「夢を見たんだ、」
そっと僕は語りかける。
荒れた大地の上に立って、粛々と世界の終焉を待ち侘びるだけの時間。植物や動物なんかの生き物の気配はなくて、おそらくあの雰囲気だと食べる物も高が知れているだろう。
ちっぽけな人間にはどうしようもできないと肌で感じるほど荒廃した空間だったのに、今思えば、夢の中とはいえどうしてか僕は恐怖を抱いていなかったんだ。
……思い返してみれば、あの荒廃した世界でも、変わらずに君が僕の隣で手を握ってくれていたんだよ。それが当然だとでも言うかのように。
深夜二時。静かに語りかける僕の隣には、穏やかな寝息を立てる君がいる。起きる気配のない様子に、思わず笑みがこぼれる。柔らかな頬をなで、そして額に唇を寄せる。
もしもこの先、夢と同じような運命を辿ることがあれば、世界の終わりに君と手を繋いでいたいけれど。
今はまだ、君との穏やかな幸せを噛み締めていたい。
『世界の終わりに君と』
#.4
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『世界の終わりに君と』
別ver.
眠れない夜に繰り返し考えることがある。よくある連想ゲーム。もしも世界が終わる時、誰と一緒にいたいか。
この答えは、何度考えても脳裏に思い浮かぶあの人ただ一人だ。大好きな家族でも大事な友人でもなく、ずっと想い続けてきたあの人。
そして、何度考えても、叶わない願いだと思い知るのだ。
あの人の隣には、もうずっと変わらずに大切な人がいる。
いつ見ても穏やかな雰囲気で、それでいて甘い空気を漂わせている仲睦まじい二人。あの二人なら、世界が終わるその時まで、いつものように手を繋いで寄り添っているんだろうな。
そこまで考えて、ため息をひとつ。
どうも自分には、たかが空想の中でさえも、世界の終わりに君と過ごす権利はないらしい。
「寝坊した!最悪…!」
「それなら僕が車で送るよ。朝から君とドライブ、しかもギリギリまで一緒にいられるなんてラッキーだな。」
「他の人のカバーで残業…最悪……疲れた……」
「お疲れ様。大変だったね、準備はしてるからゆっくりお風呂入ってきな。でもまぁ、君なら仕事も確実にこなしてフォローまでちゃんとしてくれるって評価されてるんだね。出来ない人にはそもそも頼まないし。」
「最悪だ…今日は何一ついいことなかった…」
「あらら、そういう日もあるよなぁ。うーん、それなら、ちょっと夜のお散歩行こう。コンビニで食べたいスイーツとかお菓子とか買って、一日の終わりに贅沢しよ。僕も君とデートができるなら嬉しいし。」
「も〜…プロポーズの返事は笑顔って決めてたのに、こんな顔見せたくなかった…最悪、ぼろぼろすぎる…」
「ふふ、僕はこんなに泣くほど喜んでくれたのが嬉しいよ。これからも、一緒に幸せを見つけていこう。」
私にとっての"最悪"を、柔らかく包み込んで吹き飛ばしてくれる君と一緒なら、この先何があっても怖くないよ。
『最悪』
#.3
「実は誰にも言えない秘密があるんだけどね、」
君になら話しても大丈夫かなって。もちろん他の人には内緒だよ?
そう言って頬を赤く染めて話す彼女は、まさに恋する乙女そのものでとても可愛らしい。なんせ、これまで誰にも言えなかったという秘めた想いを打ち明けてくれているのだから。
想い人を思い浮かべながら、ようやく自分の想いを口に出すことができた彼女の笑顔は、これまでにないほど輝いていて、それでいて蕩けるような様相をしていた。
心の中をひっくり返されたのかと思った。
秘密の共有を許された歓喜。
初めて見る彼女の表情への驚愕。
その想いと表情を向けられた誰かへの嫉妬。
甘く苦しい締め付けられるような彼女への恋情。
「実は誰にも言えない秘密があるんだけどね、」
そうやっていつの日か、彼女と同じように自身のこの感情を誰かへ、はたまた彼女自身へ打ち明ける時が来るんだろうか。
ひとつわかるのは、今はまだ、到底言えそうにないということだけ。正真正銘、誰にも言えない秘密のまま。
そうして今日も、何食わぬ顔で彼女の秘密を受け入れる。
『誰にも言えない秘密』
朝、ベッドから起き上がる。
二歩。テレビをつける。
五歩。お手洗いに到着。
四歩。洗面台で顔を洗う。
五歩。朝食の準備をする。
玄関からベランダまでは十歩もあれば十分で、少し手を伸ばせば欲しいものに手が届く。
贅沢には程遠いけれど、見渡す限り私の好きが詰まった愛すべき空間。
ここは狭くて、愛おしい、私のお城。
『狭い部屋』
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『狭い部屋』
一人では持て余してしまう程に広いこの空間には、日々を過ごしていく上でおおよそ求められる全てが揃っている。
柔らかく日差しが差し込むレースカーテン、寝心地の良いふかふかのベッド、新旧問わずいろんなジャンルの本、DVDやCD、ヨガマットに物作りのキット。試したことはないが、欲しいと願えばきっとなんでも揃う。
そうやって窮屈な思いをしないようにと整えられたこの空間だけど、その実私の求めているものは何ひとつない。
どんなに広い部屋を充てがわれたって、どんなに不自由の無いようにと物を揃えられたって。外の世界に一歩足を踏み出すことすらできないのなら、こんなところは狭苦しい鳥籠も同然。
それでも、わかっていてもここから飛び出すことが出来ない私は、この無機質で、広くて、それでいて狭い部屋で、今日も変わり映えのない1日を過ごす。
誰にも言えない、私が求める唯一のもの。
それはね、広い世界へ羽ばたくための、健康な身体。