不完全な僕
佐藤は誰もが認める完璧な学生だった。
勉強も運動も優れており、人間関係も円滑で、どこを見ても欠点らしきものは見当たらない。
周囲からは尊敬され、期待される存在だった。
佐藤自身も常に完璧を目指していたし、周囲からの称賛には満足していた。
けれど、そんな完璧な自分を否定される様な瞬間が度々ある。
その理由は、幼馴染である彰人の存在だった。
運動神経こそ抜群だが、他は平凡。
テストなんていつも赤点ギリギリだ。
僕の方が圧倒的に上で、完璧な僕はあいつにない全てを持っている…はずなのに。
なぜかいつも彰人の周りには人がいて、みんなが選ぶのは彰人だった。
僕は完璧なはずなのに、彰人にないモノ全てを持っているはずなのに。
彰人が持っていて、僕にないモノないて無いはず、そう思っていたのに。
彰人も僕にないナニカを持っていた。
僕はどうしてもコレが許せなくて。
けれど、何となく分かってしまうのだ。
勉強も運動も、人間関係も日々の積み重ねで全て手に入った。
手に入れる方法も知っていた。
でも、どう頑張ってもアレは僕には手に入らない気がするから。
どうしたら、彼の様になれるのだろうか。
今の僕に必要な事。
それを見つけるまで、僕は不完全なままなのかもしれない。
香水
貴方は嘘が上手い人。
でも、その香りだけは誤魔化せなかったみたい。
貴方が「ただいま」と毎日私を抱きしめてくれるたび、そのふんわりと香る甘い香りが鼻につくの。
ねえ、こんな時間まで何してたの。
どこに、誰と居たの。
そんな言葉を、香水の香りと一緒に飲み込む。
こんな日々の繰り返し、お腹がいっぱいで吐きそうだ。
でも、どうしても貴方は嫌いになれなくて。
ただただその香水の香りが憎い。
言葉はいらない、ただ…。
冬の夜。街は冷たい風まで包まれ、明かりがキラキラと輝いている。
雪が舞う中、小さなカフェで私と彼氏、彰はデートをしていた。
暖かい飲み物がテーブルの上に置かれ、私達はたわいのない会話で盛り上がる。
彰はいつもの様に、にこやかに微笑みながら「好きだよ。」と言い、私の手を優しく握る。
嗚呼、まただ。
その言葉に、私の心は雪の様に冷たくなる。
そして、それは彼の手の温もりでも解ける事はない。
最近、彼の「好き」はあまりにも軽く、心から出たものではない様に感じてしまう。
私が悲しそうな時、不機嫌な時、嬉しそうな時。
彼はどんな時にでも、同じトーンで、同じ顔で私に「好きだよ」と愛を伝える。
もちろん、付き合いたてではこれがとても嬉しくて。
でも、最近では「好き」は私の機嫌が治る魔法の合言葉だとでも思っているのではないか、と思うのだ。
人の好意にこんな事を考えるのは失礼だと思う。
けれど、彼の「好き」が心からのものならば、私はその重みを感じたかった。
私は君の「好き」の言葉じゃなくて、「好き」という気持ちがほしい。
なんて、言えるはずもなく。
関係を壊したくない私にはただ。
「…私もだよ。」
そう笑顔で返すのが精一杯だった。
突然の君の訪問
長文です、すみません。
苦手な方などは素早くスクロールしてください。
半年ほど前、一匹の野良猫がこの部屋に毎日の様に通っていた。
初めて私の部屋に来た時、毛はボサボサで目はどこか哀しげだったその猫に、どこか自分を重ねてしまい放って置けなかったのだ。
その日からその猫は毎日私の部屋へ通う様になり、その度になにかプレゼントを持ってきてくれた。
ドングリや綺麗なお花、貝殻のなど。
沢山の季節の贈り物をくれ、そのお礼として私は家族に内緒で毎回ごはんを振る舞った。
いつしか私にとってその時間は毎日の楽しみとなっていた。
しかし、ある日を境にその猫は姿を見せなくなった。
私は不安だったが、もともと猫は気まぐれな動物だと言うし仕方がない事なのかもしれない。
この話を親にすると最初は「野良猫を部屋に入れないで。」と怒られたが、その後にこう言ってくれた。
「猫は昔から神様の使いって言うから、もしかしたら貴方に幸せを届けてお役目を終えたのかもね。」
それから半年、私の心のどこかにはぽっかりと空いた穴があって、その空洞が毎日少しずつ広がっていくのを感じた。
静かな部屋、しとしとと降る雨が窓ガラスに落ちる音がよく聞こえる。
この音は、私に梅雨の季節が来た事を知らせてくれた。
生まれつき身体の弱い私は、「雨は体に触るから」と梅雨の季節はろくに外に出たことはない。
私は外の景色を窓越しに眺めながら、ホットミルクの入ったコップを片手に読書をしていた。
雨が降り続ける中、窓の外に見覚えのある影がひょっこりと現れた。
私はその陰に目を凝らし、そして驚きと共に立ち上がった。
窓の外には、間違えなくあの野良猫が居たのだ。
私が急いで窓を開けると、木から窓に乗り移りちょこんと座った。そして、じっと私を見上げてきた。
「今までどうして…それより、体冷えたでしょう。今暖かいものを__。」
私は猫の濡れた体を拭くタオルを持ってこようとした時、ある事に気が付いた。
「あれ、どうやって濡れずにここまで来たの?」
私の問いに答える気はなく、猫は部屋の中に入ってきた。
そして、私の足にまとわりつき、柔らかな毛で私の足を撫でた。
「どうしたの、珍しい。」
この瞬間、私は自分がどれだけこの再会を待ち望んでいたかを実感した。
私は嬉しくなり、猫の頭を撫でようとする。
しかし、ひょいと避けられてしまった。
それからも、猫はずっと私の部屋に居座ったが一度を触る事はなかった。
時刻はすでに午後の九時を指しており、いつもならもうベッドに入っている時間だ。
けれど、今君から目を離したらまた消えてしまいそうな気がして、怖くて眠りにつくことはできなかった。
翌朝、私は窓からの優しい光で目を覚ました。
起きたら猫の姿はなかった。
けれど、机上に綺麗な花が昨晩の出来事は夢でない事を教えてくれた。
「これ、紫陽花。」
初めて触れたその花、この先一生私の心に残るだろう。
私はあとで飾ろう、そう思い優しく置いた。
「…あれ、昨日あげたミルク飲んでないじゃない。」
私は小さく、幸せなため息をつきお皿を片しにリビングへと向かった。
あの素敵な贈り物を最後に、君は永遠に私の前に姿を表さなかった。
雨に佇む
学校帰りのバスの中。
僕は一番後ろの席に座り、スマホを片手にイヤホンで音楽を聴いていた。
突然雨が降り出したせいで、バスの中は満員状態だった。最悪だ、もうすぐ降りるのに。
小さくため息を一つつき、僕は窓の外を眺めた。
雨の音とひんやり冷えた空気が心地いい。
運転手さんのアナウンスは次のバス停にもうすぐつく事を知らせた。
僕はこれ以上乗らないでほしい、という想いで窓からバス停を覗き込んだ。
瞬間、僕の心は冷たくドキリ。
自分でも鼓動が速くなっているのがわかる。
「…え。」まさか、そんな事があるわけがない。
バス停には、三ヶ月前に亡くなった彼女が立っていた。
あの日と同じ服装で、髪型で。
雨の中で佇んでいたせいか全身が濡れていて、長い黒髪が顔や肩に張り付いていた。
その彼女の姿に、僕は居ても立っても居られなくなり急いで降車ボタンを押し、人を押し除けバスを降りようとした。
しかし、他にも降りる人が数名いたらしく、一番後ろに座った数十分前の自分を恨んだ。
やっとの事で降り、彼女を探すが見当たらない。
「綾乃!」
もう呼ぶ事のないと思っていた名前を叫び、僕はしばらく雨の雫を全身で受けていた。
__その日から僕は、雨の日には必ず一旦、あそこのバス停に降りている。君ともう一度ちゃんと話がしたい。
だって、あの時の君が笑顔で泣いている様に見えたから。
だから今日も、僕はあの時間、雨の日にあのバスに乗る。
君にさす傘とハンカチを手に持って。
いつか彼女にもう一度会える事を信じて。