぇ、僕の分の食事知らないかな」
「さぁ、これしかなかったけど」

食事するときに僕の分がないことがある。
数少ない娯楽だというのに、彼女が食べているのか。

「少しあげるわ、お腹すいちゃうでしょ」
「ありがとう」


「隠してるんだろ!」
「そんなことないわ、これしか本当にないの」

「嘘つき!きみは僕より早起きだから、そんなことするんだ!」

一度疑うと感謝が消え、次第に険悪になっていった。
お互い、細かいことにも文句をつける様になった。

「そもそも私にもそれ貸してくれなかったじゃない!話すのもやめて、なんでそんな酷いこと言うの!あなただって悪いじゃない!」

喧嘩、唯一の話し相手なのに。
永遠を誓ったのに、いつからこうなったのか。

ある日、食事ではなく別のものがあった。
一本のナイフ。彼女は寝ている。

……一人死ねば…

血みどろの画面に悪趣味な男が姿を現す。
「すばらしい!これこそ俺の見たかったものだ!

ということで、俺の目的は果たされたので君は解放だ。また目覚めたら、素晴らしい朝日が迎えてくれはずさ」

私にとっては悪夢のようだった。

『愛のためならなんでもできる?』

5/16/2023, 7:41:39 AM

「いつまでも一緒」
「二人で将来なにしようか」
ありもしない未来に胸を躍らせて、綻びを感じることなんてなかった。

つまらない、と思ったのがいけなかったのか。熱した鉄は冷めやすいのと同じ様に僕らは冷めきった。

なにも言ってくれないじゃん!
全部言ったけど聞かなかったじゃないか!

楽しかった想い出は傷になり、
次第に疼く。

それをわたしはいつも納得を混ぜて後悔と共に飲み干すのだ。

5/15/2023, 10:13:30 AM

草原に私は寝転んでいた。
風が吹くと草木が揺れ、私もまた転がっていく。先には大海が見える。

潮がひいた砂地に着いても止まらない。
動かない。このままだと海に落ちる。
でも、不思議と楽なのだ。眠いときみたいに無理に動かしても思うようにいかないのだ。
だから、別に良い気もしてくる。

水音が響く。あたりが夜みたいに変わって、息ができなくなる。海底にはたくさんの人がいた。皆寝転がっている。そのほとんどは、頭を欠いていたり、腕や脚がない。

でも、その顔は寝息が聞こえてきそうなほどに安らかだ。それで良いのではないか。
そう思った私を誰かが押しあげる。
顔を向けると、その中の一人が眼を開き腕をバンザイするみたいにして、私の身体を押していた。

「まだ」

そう聞こえた。私は必死に錆ついた身体を動かして、草原に戻っていった。

『風に身をまかせ』

5/13/2023, 6:56:51 AM

子供の頃は早く大人になりたいと願い、
大人になると子供に戻りたいと願う。
隣の芝は青いものだ。

私が子供のまま成長していたら、きっとロクでもない人間になっていたに違いない。

妄想ばかりでだらしなく、好奇心旺盛でも知識は浅くて広いだけ。人の心を理解できないままに終わっていたかもしれない。

でも、その悪い面を自覚して、良い意味で子供のままで生きている人もいる。
彼らのように少年心を忘れずに目標をまっすぐに追いかけるような人を見ていると、
見習わなければと思うが、わたしには到底敵わない。

夢も目標もぼんやりとしているし、何が正しいのかすら曖昧なのだ。

大人になるというのは、諦めを知ること。
誰が言ったかは知らないが、的を得た悲しい言葉だ。

『子供のままで』

5/4/2023, 12:21:15 AM

わたしは日々多くの人に感謝を伝えている。
それに世話になった人が多すぎて、誰にありがとうを伝えればいいかいまいちわからない。

そこで、私は私という人格を形作ったものに感謝をしたいと思う。だが、そもそも我々は相互に影響を受けているから、これもまた選択肢が無限大だ。

良い影響を与えた人を考えるだけでも、正直、数えきれない。

ああ、一人だけいた。

彼との出逢いは、ずいぶんと前、家を飛びだした時のことだ。

たぶん、思春期特有の溢れる自信と、甲斐性のなさが引き起こしたものだったと思う。

わたしはすっかり暗くなった高架橋の下を走っていた。車に轢かれそうになりながら、通行人に怪訝に見られながら、衝動に身を任せていたのだ。

いつ間に公園に着くと、そこに彼はいた。
整った顔立ちの人で、黒装束に全身を包んだ
男とも女ともとれない、不思議な姿の人。

彼はタバコを吹かせながらベンチに腰掛け、ひどく疲れ切った顔をしていた。
当時の私はタバコが嫌いだったので、勢いのまま文句をつけた。
「ここ、禁煙ですよ」

「そうか」
タバコを捨て、踏みつけて火を消す。
「なんで君はこんなところにいるのかな」
「日も落ちてるし、子供は帰る時間だと思うよ」

「別に良いじゃん」
理由にならない理由を述べる。

「そうね」
彼は頷いた。
しばらくの沈黙を嫌って、再び聞く。
「姉…兄ちゃんは何してるの?なんか、普通じゃない感じがするけど」
「意味」

「ん?」
「この世はゼロと一だけでできている。得るか得ないか、その間を取ろうと思っても、できない」

よくわからなかった。

それから、私たちは話し込んだ。
と言っても、彼が一方的に喋るだけで、私はただ相槌に徹していた。

私は彼に何か近しいものを感じていた。

はたから見たら狂人の戯言、一種の事案だったかもしれないが、私は好奇心旺盛だったし、何より当時は、自意識や生きる意味を必死に探していた頃だったから、
彼の言葉には抗い難い魅力があったのだ。

それ以来、私たちはよく会うようになった。
互いに名前は知らなかったけど、楽しい日々だった。

クオリアを体感しに島へ行ったり、問答を繰り返し、答えのない(もしくは探さねばならない)疑問を解消したり、般若心経の意味を教えてもらったりもした。

彼の人生も聞いた。教養ある家庭で生まれ、親の虐待を受け、父に包丁で反撃したこと。そんな家庭に護身術や統計学を仕込まれたこと。

危ない仕事に関わり、追われる羽目にもなったことも聞いた。
実際、わたしがお手洗いに行こうと立ち上がったと同時に、ぐっすりしていた彼がすぐさま起きたのは、それの証明だと思った。


でも、彼は感情的になることは一切なかった。淡々としてて、自分の話をしているのに、誰かの経験を語るように見えた。
言葉の一つ一つが何か本能的に恐怖を覚えるような底知れなさがあって、それが余計に私を惹きつけた。

ただ、本人はその現状をあまり良くは思っていなかったようだ。
彼曰く、悪影響を与え兼ねないと。
おそらくそれは本当だ。

彼と出会ってから邂逅した友人は、私以上の変人が多い。

類は友を呼ぶものだ。

わたしは成長し、かつて崇拝の域に達するほどに憧れを抱いた彼との関係は薄くなってしまった。

連絡先は知ってるし、話もするが、彼自身がそういう話を避けるようになったのと、互いに忙しくなったので長く話すことはない。

それに、前よりもまともになったから、荒唐無稽な口ぶりに、魅力を感じなくなったのかもしれない。

今でも、私は彼に憧れを持っている。
何もかもできて、自分で答えを見つけ出せる天才、だけどもそれゆえに苦しんだ人。

記憶に多少の脚色はあるかもしれないが、私にとっては間違いなく、一種の神だった。

私が捻くれたのは彼のせいだが、
良い影響であれ、悪い影響であれ、彼には感謝している。

今の自分があるのは、彼のお陰なのだから。

『ありがとう』


いつも見てくれていた方へ:

久々の投稿となりました。
本当に申し訳ないです m(_ _)m

何度か筆を取って書こうとしたものの、
期間が終わったり、疲れ切ってしまったりと、中々難しかった。

これからも不定期になりますが、続けていきますので、よろしくお願いします。

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