こんにちは。さようなら

Open App
2/23/2025, 5:57:04 PM

「貴方が好きです。大好きです。貴方がいなければ生きていけない。あなたのいない世界なんて意味はない」
 狂ったように繰り返される言葉。
 あなたはいつも私を抱きしめてくれる。固い身体、静かな吐息、私より少し高い体温、ぬくもり。
「貴方が生きているだけで、側にいてくれるだけで幸せなんだ」
 慰めるように背中を撫でる大きな手。私は彼の胸を顔を埋めて、彼の香りを嗅ぐ。何年も変わらない。キスはいつもミントの味がする。たまにタバコの匂いも。
「……あ」
 急に、彼の動きが止まってしまった。目がガラス玉のようになり、マネキンのように固まってしまう。
「充電するの忘れてた」

 今日も魔法のような夢を見る。

1/30/2025, 1:04:40 AM

「世の中には知らない方が良いこともある。勉強になったろう」
 血まみれになった若者を、まるで遊び飽きたおもちゃのように見下して男は笑う。同時に唇の端からタバコの紫煙が細く吐き出された。
「知らないということがどれだけ君を守っていたか、よく考えるといい」
 ぐったりと横たわる若者の髪を強く掴んで、無理やり顔を上げさせる。その顔は恐怖に染まって痛みに喘ぎ、散々殴ったので顎が砕け、話せないようだった。地を這うようなうめき声だけが、かすかに漏れ出ている。
「まぁ君のような年代では難しいかもな…君たちは常に俺のような“マトモな大人”に付け狙われているんだから」
 若者を再び床に叩きつけて、スマホをいじる。タバコを吸う男の瞳は獲物を吟味するように静かで、それでいて牙を隠しているライオンのように、正確に狙いを定めようとしている。
「ふぅん……両親がいて、祖母がいて? 弟と妹がいるのか……まだ小さくて、可愛いじゃん」
 スマホを投げて若者の前に投げつける。幸せそうな家族の画像が詰まった画面が、冷たいコンクリートに叩きつけられてひび割れた。
「お前が暗いところを覗こうとするのは結構だが……見えないところから手が伸びてくるかもしれないぞ? 今回のようにな」
 ふう、と紫煙を吐き出して、スーツの胸元から携帯灰皿を出すと、しっかりと揉み消してその中に捨てた。
「俺は優しいからな。今回は見逃してやる。が、俺が連絡したらすぐに来いよ。次の仕事もさせてやるからな」

1/27/2025, 11:36:19 AM

「時が経てば経つほど、若いうちにあいつらを殺しておけば良かったと思うんです」
 思い出のアルバムをめくるような瞳で、後悔を語る。
「刑務所に入ったって、今と変わらないでしょう? 頭も身体もおかしくなって、まともに生きられない。壊れたロボットに乗っている気分ですよ。コントロールできないんです。しかしそれなら…健康に刑務所から出てきたほうが今より良かったなって思うんです」
 言葉の割には快活に笑う。しかし口元は自嘲の笑みで歪んでいた。
「本当に殺したかったやつを殺さなかったのは…自分が当時、あいつらを殺さなかったのは、勇気がなかったからなのでしょうか?…今となってはもう分かりません」
 その数日後、連続殺人犯Aは刑務所内の自室で自殺した。
「あの時の痛みと苦しみに、素直に従うべきだった」
 自殺した当日、作業所の休憩室で、そうこぼしていたという。

1/16/2025, 2:13:27 PM

お前のために流した涙の総計を測ってみたい

1/16/2025, 8:11:21 AM

「また会える?」
 ちいさかった俺はその時、お兄さんを見上げていた。なぜこうなったのか分からなかった。たしかお兄さんは警官2人に挟まれていて、顔を深く俯いているせいで、俺とまともに目が合っていた。その目は諦観に満ちて空虚でありながらもなお、俺を優しく見つめていた。そしてこう言った。
「いいや。さようならだ」

 俺はその後、施設に預けられて育った。今年18歳になる。高校を卒業したら、3年間アルバイトしていたカフェにそのまま正社員として雇用される予定だ。
 俺の服の下には、無数の傷跡がある。ナイフで深く切られた傷、タバコを押し付けられた跡、熱いお湯を浴びせられたケロイド…小さい頃に両親につけられたものだ。傷を見ると俺は、今でもあの時のお兄さんのことを思い出す。
 お兄さんは小さい俺を誘拐した。しかしあの時の俺はヒーローが助けに来てくれたのだと疑わなかった。お兄さんは温かい風呂に入れて、ご飯をつくり、ふかふかの布団をくれて、お菓子を食べながらよくTVゲームをして遊んでくれた。しかし朝遅く起きることと歯磨きをしないと、俺をひどく叱った。

 俺もお兄さんのようになりたい、と言った時の、彼の顔と言ったら。
 今も辛いことがあると、あのカーテンの閉め切られた暗い彼の部屋に帰りたくなるときがある。

 会いたい。

 毎晩怯えて泣いて眠れなかった小さな俺を抱いてくれたあの大きな…父親の彼に。
 そしてせめて「さようなら。ありがとう」と言わせてほしい。
 名前も知らぬ犯罪者のお兄さんへ。俺は元気です。ありがとう。

Next