【開けないLINE】
ピコンッ
食事中、旦那のスマホが着信音と共に揺れた。
伏せてあるそのスマホ。
食事中だというのに旦那はスマホを手に取り、そしてまた伏せた。
一体誰からの連絡を待っているのか。
私にはわからない。
『会社の人から?』
『まぁ、、そんなとこ。』
貴方は気づいてないでしょうけど、何か嘘を吐く時貴方はかけているその四角い眼鏡を無意識に上げる癖があるんですよ。
サプライズパーティーの時も、プロポーズの時も、私にはバレバレでしたよ。
そして今回も。
貴方、不倫してるよね?
残業ばっかりで私との時間も作ってくれない。
相手はだぁれ?
私のどこに不満があるのかしら。
ああ許せない。
貴方のこと、愛してたのに。
『最近忙しいよね、、』
『ごめんね。新しいプロジェクトのリーダーを任されたんだ。』
そんな嘘がよく通るわね。
でも証拠がないわ。
貴方の不倫の証拠を掴んだら、、一方的に別れを告げてやるんだから。
______________________
ピコンッ
旦那のいびきが一瞬止まる。
またスマホからLINE。
私は意を決して旦那のスマホを手に取った。
Face IDを頑張って開け、通知バーに表示されているLINEの相手を確認する。
心臓が強く鳴る。
大丈夫。旦那はのび太並みに寝つきが早くて起きるのも遅い。
LINEには、"この前は楽しかった!また行こうね。愛してる❤️"と書かれていた。
息が止まる感覚がした。
『は、、』
"ミカちゃん、今日もありがとう。ミカちゃんのテク、うちの嫁よりすごい。"
"え〜ホント?嬉しい。ゆいとさん、早く私のとこに来て。寂しいよ❤️"
私は2人の気持ちの悪いやりとりを冷静にカメラロールに収め、何事もなかったようにスマホを戻した。
やっぱり。
貴方は私のことはもう嫌いなのね。
でも相手を間違った。
必ず、貴方を後悔させてやるからね。
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『ねぇ、ゆいと。起きて。』
『んぁ、、?何だよ寝てたのに、、』
今の状況もわからないなんて、なんて馬鹿で愛おしい。
暗く閉ざされた部屋。
遮光カーテンを窓が埋め尽くし、床や壁にはブルーシートがかけられている。
『今、どういう状況かわかる?』
愛しい貴方の頬に手を滑らせ、後ろから優しく抱きしめる。
『っは、、?何で俺、縛られっ』
貴方が動くたび、ギチギチと動く椅子と縄。
ああ、縄が腕に食い込んで痛そうね。
『この写真の人、だぁれ?』
暴れ回る彼の前に、何枚も撮った写真を見せる。
彼と彼女が一緒に高級ホテルに入っていく写真、彼と彼女が仲良く手を繋いでる写真、彼と彼女がレストランでキスをしている写真。
『な、んで、、これを、、』
『フフ、、すごいでしょ?私のコレクション。歴代の彼氏の浮気現場をまとめたファイルもあるの。あ、彼女の方ももちろんあるよ。見たい?』
彼の顔は顔面蒼白。
私は乾いた笑いが止まらなかった。
だって、今度の彼は違うかもって思えたの。
今までずっと同じだった。
何度も不倫されて、その度に一方的に別れを告げ
て。
『あーあ、私の理想じゃないじゃない。』
私は手持ちノコギリを持ち、全裸の彼の下半身を見つめる。
『や、やめろ、、やめてくれ、、謝るから、』
『あーあー、もう遅いよ。うるさい。』
そのまま私は彼の男性器を扱いた。
こんな危機的状況なのに、彼の男性器は面白いくらいに起立した。
『体は正直ね。』
そしてそのままそれをノコギリの刃にかけた。
『やめっやめっ、、』
ゴシュゴシュゴシュ
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
また、私は彼に一方的な別れを告げた。
___________
『んー、、所有者しか開けないLINEを開発したら、不倫減るかな?フフッ、、そんな夢見事、叶わないか。』
ぽちゃん
私は橋の上から彼のスマホを捨てて、ピンヒールの音を響かせながら新しい彼を探し始めた。
『次は、一方的にならないような、彼がいいな。』
開けないLINE、欲しいなぁ。
【私の日記帳】
2024/08/26。
台風接近で不安だったけれど、晴れて良かった。
実は今日、まぁまぁ仲良しの男の子から遊びに誘われて遠路はるばるやって来たのです。
花火大会の誘いもあったのですが、家と大会の場所が遠すぎてお断りさせていただきました。
それでも尚、"美味しそうなスイーツ店があるんだけど、一緒に行かない?"とLINEで誘われ、私はこの人はどこまでも誘ってくるんだな。と思い承諾。
私はその人のことを少なくとも意識していたのか、服も髪もかなり時間をかけてセッティングしました。
それは相手も同じだったみたいで、オシャレな格好で来てくれました。
相手は初手から緊張していたのか、少し遅刻してしまい、私はそれを苦笑いで受け止めました。
最初に映画を見るとのことだったので、好きなアニメの映画を堪能し、ちょうどお昼。
みなさん、今日は何度だったか言えますか?
30度を余裕に超える36度です。
私、汗っかきなので暑いのが苦手なんです。
だから、映画を見て次にスイーツ店の気分なんてなれませんでした。
『この後どうする?行きたい場所ある?』
特にない。
特にない。
特にない。
何を質問されてもそれを答えました。
相手を幻滅させて帰ろうと言わせようとしました。
でも、相手は中々それを言おうとはしませんでした。
きっと帰りたくなかったのでしょう。
相手の中では、夕方5時ごろまで遊ぶような未来が見えていたのでしょうね。
でも私の脳は限界に達していました。
ショッピングセンターに行っても、『行きたいとこある?食べたい物ある?』
ないです。ないです。ないですないです。
きっと、あまり計画していなかったのでしょう。
私もそれに加われば良かったと後悔しました。
退屈で退屈で仕方がなかったです。
意味のない方向に意味のない会話をしながら歩くことに痺れを切らし、私はとうとう言いました。
『帰りたいです。私は、映画見れただけで十分だよ。』
相手の顔?見れません。
だってこれは1番言っちゃいけないって自分でもわかっていたのですから。
相手は苦笑して『帰ろっか。』と言ってくれました。
時刻は1時前。
私たちは特に会話のないまま駅への道のりを歩いてました。
『(私)はさ、今日、楽しかった?』
彼の不安な声。
私は更にそれを言ってしまったことを後悔しました。
嗚呼、彼は悲しんでいる。
映画見れて楽しかった。一緒に見れて楽しかった。
『うん。楽しかったよ。』
精一杯答えました。
『そっか。(私)が楽しかったなら、よかった。』
どこかの映画のワンシーンのようでした。
私は最低です。
相手の気持ちがわかってるのに、相手も暑いと分かってるのに、帰りたい、なんて最低な言葉を紡いでしまったのだから。
本音を言えた自分を褒めて、スッキリしていたのです。
でも相手は嫌な顔ひとつせずに私のことを心配してくれていました。
この人はきっと、将来いい人に恵まれるんだろうな。
そう思ってなりませんでした。
駅に着き、電車が来る時間を確認して2人で少し待ちました。
NAVITIMEってありますよね。
私、あれを愛用しているんです。
帰り→行きなのに、逆に設定しててそれに気づいたの電車が出発した後だったんです。
私は田舎在住ですので、次電車が来るのは約1時間後。
『間違ったー!』
『え、間違った?』
2人で笑っちゃいました。
そこから駅前にあるカフェに入り、タルトとフルーツジュース?みたいなのを食べました。
結局、私を誘ったスイーツ店に行こうという口実はただの口実として役を終えちゃったようです。
学校で一緒に話している時と同じ、普通の楽しい距離感でいられました。
そこから電車を待って、特に何もないまま帰りました。
姉からは最低だね。と言われました。
当然のことですよね。
私の夏休みはネガティヴで幕を閉じそうです。
【麦わら帽子】
小学5年の冬頃、、だったと思う。ちょっと寒かったから。
珍しく早く起きた朝。
朝ごはんそっちのけでテレビを見ているお父さんに近寄り、何を見ているのかと画面に目を向ける。
『、、、何これ?』
初めて見た時、正直面白くなさそうだなって思った。
でもアニメが好きだったから、これを機に見てみるのも悪くないなぁって思った。
幸いアマプラにあったそれは、一気に私を虜にさせた。
最初は途中から見始めると言うオタクの風上にも置けない行為をしていた。
でも、第一シーズンから見始めた時には鳥肌が立ちっぱなしだった。
感動シーンも面白シーンも満載で、いつしかそれは私の心の支えになっていた。
もうすぐで完結だけど、私はずっと推し続ける。
出会わせてくれてありがとう。
これからも感動と笑顔を届けてください。
今でもONE PIECEは、私の心のプロテインだ。
【お祭り】
『ゲホッゴホッ、、あー最悪。』
高校1年の夏。
好きな子を誘って夏祭りを予定する夢を見て目が覚めた。
時刻は夜の11時。
一家揃って祖母の家に帰省中だったのに、肝心の夏祭りの日に限って熱を出した。
僕は自分の不運をひたすら呪って浴衣姿で出かける妹達を見送った。
それからずっと寝ていて、、起きたら11時。
『ハァ、、夏の醍醐味と言っても過言ではないのに、、』
ガラス窓を開けて縁側に出る。
夜特有の少しばかり涼しい風が寝汗をかいていた僕のパジャマを冷たくした。
夏を感じる風鈴が僕の心を癒すかのように涼しい音を奏でた。
ドン、、
風に乗って微かに祭囃子の音が聞こえた。
『え、、?』
そんなはずはない。
だってもうお祭りは終わってる、、はず。
目を凝らしてみると、神社の方向に小さく赤い灯が見えた。
もしかして、まだお祭りやってるのかも!!
熱も少し下がってきたし、ちょっとだけ、、
そう思い草履をつっかけてそっと玄関から出た。
__
神社の境内に並ぶたくさんの屋台。
りんご飴、冷やしパイン、射的、、
みんなお面をつけててなんだか楽しい。
目を輝かせながら屋台を目を向けていると、一段と目を惹かれるものがあった。
黄金色に輝くベッコウ飴。
『うわぁ、、すごい、、』
屋台のカラスのお面をつけてるおじさんは特別大きなベッコウ飴をくれた。
『ありがとうございます。』
一口舐めれば、それは天にも昇る美味しさで、僕の手のひらくらいあった飴はあっという間になくなった。
そうだ。みんなお面つけてるからお面買わなきゃな。
こういうのはみんなの雰囲気に乗った方が楽しい時が多い。
お面の屋台で買った狐の面をつけ、次はりんご飴を食べようかと物色する。
艶々と赤色に輝くりんご飴。
ジュージューと鉄板の上で踊る焼きそば。
丸いフォルムが可愛いたこ焼き。
『わぁ、、マジで美味そう、、』
『ウン。オイシソウ。』
後ろから聞こえた黒く重なった声。
『え。』
グシャ
___________
朝。
ニュース放送が流れる和室。
『ねぇ、お母さん。お兄ちゃんどこ?』
『みくり、、お兄ちゃんはね、』
絞り出すように声を出す母親。
『神の祭りに行ったんじゃ。聖生は。』
人間が行う神を祀る祭り。
その後には神々達の行う神様のための祭りもある。
彼はそれに入った小さき紛い物。
どうか気をつけて。
夜中の祭りは小さな貴方を誘き寄せる罠かもしれません。
くれぐれも夏休みはお気をつけください。
【ここではないどこか】
『お会計14000円です。』
『ちょうどで。』
トレーに乗せられた10,000円札と1,000円札4枚。
ちょうど確認してから後部座席のドアを開ける。
俺はしがないタクシー運転手。
今日も雨の中、本日30人目の乗客を降ろす。
渋谷のセンター街。
俺の活動範囲は都心部から郊外までどこへでも。
最近は波に乗っていて、指名されることも多々ある。
運転が丁寧で心地いいとか、近道を知ってくれていて大事な用事に間に合ったとか。
そんな言葉をいただいたら、この仕事のやりがいを感じる。
そう思っていると、空車にしているランプに気付き本日31人目の乗客が手を上げていた。
この雨の中傘もささずに突っ立っている。
俺は停車と同時に常備しているタオルを取り出した。
『お嬢ちゃん、大丈夫かい?』
乗客はの声掛けも、立派な運転手の仕事。
タオルを渡すと、しっとりと濡れた手で受け取ってくれた。
濡れそぼった髪の間から見える黒く禍々しい瞳。
背筋が凍るのを感じながらも、プロフェッショナルの笑顔は崩さない。
『どちらまで?』
『、、、福井県東尋坊まで。』
何も答えることができない。
否、答えられない。
観光かと思い込んでも、こんな雨の中観光しようとする人は中々いない。
考えられる可能性はひとつのみ。
彼女は自殺の名所に行こうとしている。
止めなければ。直感的にそう思った。
こんな10歳前後の女の子が命を絶つにはまだ早いんじゃないか。
『、、残念だけど、そこには案内できない。東尋坊は観光の名所だけれど、同時に自殺の名所でもある。お嬢ちゃんはどう見ても後者だ。悩みなならゆっくり聞くから。な?』
そう言い聞かせる様に話しかける。
よく見たら女の子は裸足で、歩いて来たのか小さな足が傷だらけで汚れていた。
顔にも腕にも青あざが目立つ。
様々な憶測が頭の中で飛び交うが、女の子に話を聞かないことには何も始まらない。
『どうして?』
不意に女の子がポツリと呟いた。
『此処はとても暗い。先が見えないの。もう涙も泣きたい気持ちも全部なくなっちゃった。たった2文字の言葉が頭の中でグルグルしてるの。とにかく、此処じゃない何処かに行きたい。何も、何も考えなくていいところへ。』
初めて彼女と目が合った。
たった2文字でも表現できる言葉。
"絶望"
この世の全てを諦めた様な、そんな目だった。
マリアナ海溝よりも深く、そしてドス黒い。
俺は無意識に目を逸らしてしまった。
彼女の瞳に取り込まれそうだったから。
『だ、だとしても、、』
だとしても、何だ?
俺が彼女にかけてあげられる言葉が見つからない。
自殺もしたことない人が、絶望すらしたことない人が、そんなこと言えない。
『俺からは何も言えない。でも、、このタクシーに乗ったからには、俺が後悔しない方へ運転するから。』
女の子の声も聞かず、逆に俺が泣きそうになりながらアクセルを踏んだ。
しばらく走り続け、着いたのは海辺の崖。
乗り越えられない様柵も施されていて、此処から飛び降りるという選択肢は考えられない。
『雲の上はいつも晴れ。』
雨の中制服が濡れるのを気にせず、女の子と共に空を見上げる。
『分厚くかかる雨雲の上は、必ず晴れてる。当たり前のことだけど、俺はこの言葉に救われるんだ。』
例え今辛くとも、次は必ず楽しいよ。
そう言う俺の顔は、泣いていた。
『フフッ、、顔と言葉が合ってないよ。』
女の子が泣きながら笑った。
俺もつられて泣きながら力なく笑った。
救えた、、のかな。
こんな俺でも、しがないタクシー運転手でも、小さな命を救うことができたのかな?
『行き先の変更は?』
女の子は晴々とした顔で言った。
『此処ではない、何処かへ。』