夜。
ベッドの上で目を瞑る。
部屋の中は無音に包まれているけれども、耳を澄ますと窓の向こう、遠くのほうから微かに電車の音が聞こえる。
時折風に吹かれて揺れる木々の音が、やけに優しい。
今この瞬間、私を取り巻く世界は優しいものなのに、脳裏に響くのは自身の失態、僅かに失敗したなと反省した人間関係、理不尽なトラブル。
些細な失敗や反省すべきことは日々あるが、それでもおおよそ問題なく、友人がいて、趣味もあって、円滑な社会生活を送れている自分は恵まれているんだと思う。
それでも考えてしまう。
あの時別の選択をしていたら。今この勢いで別のことを始めたら。何もかも投げ出して誰も彼も見知らぬ土地に、この身ひとつで足を踏み入れることができたのなら。
ここではないどこかで、生きることができたのなら。
ちっぽけな私は、大胆で、それでいてやっぱりちっぽけな、できるはずもない夢物語を今日も瞼の裏に思い描く。
『ここではないどこか』
#19
テレビに映る君を見るたびに思い出す。
高校で初めて会った時のこと。
同じ部活の仲間として切磋琢磨の日々。
ごくありふれた高校生活を過ごした時間。
私を見送ってくれた、卒業式のあの日。
ありがとうございました、と言葉をくれた君。
夢に向かって頑張れ、とエールを贈った私。
テレビに映る君を見るたびに想う。
あの頃から変わらない笑顔が眩しい。
あの頃からもっとずっと素敵な人になってる。
あの頃からの夢を叶えるだなんて凄いね。
おめでとう、これからも、やりたいことのために頑張れ。
『君と最後に会った日』
#18
喜怒哀楽がはっきりとしている君。
見ていて飽きない、コロコロと変わる表情に見惚れるようになったのはいつの頃からだろうか。
見ているだけじゃ物足りず、自分の手で、言葉で変わる表情を見つめたいと思ったのはもう随分前のことだ。
長い月日を共に過ごして、いろんな表情を見てきた。
どんな君にも目を奪われてきたけど、今日の君は特別。
六月の花嫁。華奢な君によく映える純白の衣装。
まるで花が綻んだかのような純真無垢な笑みを浮かべているのは、世界で一番綺麗で、可憐で、繊細な君。
その笑顔を見るだけで、僕の心にも色とりどりの花が綻んだような心地になる。
君からもらったこれまでの花束を胸に抱えていくから、これからも君の笑顔を僕に守らせてね。
『繊細な花』
#17
子供のころは、自由だった。
責任がないから自由でいられて、
責任が取れないからこそ窮屈だった。
でも、大人になった今も、ちゃんと自由だ。
責任が取れるから自由で、
責任があるからこそ、窮屈。
『子供のころは』
#16
無愛想な君の、まるで花が綻ぶかのような笑顔をみた。
そこからはまさに急転落下。
坂道を転げ落ちる勢いで恋に落ちた。
もう一度その笑顔を見たくて、自分に向けて欲しくて。
沢山話して、一緒に居る時間も増えちゃったりして。
そうしたらいつの間にか、無愛想な君の、呆れるような絆されたかのような、はたまた無邪気な笑顔は沢山貰えるようになったけど、いつかみたあの綻ぶような笑顔を貰うことができないまま。
でもね、わかっていたんだよ。
あの笑顔の先にいる人はただ一人だけって。
恋する君の、花が綻ぶような笑顔をみて恋に落ちた。
落ちて、
おちて、
果たして、その先は。
『落下』
#15