シラヒ

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2/18/2023, 5:18:46 AM

「ただいま。はいコレお土産ね」
 ん、と差し出された手のひらに、紙袋を引っ掛けた。
 さっさと開け始める彼女を見て、自然と口角が上がる。気づかないフリをしながらコートを脱いだ時、どすんと背中に衝撃がきた。
「ねぇ、なにこれ」
「気にいらなかった?」
「ちがう。そうじゃなくて…」
 彼女が手にしているのはシンプルなネックレス。嬉しいような困ったような顔で、彼女は俺を見上げた。
「…友人にあげるにしては、ちょっと」
「人の金で肉食べるの好きなのに」
「また話が変わってくるでしょ、だってこれって」
 両手で頬を包み込む。
 咄嗟に反応できなかった彼女は硬直し、ほんのりと頬を染めた。俺はできるだけ優しく微笑んでやる。
「“ただのお気に入り”だって思ってるの、お前だけだから」


俺はお前のこと、『お気に入り』扱いした覚えはないけど?



 真っ赤になった彼女を置いて廊下に出れば、形容しがたい悲鳴が聞こえてきた。おもしろ。

2/17/2023, 9:59:11 AM

誰よりも愛していた。
でもそれは、僕の勘違いだったみたいだ。


知らない男の前で幸せそうに笑う君。
初めから可能性なんて、
ほんの少しもありはしなかったのだと気づいた。

踵を返そうとした僕を呼び止めたのは、
僕の一番の友人だった。


「失恋したばっかりの君に、こんなこと言いたくないけど」


誰よりも愛してます。
だから私を選んでくれませんか。





側の店のショーウィンドウには
ぽかんと口を開けた僕の顔が映っていた。

1/21/2023, 2:26:26 AM


ゆらゆらと光が揺れている。


廃工場の汚い床に寝そべって、
ガラスが張られた天井を見つめていた。

火事で全焼したくせに、
奇跡的にガラスだけは残っていて。

熱で溶けて、ぐにゃりと歪んだガラスは、
光を奇妙に反射させて、
床や壁、真っ黒なカタマリを照らし出す。


ゆらゆら。


ゆらゆら。



まるで、水の中にいるみたいだ。

水底に沈んで、届くはずもない地上に思いを馳せる。



静かな、とても静かな海。

1/8/2023, 10:43:45 AM


 私は生まれつき目が見えない。
 発覚した時、両親はひどく狼狽したが、娘が健康ならそれが一番と納得(?)したらしい。
 難病や疾患のある子供のために怪しい宗教なんかにハマったりする親もいるのだと聞いたことがある。だから私はひどく安心したものだ。ちょっと悪く言えば、私の両親は呑気な人たちだったから、納得(?)できたのだろう。別に親が嫌いなわけじゃない。心配な時があるだけ。

 とにもかくにも盲目の私は、これまでたくさんの苦労をしつつも生きてきた。
 なんてことはほぼない。
 ほんとうに。嘘なんかじゃない。

 私は、世界を色で見ることができたから。

 無機物は大体灰色に見える。
 生物の見え方は、だいたい二つのパターン分かれている。
 まずは感情や意思を持たないものは、目が見える人たちと一緒の色に見える。植物とか昆虫とかがそうで、葉っぱは緑や黄色に、モンシロチョウなら白といったふうに見えた。
 次に感情や意思を持つもの。つまり動物や人間たちは、感情の色で見える。その人の全身が、その時の感情の色で染まるのだ。だから背の高さや体型なんかわかるけど、顔の良し悪しや表情なんかはわからない。
 面白いのが、感情の色が人によって違うということだ。例えば悲しみなんかはよく青色だというけれど、人よっては黒と青が混じり合った色だったりするのだ。
 これこそまさに十人十色だ。

 色で見える世界。

 当たり前だけど、他人の感情が見えるのって結構しんどい。優しい口調なのに、ふとした瞬間に赤黒い色(おそらく敵意)に変わったりする人も、私や女性と話している時に真っピンク色になっていた人もいる。
 でも、感情が見えなくたって、人の敵意がしんどくなるのはみんな同じだ。人生で一瞬しか関わらないクズのために、どうして私が潰れなきゃならない。そんなのクソ喰らえ!というスタンスでいなければ、私は今日まで健やかに生きられなかっただろう。両親のある意味最強な呑気さ(?)を受け継いだおかけだ。本当に感謝している。


 ちなみに、ここまでは私の見える世界、そして人生の超超ダイジェスト版だ。
 大切なのはここからで、さっき私は人の感情はそれぞれ違うと言ったと思う。同じ感情でも、少しずつ色んな色が混じっていたりするので、一人として同じ色はないし、単色なんてことそうそうない。
 ましてや黒一色だなんて人はほとんどいない。経験上、黒というのは絶望の色なのだが、どんな人でもわずかに別の感情が混じっていた。もちろん私が一色だけの人を見たことがないだけという説もあるが。
 あぁ、過去の私よ。その説は正しかった。

「大丈夫ですか?」

 今、目の前で私に手を差し伸べてくれている男性は、夜よりも深く暗い黒で、その一色だけで染まっていたから。


・*・*・

『色とりどり』プロローグ
※ラブストーリーです。色系のお題があれば、少しずつ書いてみようと思っています。

1/5/2023, 1:22:21 PM

からりと晴れた空。
冷たい空気はほんのり甘く感じた。

「いい天気だよなぁ、ほんと」
へらへら笑っていれば、頭上から拳が降ってくる。ばきっ。目の辺りを殴られたけどまったく痛くなかった。
嘘だ。めちゃくちゃ痛い。容赦なく殴りやがって、いてぇな。
ばきっ。ぽた。ばきっ。ぽた。
「……泣くのか殴るのか、どっちかにしろよなぁ」

一週間ぶりの冬晴れの日、俺は最期を迎える。

息を吸うたびに傷が引っ張られて激痛をもたらし、吐くたびに温かい血が流れ出ていく。
背中側の湿った感触から、絶対に死ぬとわかる。助かる希望も可能性も、残念ながらありはしない。
「ふざけんな。お前、お前、絶対に帰るんじゃなかったのかよ」
「ははっ、俺、知ってるぞ。死亡フラグってやつだ」
自分で死にますって言ってたようなもんだよな、あれ。今思えばずいぶんとバカなことを言っていたと思う。
もう二度と戻れるはずがないのに。妻子の待つあの家に。小さな手が俺の頬に触れる。母になった妻の慈愛に満ちた笑顔。
あぁ、思い出したら、止まらない。

帰りたい。帰りたい。戻りたい。戻りたい。
もう二度と会えやしない。触れることはできない。
娘の成長も、妻のたくさんの表情も、なにもかも知らないまま、俺の時は止まる。

あ、とりーーー


手を空に伸ばす。何を掴みたいんだろう。
理解する前に、俺の意識は途絶えた。

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