「地獄だ」
荒野を前に男はひとり、呟いた。
いつ歩きはじめたのか、なぜ歩いているのかすら覚えてない。
彼の記憶にあるのは、空から降り注ぐ光の景色だけだった。
疲労が限界だったのか、ばたりと彼は倒れ込む、目をひらき、空を仰いでも、映るのはどんよりした雲だけだ。
「神様、お願いですから、私を助けてください」
縋るよう、捻り出した言葉に、誰かが気付いた。
男はいつの間に、知らない場所にいた。
見渡すと、すぐそこに雲が浮かび、空には星々が煌めいていた。
天国のようだ、と男は思った。
しばらく後、天使に会った彼はこう尋ねた。
「神が私を助けてくれたのですか?」
天使はすぐに答えました。
「神が居ないので、私が代わりに回収しているのです」
【あなたに届けたい】
「見つからないのであれば、―娘さんはもう助かりません」
盗み聞きしたその言葉に、思わず駆け出していた。今まで親に殴られても、酷いことをいわれても、こんなことにならなかった、
でもその時は身体がはじめて、制御できなくなった。
震えも動悸も止まらなくて、枯れたはずの涙が溢れ、止まらなかった。
いつの間にか、屋上に来ていた。あの子といつも話していた場所、曇天が広がって、濁った雨を打ち付けていた。
ふと、町を見上げる。高いと思った。
ここからなら、いけるかもしれない、もう全部どうでもいい。
身を乗り出し、靴を脱ぐ、傷跡に染みる水たまりなど、もう関係なかった。
「どうして、なんでだ...」
足が動かない、もう未練などないはずなのに、ここから落ちれば、あの子に届けられるかもしれないのに、こういう時に限って、幸せな記憶ばかり出てくる。
どんなに辛くても笑う彼女の姿、病気になっても弱音を吐かず、間違ってると教えてくれた、人間にしてくれた彼女の声。
「私って前はつまらないもので、先生も親も大人は全部、間違いばかり教えてるって思ってた。でも、こうなってから気付いたんだ。案外、人生ってー」
「生きてみる価値があるのかもって」
「…。」
ある晴れた日のこと、少女が目覚めた。
安堵する両親に、奇跡だという医者の声、眠気に抗い、ぎこちないながらも彼女は尋ねる。
「誰が私を助けてくれたんですか?」
「君の友人だよ」
【I love…】
「愛想が尽きました。」
地上を見て、神様は言った。
神様は同じ姿で愛らしいと思ってましたが、争いは絶えないし、被造物を壊すし、とてもじゃないが、見ていられません。
それに神様には許せないことがありました。
「ここいらの彼らは私の世界ではなく、自分たちの作り出した世界ばかり見ています。
画面の中がそんなに面白いのでしょうか?」
神様はそれが許せませんでした。彼らのために世界を作ったのに、彼らは世界を見ようとしません。
「もう一度、洪水で滅ぼしてしまいましょう」
稲妻の杖を携えて、神様は振るおうとしました。
「お待ちください。」
神様に声をかけたのは、彼らに詳しい天使でした。彼はこんな提案をしました。
「世界を洗い流す前に一度くらい、彼らの作ったものを試してみては?」
「ふむ、それもそうかもしません。なら、私に彼らの使っている。あのモニターを持ってきてください。」
天使はすぐに持ってきました。彼は一通りの使い方を教えると、長方形の薄型のそれを神様に渡しました。
それから神様は、それにすっかり夢中になりました。時間を忘れて、滅ぼすことすら忘れて、それに熱中しました。
ですが、何十年か後、神様は彼らを洪水ですっかり流してしまいました。
「何故、滅ぼしたのですか?」
天使は問いました。
「あれはとても魅力的でしたので、彼らの代わりに私はあれらを愛することに決めました。」
【街へ】
何年漂ったのか、俺にはもうわからない。
数えるのをやめた時すら覚えていない。
いつの日か神様に出会えると信じて、無限の暗闇に身を投じた。それは間違いだったのか。
そう思うことに疑問を感じなくなってしまった。
「いっそこのまま…」
弱音を吐こうと何か変わるわけじゃない、時は残酷だ。
「ー!」
一筋の光が見えた、円筒状でクルクルと回転するそれは、まるで希望への道筋に見えた。
「あの先へ行ってみよう。何かあるかもしれない、いや、何かないと俺はもうどうすれば良いかわからない。」
先にあったのは街だった。大声あげる神々と沢山の玩具、その精巧な姿に思わず感嘆の声をあげた。
「神様にやっと会えた!俺はついにやったんだ!」
咆哮を上げたそれを光が包み込んだ。
それは皮膚の焼ける苦痛に悶え、大きな水滴を零しながら息絶えた。