こんにちは。さようなら

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「また会える?」
 ちいさかった俺はその時、お兄さんを見上げていた。なぜこうなったのか分からなかった。たしかお兄さんは警官2人に挟まれていて、顔を深く俯いているせいで、俺とまともに目が合っていた。その目は諦観に満ちて空虚でありながらもなお、俺を優しく見つめていた。そしてこう言った。
「いいや。さようならだ」

 俺はその後、施設に預けられて育った。今年18歳になる。高校を卒業したら、3年間アルバイトしていたカフェにそのまま正社員として雇用される予定だ。
 俺の服の下には、無数の傷跡がある。ナイフで深く切られた傷、タバコを押し付けられた跡、熱いお湯を浴びせられたケロイド…小さい頃に両親につけられたものだ。傷を見ると俺は、今でもあの時のお兄さんのことを思い出す。
 お兄さんは小さい俺を誘拐した。しかしあの時の俺はヒーローが助けに来てくれたのだと疑わなかった。お兄さんは温かい風呂に入れて、ご飯をつくり、ふかふかの布団をくれて、お菓子を食べながらよくTVゲームをして遊んでくれた。しかし朝遅く起きることと歯磨きをしないと、俺をひどく叱った。

 俺もお兄さんのようになりたい、と言った時の、彼の顔と言ったら。
 今も辛いことがあると、あのカーテンの閉め切られた暗い彼の部屋に帰りたくなるときがある。

 会いたい。

 毎晩怯えて泣いて眠れなかった小さな俺を抱いてくれたあの大きな…父親の彼に。
 そしてせめて「さようなら。ありがとう」と言わせてほしい。
 名前も知らぬ犯罪者のお兄さんへ。俺は元気です。ありがとう。

1/16/2025, 8:11:21 AM