あの両親を捨てられたなら、他の道があったのだろうか。ときどきそう思う。
僕はひどく飽きっぽくて、いろんな女の子と遊んでは、3カ月くらい経つと退屈になってすぐ距離を置いて新しい子と遊んでしまう。いろんな努力はしてみたが…どうしても退屈が耐え難いのだ。退屈は幸福の証だったと言うことを、僕は大人になってから知った。
僕は君が好きだ。明るくて、話が面白くて、好奇心や冒険心があって、素直で。
僕は、僕は、この恋の結末が怖い。そうだ。退屈してたのは僕じゃなくて、いままで捨てててきた彼女たちかもしれなかった。だから僕は傷つく前に彼女たちを捨ててしまったのかもしれない。きっとそうだ。
「ねえ……ぼくと結婚しよう」
僕は人生で初めて、自分から相手を縛った。彼女を失いたくない。まるで首に縄をつけて愛でるための言葉を、砂糖でコーティングしてロマンチックにして。
「僕と一緒に生きてください」
目覚めた時、私はベッドで寝ていた。どうやら病院らしかった。でもなぜここにいるのか思い出せない。カーテンで仕切られた向こう側から、小さい声だが会話が聞こえてきた。
「相手の男は……」
「どうやら……らしい」
相手の男、と聞いた途端、ズキン!と頭が痛んだ。続いて目の前がぐるぐると回りだして気持ち悪くなり、激しく吐いてしまった。
その後、周りが慌ただしく動き出したのだけが分かった。誰の声なのか、色んな人の声が降って回ってぐちゃぐちゃになっていく中、私の意識は再び混濁していった。
あれから数日後、私は退院した。仕事を辞めてマンションを引き払い、両親にむりやり実家に戻された。そして大きな屋敷の一室に軟禁され、生活には常に人がついて回った。それは当然の結果だった。
「(わたしは……)」
そう、私はあの人と共に死ぬはずだった。なのに私だけが生き残ってしまったのだ。その事実はまだ夢見心地のように空中をさまよっていて、私は少しも受け止められず、涙すらも出なかった。
ただ、私は置いていかれてしまったのだという事実が、まるでガラスにひびが入っていくように、どんどん心を蝕んでいくのが分かった。
それからあっという間に十年経ち、二十年、三十年が経った。私は結婚し、娘と息子をひとりずつ授かった。子どもたちは健康に成長し、やがて家を離れていき、いまは夫婦だけで静かに生きている。家同士を繋ぐだけの政略結婚だった。しかし私は幸せを感じていた。
あの時のことを忘れたわけではない。思い出のガラスはとうとう砕けて、身体の奥に散らばり、何かするたびに常に血を流し痛むようになった。
しかし結婚して時を重ねるごとに、砕けたガラスは別の景色を映し出し、流れた血は乾き始めた。そして時間という雪に埋もれて、忘れていくのを、私は止めることができなかった。
「(あの人、恨んでるかしら……)」
身を切るような寒さを感じるたびに、あの時の手の温かさを思い出す。不思議なことに、もう顔も声もよく思い出せないのに、あの時のぬくもりだけは手のひらに残っているのだ。どうしようもない罪悪感が襲ってくる。
「(わたし、今の家族を愛してる……あなたが人を愛するということを教えてくれたから)」
人を求めて、右手を握り締める。
「(会いたい)」
それは不意に開いてしまった。少女に戻ったかのように胸が痛み、ボロボロと熱い涙が零れて、頬を濡らしていく。
【眠くて続きが書けないので終わります…】
夏が少しずつ過ぎていって、朝になんとなく温かい飲み物を用意するようになり、それを心地よく感じるようになった季節の移り変わり。あの人とお揃いで買ったふたつのマグカップのうち、ひとつはまったく使われないでいるのに、私はその片割れをずっと使い続けている。
あの人に未練があるわけじゃない。お互いによく話し合って、納得してその結果、私たちはやっぱり合わなかった。二人でいるのに、ずっと寂しかった。でも今思い返せば、その寂しさこそが二人でいた証かもしれないと思うようになった。
別れて一人になって私は、寂しいと思うことが減った。あの人がいなくても生きていけるんだって事実が、たまに寂しい。あんなに愛していたのに。
人は誰かと一緒にいるから、寂しくなるんだ。きっと一人だと寂しいことすら忘れてしまうんだ。