目覚めた時、私はベッドで寝ていた。どうやら病院らしかった。でもなぜここにいるのか思い出せない。カーテンで仕切られた向こう側から、小さい声だが会話が聞こえてきた。
「相手の男は……」
「どうやら……らしい」
相手の男、と聞いた途端、ズキン!と頭が痛んだ。続いて目の前がぐるぐると回りだして気持ち悪くなり、激しく吐いてしまった。
その後、周りが慌ただしく動き出したのだけが分かった。誰の声なのか、色んな人の声が降って回ってぐちゃぐちゃになっていく中、私の意識は再び混濁していった。
あれから数日後、私は退院した。仕事を辞めてマンションを引き払い、両親にむりやり実家に戻された。そして大きな屋敷の一室に軟禁され、生活には常に人がついて回った。それは当然の結果だった。
「(わたしは……)」
そう、私はあの人と共に死ぬはずだった。なのに私だけが生き残ってしまったのだ。その事実はまだ夢見心地のように空中をさまよっていて、私は少しも受け止められず、涙すらも出なかった。
ただ、私は置いていかれてしまったのだという事実が、まるでガラスにひびが入っていくように、どんどん心を蝕んでいくのが分かった。
それからあっという間に十年経ち、二十年、三十年が経った。私は結婚し、娘と息子をひとりずつ授かった。子どもたちは健康に成長し、やがて家を離れていき、いまは夫婦だけで静かに生きている。家同士を繋ぐだけの政略結婚だった。しかし私は幸せを感じていた。
あの時のことを忘れたわけではない。思い出のガラスはとうとう砕けて、身体の奥に散らばり、何かするたびに常に血を流し痛むようになった。
しかし結婚して時を重ねるごとに、砕けたガラスは別の景色を映し出し、流れた血は乾き始めた。そして時間という雪に埋もれて、忘れていくのを、私は止めることができなかった。
「(あの人、恨んでるかしら……)」
身を切るような寒さを感じるたびに、あの時の手の温かさを思い出す。不思議なことに、もう顔も声もよく思い出せないのに、あの時のぬくもりだけは手のひらに残っているのだ。どうしようもない罪悪感が襲ってくる。
「(わたし、今の家族を愛してる……あなたが人を愛するということを教えてくれたから)」
人を求めて、右手を握り締める。
「(会いたい)」
それは不意に開いてしまった。少女に戻ったかのように胸が痛み、ボロボロと熱い涙が零れて、頬を濡らしていく。
【眠くて続きが書けないので終わります…】
11/16/2024, 4:22:46 PM