一年後、五年後、十年後、五十年後。
将来自分が何をしているか、世界はどうなっているかだなんて想像もつかないけれど。
大切な物や、大切な人や、大切な思い出。
今と変わらず、当たり前の日々を、当たり前のように大切にできている未来であってほしいと、そう思う。
『未来』
#14
一年前は何してた?
何を考えて、何に悩んでいた?
半年前は?二年前は?
思い出せることもあれば、思い出せないこともある。
楽しいも苦しいも、その瞬間以上に勝ることはない。
そんなことを思う時、
人生ってこういう日々の積み重ねなんだなぁって。
『1年前』
#13
自分にはない知識を得られる本
自分が感じたことのない感情を教えてくれる本
自分の見たことのない世界に連れて行ってくれる本
到底自分では得ることのできない経験を、誰かの人生を、物事の考え方捉え方を、本を読むことであたかも擬似体験することができる。
喜怒哀楽、高揚感、悲壮感、知識欲。
いろんな感情に振り回されることもあるけれども、本との出会いは著者との出会いであり、一期一会である。
そんな本と巡り逢えることが、私の幸せである。
『好きな本』
#12
シトシトと、屋根の上で雫が弾ける音が辺りに響く。
雨粒が葉に、地面に、窓に当たって弾ける音。
雨で濡れて香り経つ独特の香り。
虫や鳥のざわめきが鳴りをひそめた静寂。
突然の雨に足止めをされ、手持ち無沙汰に雨宿りをするしかない私は、案外雨の日が嫌いではない。
この辺りは人通りも少ないから、目を瞑り雨の世界を堪能しよう、そう思った時。
チリン
不自然で、それでいて耳に馴染むいやに綺麗な音色の鈴の音が脳裏に響く。
ハッとして辺りを見渡すと、先程まで広がっていた景色と違うことに気がつく。
降りしきる雨はそのままに、どんよりとした雨雲が消え去っている。
眼前には晴々とした空が広がり、夕陽が差し込む。雨に濡れた世界がオレンジ色にキラリと輝いていて、思わず見惚れるほどに目を奪われ、そして、
「狐の、嫁入り」
ーーーーチリン
思わず零れ落ちた言葉は、どこからか響いた鈴の音と共に雨に溶けていく。
非日常的な雰囲気を感じながらも、不思議と恐怖はない。
ねぇ、お天道様に見守られたお嫁さん。
幸せになってね、なんて。
『あいまいな空』
#11
別れる男には花言葉を一つ教えなさい。
季節が巡るごとに、その花を見るごとに、あなたを思い出すから。
そんな、ある種呪いをかけるような教えを耳にしたのは、何年前だったか。
少なくとも、まだ私の隣にあの人がいた頃だった。
私と彼は、二人揃って花にも花言葉にも詳しくなかった。
でも、綺麗なものは特別好きだった。
だから、あの日も二人で相談して紫陽花が綺麗な所に日帰り旅行として出掛けていた。
梅雨の時期だったのに、珍しく青空が広がっていた日だった。ああ、思い出した。せっかくだからと、お気に入りの浴衣を着て行ったっけ。紫陽花と、蛇目傘が描かれた素敵な浴衣だった。彼も、とても喜んでくれていた。
辿り着いた場所にはよく見る品種だけではなくて、見たこともないようなカラフルな品種や、とても紫陽花とは思えない形をした品種のものもあった。
目に映るもの全てが色鮮やかで、可憐に咲き誇っていた。色とりどりですごく綺麗だね、そう彼に言葉をかけたら、
「紫陽花の色は、土のphに左右されるんだよ。」
だから、上手にやればグラデーションにもできるかもね。そういって、実に科学に基づいた知識を教えてくれた。ロマンの欠片もないな、なんて笑っていたけれども、自身の得意な分野で楽しんでいる姿がとても輝いていたのを今でも覚えている。
そして、その日の帰り道。
それが、彼と向き合う最後の時間だった。
「大事な、話があるんだ。」
彼が言うには、やりたいことのために海外留学に行けることになったということ。卒業までに数年はかかるということ。帰ってくるかどうかは決めていないということ。自分のことを待っていてとは言えないということ。
嫌だと言いたかった。待ってるとも、追いかけに行くとも言いたかった。それでも、全てを決めた彼の瞳を見れば言うことができなかった。私には、笑顔で送り出すことしか出来なかった。
「……体に気をつけて。やりたいこと、大変なことが山積みだと思うけど。目一杯、楽しんできてね。」
そう伝えた時の泣きそうな笑顔が、とても印象的だった。
あれから紫陽花の名所には行っていない。
紫陽花と蛇目傘の浴衣も、もう着ていない。
それでも毎年巡ってくる梅雨の時期に、町中で咲き誇る紫陽花たち。歩くたびに目については記憶の中の彼が甦る。
別れる男には花言葉を一つ教えなさい。
季節が巡るごとに、その花を見るごとに、あなたを思い出すから。
私たちは二人揃って花にも花言葉にも詳しくなかった。
代わりに、知識は豊富だった。
あの日語った彼の知識は、どれだけ年数を重ねていたとしても、私への消えない呪いとなっている。
『あじさい』
#10