蒼ノ歌

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2/5/2024, 9:31:02 AM

『Kiss』

しっかり記憶に残っている口付けは親戚の結婚式。
笑窪が可愛い新婦さんとクールに見える新郎さん。
新婦さんが美しく屈む。
新郎さんが、木漏れ日の様な優しい色合いのヴェールを少しぎこちなく後ろへと下ろしてあげる。
新婦さんの笑窪がまた見えた。
その笑窪につられてか、新郎さんも自然と笑っている様だった。
2人は恥ずかしそうに正面に向き直る。
少し俯いた後、2人は...。
「あぁ、これが...」
これが、『触れるだけのキス』なのだと初めて解った。
今までマンガや小説でしか「みた」ことがないそれは、どんな字面よりも可憐であった。

1/28/2024, 5:57:10 AM

とある冬の昼下がり。
ストーブは要らない。
八畳ほどの私の部屋は何も動かずに、それでいて壁の軋む音が聞こえた。
結露した窓から、似た様な家々とそれから時々車と飛行機の音。
千草色に、もすこしホワイトを足して混ぜたような空は、チャイムを一際映えさせた。
界隈曲が私を違う道へと案内する。
少し、そうほんの少しだけ、周りが淡く見える。
日に焼けた攻略本、箱から出したままのジグソーパズル、削りカスが少し残った鉛筆削り、3年前に買ったアシカのぬいぐるみ、毛玉の残る紺のセーター。
これではまるで時が止まっている。
止めたのは、私なのかも、しれないが。
ズボンに糸屑が付いていた。

横に置いていたスマホを立ち上げ、レンズを構える。
今この瞬間を何故だか忘れたくなくて、シャッターを切った。
耳鳴りがした。
「、、、 。」

12/21/2023, 9:38:40 AM

『ベルの音』

何処か遠くで鐘が鳴っているようだった。
私の住む街でもなく、隣街で鳴っているわけでもない。
ただ、それが「合図」なのだ。

街の皆はその鐘の音を合図に、一斉に動き出す。私もその1人だ。
ここから1週間はかなり忙しくなる。ポストを確認し、服を新調して、埃を被った赤のボディを車庫から出し、可愛い我が子のツノを磨いてやる。手間暇かけて1週間を有意義に過ごす。どうやら最近では色々とレンタルできるらしいが、それは性に合わなかった。

今年、私に届いた手紙は24通。
一昔前までは100件だなんてざらにあったというのに。毎年少なくなる紙束に不安が募った。
近年、欲しいものを手に入れる事が容易になり、私達が居なくとも困らなくなってきているらしい。
それでも、こうして送られてきた手紙を前に喜ばずにはいられなかった。
『あたらしいクツを下さい』
『クッキーとミルクをよういしてまってます』
『くつしたのなかに入れておいて下さい』
『ゲームきをよろしくおねがいします』
『いいこでまってます』
内容は様々であった。自然と笑顔になっていくのが自分でもわかった。
確認が終わると、買い出しをしに私は家を出た。
また遠くで鐘が鳴った。

11/15/2023, 10:39:12 AM

『子猫』

多分キミは子猫で

言葉は分からないけれど

何故だか懐かしくて

キミはヒトじゃないのに

ヒトより温かい気がして

アンバーの瞳はまるであの日の黄昏時

また一緒に海岸線を歩こう

11/9/2023, 12:50:23 PM

『脳裏』

頭の奥の方に何かがあった。
表面からの認識では、目立ったものはない。
表ではなく頭の中の方、そう脳の裏ともいえるであろうところに若干の白い違和があった。
新しいものではない。少なくとも2・3年は経っているだろう。
脳の裏面に平たくこびりついているようだった。頭を回すと中から金属音が響いているのがわかった。
湿気はなく、乾燥している。決して柔くはないが、石のように硬いわけでもない。澱粉のりが裏面に乗せられ乾いたような、そんな感覚だった。
しかしこれだけの時間が経っているというのに何故今更になって意識の縁に触れたのだろう。
思考すればする程、比例するように白濁した違和は私の脳に根を張った。そのうち痒くなってきた。掻きむしる程のものではなく、喉の奥に皺のよる痒みに近かった。
頭の中に違和感を覚えて一月が経つ頃には、遂にその存在に安心感を感じるようになっていた。肥大化する違和感に蝕まれていくことに心地よさを覚えた。



















違和感が取れた。
次に「私は泣いている」と認識した。
瞳から白く滲んだ線が堰を切って溢れ、粉を吹いた私の掌を潤す。
涙の海に腰まで浸かった私は、寂しさを感じた。わんわんと声をあげて泣く度に大切な何かが昇華される感じを覚える。寂寞の裏に懐旧が覗いていた。
頬を最後の感情が伝った時、ちりちりと目の奥が痛んだと思うと、手の内に母から継いだ銀白色の首飾りが握りしめられていた。

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