シラヒ

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4/4/2024, 4:00:10 AM

1つだけ、なんでも手に入れられるなら何が欲しい?

「世界。」

予想外の規模の大きさ。冗談を言っているのか、本気なのかは目を見れば分かるけれど、それにしたって世界なんて。

「1つだけ、とかセコくないか。おれには欲しいものがたくさんある。1つだけじゃ満足できない。」

おまえだけで満足、とは言ってくれないの。

「それはおまえの気持ち?それとも存在?」

……どっちも。

「ふざけんなよ。おまえと過ごすためには生きなきゃならない。一緒に過ごす時間も、金もいる。全然足りない。」

だから世界なの?

「世界だ。おまえだけで満足しろって言われて、はいって言えるような出来た人間じゃないんでね。おれはおまえも、その他も全部欲しい。」

まさに俺様。ジコチュー。子供みたい。

「なんとでも言えよ。おれは諦めねぇから。」

知ってる。

「なら、いい」

にぎられた手のひらが、じんわり熱くなった気がした。

10/26/2023, 12:01:14 PM

「おれはお前を愛してるから、何も言われなくたって分かる」

「お前がおれを『愛してる』って」

「だから、おれは愛して欲しいなんて思わない」

「言葉だっていらない」

「でもな」

「最期になるのなら」

「一度でいいから、言葉で聞きたいと思うんだ」

8/20/2023, 2:18:42 PM

君にさよならを言う前に私がすべきこと。


「いきなり呼び出してなんだよ」
相変わらず微妙にダサすぎる服、人を舐め腐った態度。
「ま、どうせあれだろ?『まだ私のことが好ーー

右ストレート。

拳が綺麗に決まると、人はあんなに吹っ飛ぶものなのか。
私はにっこり笑って「浮気したくせに頭が高い」と吐き捨てた。


「電話も出ないくせに勝手に押しかけてくるなんて、ほんとに気遣いができないのねアンタは」
ドアを開ける瞬間は若々しいマダムの笑顔だったのに、私だと分かるとこの表情。
「いい歳した大人なんだからもういい加減ーー

ラリアット(威力4分の1バージョン)。

床に倒れる老人ぐらいではもう痛まないぐらい、心は傷つけられたんだよ。
私はにっこり笑って「反抗期遅くなってごめん」と吐き捨てた。


最後にやってきたのは君の元。
ベッドに横たわる君を見て、私は溜息を吐いた。
「君の望みはなんでも叶えると言ったけど、後で大変な思いをするのは私じゃない」
「でも引き受けてくれたじゃないか」
君はにっこり笑ってこう言った。
「冥土の土産はこれぐらいインパクトがなくっちゃね」

「ありがとう」
「さよなら」
私もにっこり笑ってこう言った。

4/12/2023, 10:57:52 AM


わたしの手から離れていく
鋭い先で大気を切り裂き
紙でできた白い鳥は
とおく とおく とおくへと
遠い空へと飛んでいく

白い鳥は雨に溶け
柔らかな空の綿となる
青に浮かぶ眩い白は
ふわふわ ふわふわ ふわふわと
呑気な様子で風に乗る

空はゆっくり流れてく
わたしが行けぬところまで
山こえ 海こえ 街をこえ
巡り巡って戻るのだ

丘の上 空の下
風に靡く長い髪
高く 強く どこまでも響くように叫んだ

私はここにいる

4/9/2023, 9:58:46 AM

 ※ちょっと長めです。


 五年間もの間、音信不通だった姉が帰ってきた。
 アロハシャツみたいな柄のスカートを履いて、大きなサングラスをかけて、ハイ!とネイティブのような声を上げた。僕は大きな溜息を吐いて、無言のまま姉を招き入れた。

 緑茶がいいとごねる姉の前に麦茶を置く。
「どこ行ってたの」
「見てわかんない?」姉はスカートを示す。「これ見たらもう分かるでしょ」
 ハワイのどこかの島で日に焼かれている姉を想像した。想像したままにハワイだと答えれば、ブッブーと口を尖らせて笑う。頭の中の姉に持っている盆を投げつけた。
「正解は〜、オアフ島でーす!」
「どこだよ」
「ハワイ諸島の三番目に大きい島」
 実際に盆を投げつけたくなった。敏感に察知したらしい姉は僕の腹を蹴る。なにすんだよと睨めば、防衛本能だけど?となんてことない顔で言った。とっとと野生に帰れ。ここは本能なんて捨て去った、呑気な人間共が生きる人間社会だ馬鹿姉貴。
 オアフ島が具体的にどこにあって、どんな島なのか。僕には全く知識がなかった。ただ姉がベラベラと喋ってくれるので調べる必要はない。僕にある海外の知識は全部姉から仕入れたものだ。そこには嘘なんてひとつもなくて、姉が体験して感じた全てがある。そしてそれが紛れもない事実だった。
「で、次はどこに行くの」
「お金なくなってきたし、しばらく日本にいるよ」
 とてつもなく嫌な予感がする。
「僕の家はダメだからね。彼女できたから困る」
 ニヤリと笑った姉を見て、即席のバリケードがあっけなく突破されたことを悟った。そう、彼女ができたなんて真っ赤な嘘だ。あまりにも見え透いた嘘だったが、何の疑いもなく嘘だと思われたことが癪だった。五年も時間があったんだ。少しぐらいは可能性だってあるだろうに。
「ねぇ、なんでいつもそんなに澄ましてんの」
「なにが」
「何度も何度もこうやってるのに、帰ってくるたびに安心してるじゃん」
 姉はしょっちゅう音信不通になる。昔は日本のどこかを旅しているだけだったのに、数年前からは海外にまで足を伸ばすようになった。回数を重ねるたびにその時間は長くなり、間隔も狭まっていた。なにがきっかけなのかは知らない。行動力の鬼である姉が成長した姿が今、というだけなのかもしれないけれど、そうではないと僕は知っていた。
 きっかけは知らないが、そうであると知っているんだ。
「海外は物騒だからね。向こうで死なれたら手続きとか色々めんどくさそうだし」
「日本も同じくらい物騒だと思うけど」
 帰ってくるたびに別人になっている姉を見て、羨望と焦りがごちゃ混ぜになる。あんたはなにになりたいんだ。そう尋ねられたらどれだけいいだろうか。でも僕は尋ねたいわけじゃないし、それで姉が答えてくれるとは思えない。
 変わってしまった。昔の姉はもうどこにもいないし、今目の前にいる姉も次に帰ってくれば別人になっているのだろう。
「あんたの安心した顔見ると、帰ってきたなと思うのよ」
 姉は必ず僕のところに帰ってくる。いつだってそうだった。
 クソ男と喧嘩した時も、子供が生まれた時も、裁判が終わった時も。絶対に僕のところに帰ってきて、ただいまって言う。どんな時でも一人として同じ姉はいなかった。みんな違う顔をして、雰囲気を纏って、違う考え方をしていた。
 時々、目の前にいる女は誰なんだろうかと思うことがある。
 それは多分姉も同じなんだろう。弟の元へ帰ってくるけれど、別人になってしまった姉からすれば僕と会うのは初めてなのだ。というか実際にそう零していた。友人の一人、元軍人が生物兵器の後遺症で亡くなった時に。僕の家で、ぼろぼろと涙と鼻水、訳のわからない英語を垂れ流しながらそう言った。
 僕はその時ふっと閃いたんだ。
 どんなに変わっても、姉にとって僕は僕なんだ。
 この世にたった一人の弟で、なにがあっても揺らがない部分に刻み込まれた“帰る場所”なんだ。
 姉は赤くなった鼻をぐずぐず言わせながら、それってつまりどういうことなのよ、とめんどくさい女ムーブをかました。僕は勤めて冷静に返す。僕を愛してるってことだよ。言葉に溢れてくるような、行動に表すようなものではなくて、無意識な本能の部分で愛してるんだ。
 
「いつまで続くんだと思う」
 レースのカーテンを突き抜けてくる夕日を浴びて、僕たちは金色に輝いている。氷はすっかり溶けて、麦茶と綺麗に分離していた。
「これからも、ずっと」言葉はまるでピースがはまるみたいに。「僕たちが生きている限り、ずっとだよ」
「私は新しい私になって、あんたは変わらずあんたのままだ」
 姉は初めて笑った。子供の頃のように、無邪気で意地悪そうな笑みだった。

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