『君を手放した罰』
夏祭りは嫌いだ。
風で回る露天の風車、屋台のライトに照らされてテカテカと光るりんご飴、当時のヒーローアニメの絵が描かれた綿あめの袋。楽しそうな人々と相反する物哀しさが神社に向かう石畳を歩くたびに蘇る。いやでも毎年思い起こしてしまう。
あれから、僕のそばに君はいない。
あの年の夏祭りまでは僕らは幸せだった。幸せすぎて怖かったほど順調だった。僕らはあの年の秋から同棲することが決まっていて、同棲を通り越して将来のことを語り合った。僕は君への片想いが高じた独占欲丸出しで、きっと君も困惑したと思うけどそれでもそんな僕が好きだと言ってくれた。矢絣の浴衣を着た君は大人っぽくて、特別可愛くて。こんな素敵な彼女がいるんだと胸を張る気持ちもあって、僕は有頂天になっていたんだ。
何故あのとき無理やり君を奪い返さなかったんだろう。偶然会った元彼を前に固まった君の瞳を何故遮らなかったのだろうか。
僕が君を五年間かけて見ていたように、君もあの男を何年も想っていたのは分かっていた。
片思いの苦しさを知っていたが故に理解のある男を演じた滑稽な僕は今になってもあの時の選択の罰を受けている。
あれから十年以上経つ。それでも僕は君のことばかり。いや、そうじゃない。君の面影を追い求めているそんな自分に酔っているかもしれない。
君の笑顔はもう思い出せない。思い出せるのは、あの男に指を絡ませて歩く君の後ろ姿。
風が吹いて風車が一斉に回るあの風景を僕はまだ忘れることができない。
#遠い日の記憶
『君の日常』
普段の君はなにしてるかって?
僕は知ってるよ。
君の一日はけたたましく鳴る携帯のアラームを止めるところから始まる。君はスヌーズを使わずにわざわざ6時50分から5分おきに目覚ましをセットしているね。几帳面なのか、それともスマホを使いこなしていないのか。
起きたら顔を洗って、服を着替える。おろしたてのTシャツを一度叩いて着る癖。たまに寝ぼけて前後ろを逆に着て慌てて着直すところはかわいいね。いつも決まってジーパンとTシャツの組み合わせはスタイルのいい君にとっても似合ってる。
階段を降りてキッチンで君のお母さんを手伝ってから朝食を取る。君はお手伝いもできるしっかり者だね。
朝食を食べ終わったら、少し新聞を読んだりテレビを見たりして、出発時刻の5分前には忘れ物チェックをするね。そして玄関を出るといつもあの幼馴染みと登校するよね。あいつはちょっと顔がいいだけの軽薄な男なのに何故かいつも一緒にいて気に食わないな。
もう、このくらいでいい?
君の日常を語るつもりが僕の日常を語ってしまったね。
君のこと、いつもよぉく見てるから。いつまでも、ね。
#日常
好きな本かぁ。
色々あっただろうに、今聞かれるとうーんと唸ってしまう。記憶がだいぶ風化されてるな。
いろんなジャンルを読むし、ハッピーエンドが基本的に好きだけど考えさせられて余韻を楽しめる本も好きだ。
「風が強く吹いている」三浦しをん
箱根駅伝に初出場する大学生たちの物語。青春ものでとても熱くて好きだ。
「蒼穹の昴」浅田次郎
新王朝末期、主人公春児が浮浪児から西太后の側近の宦官へ上り詰める話。壮大な物語で続編があるけどまだ読めてない。
「王妃マリーアントワネット」遠藤周作
フランス革命でマリーアントワネットが処刑されるまでに市民感情がどう動いたのか分かりやすく描かれている。中学生の時に読んだけどまだ衝撃が残っている。
「火車」宮部みゆき
多重債務、現代の闇…人間はこうまで他人になりすませられる。問題作で昔の作品だが現代でも通用する。人間は本当に怖い。
「空中ブランコ」奥田英朗
主人公の医師が本当にとんでもなくて笑える作品。難しい本を読んで疲れた時によく読んでいた。
「果てしない物語」ミヒャル・エンデ
小さな時これを読んでワクワクした。竜に乗っていつか冒険できるのかもと思わせるリアリティがあって夢中で頁をめくった。
とまあ、書き綴ったけど、ハッピーエンド思ったより少ないな笑
大人になった今はハッピーエンドが好きだけど、昔は考えさせられる本をよく読んでいたかもしれない。あー、入れなかったけど星新一はバイブルです。
『独り言』
梅雨は嫌い。しとしと降る雨、湿度が高くジメジメするし、雨空にかかる雲は濃くて陽の光を遮る。
頭痛も起こってくると流石に低気圧を呪う。
でもね、紫陽花の花を見ると綺麗だなって思うんだ。
雨露に濡れたピンクや紫の小さな花弁が揺れる。それが可愛らしくて。
紫陽花って花言葉は『移り気』なんだって。
めちゃくちゃ好き。私っぽくて好き。
恋愛に関してはあんまりそれは感じないけどでも熱しやすく冷めやすいのは同じ。
正直この性質はよく思われないのよね。興味がどんどん移っていくし、去るもの追わずで執着しない。
だからいつまで経っても独り身なんだけど。
でも趣味や交友関係では悪くないのかもね。良くもないけど。
新しいことに興味が移るってことは、常にアンテナ張ってなきゃできない。
ねえ、あじさい君。君も同じなのかい?
君も一人なのかい?
同じだね。仲良くやろうよ。
これまでも、これからも私は移り気。
ピンクの紫陽花。
#あじさい
『英雄のその後』
「好き嫌いをするのは良くないよ」
君はポテトサラダの付け合わせのミニトマトを摘み僕の口元に無理やり押し付けてくる。
「なんで普通のトマトは平気なのにミニトマトはだめなの?」
「なんでだろう、なんかトマトの味が濃い気がして」
なんとなくはぐらかして答えたけど答えなんてない。
「こうして野菜嫌いの君のために一生懸命作ってるっていうのに」
「おかげでだいぶ克服できたよね」
本当は全部苦い思いをして飲み込んでるのはナイショだ。
「でもさ、こうやって君の嫌いなミニトマトを無理やりあーんってできる日常ってのも悪くないよね」
そう、僕らが戦って勝ち取った平和の上でこの日常が展開している。だから僕は、好き嫌いを言ってパートナーに甘えられる生活が愛おしいんだ。
窓の外を見ると瓦礫が積み上がりそこらじゅうで煙が燻っているのが見える。激しい戦闘を洗い流すほどの大量の降雨。それでも消えない燻り。
いつしか雨は止んで瓦礫と瓦礫の間に虹が掛かった。
月日が流れ、避難していた人々たちが再起して復興が進んだ。
僕はそれを見るのが好きだ。人間には可能性があるって示してくれるから。
側には共に戦ったパートナー。そりゃ少しは好き嫌いのわがまま、許してくれるよね。
結局僕は残せなかったミニトマトを頬張り青臭い余韻を楽しんだ。
#好き嫌い