「脳裏に浮かんだのは…」
俺は生まれた時からこの総合病院にいる。
両親はどちらとも忙しい身の上だったが、俺の容体が急変したら直ぐに駆けつけてくれた。
だが、妹が産まれるとほぼ毎日来てくれたのが、ぱったりと止んだ。
幸いなのが、両親がまだ、治療費などを支払ってくれているといことだ。
それから幾つ年を重ねただろうか。
もう数えていない。
胸に鈍痛が雷のように走った。
ナースコール押そうとしたが、何となく押すのやめた。
呼吸も浅くなり、本当に死んでしまうのだろうと思った。
最期に脳裏に浮かんだのは、この病院で産まれた赤子の妹のくしゃりと笑った笑顔だけだった…
「お金より大事なものは?」
皆、誰かしらに聞かれただろう。
それは愛や絆、信頼が一般的な応えだろう。
僕もそう応えた。
人は愛情表現をする為には生きていないといけない。
漫画では死後、霊になってまとわりつく。みたいなことがあるがこれは例外だ。
そして生きていく為には、お金が必要だ。
つまり、お金よりも大事なものはあるが、それに準ずるのが、お金ということなのだ。
三月九日 八時二十分
loto.
たまには思い出すのも一興かと思い、箪笥の奥底に眠ってあったアルバムを取り出した。
最初の出逢いは最悪だった。
お前は俺を自分に喧嘩を売った奴だと勘違いしていたが、こちとら普通の男子高校生だ。
不良に絡まられるなど初めてで、どもってしまった。
勘違いが解けた後、お前は喧嘩を売った奴を探しにいったから直ぐに居なくなったな。
後にお前が隣の席の奴ってことは気付いたときは声には出さなかったものの、凄く驚いたんだ。
俺はもうその頃からお前に惹かれていたのだと今は思う。
一世一代の告白をした高校二年の冬。
鼻が赤く染まり、息を吐くと息は白く、雪と見間違う程だ。
結果から言うと成功した。
だが、プロポーズをする気があるのなら、これ以上のことをして見せろ!と嬉しい注文を付けてくれた。
三年は勉強の合間に清らかなお付き合いをした。
だが、触れるだけの接吻(キス)をしてしまったのはご愛嬌だ。
プロポーズは二人だけの秘密だから胸中にしまうが、我ながら良い出来だったと思う。
あれから十数年。
お前は忘れ形見を二人も遺して旅立った。
男親、片親なりの苦労があった。
息子たちとは何度もぶつかった。
その度に家族の絆が深まった気がした。
息子たちはそれぞれに世帯を持ち、幸せな生活を謳歌しているようだった。
お前のことはなるべく考えないようにしていた。
供養はちゃんとしたが、お前を喪った哀しみに酔って、残った宝も落とすようなことはしない。
まぁ、金が何かと入り用だったということもあるが、お前を思い出さないために、汗水垂らして働いた。
嗚呼、逢いたい。
声が聞きたい。
「愛している」と伝え続けたい。
今更、何を願っても変わらないが、最愛の人が息災であれば、何だって良かったのだ。
嗚呼、あれは幻か?
『たまには亭主をいたわらないとね。』
遂にまで可笑しくなったようだ。
だが、『そうだな。たまには、いいな。』
三月五日 二十一時 五十分
『たまには』
loto.
ひなまつりとは三月三日に女の子の幸せと健やかな成長を祈る行事の一つである。
学校でもお雛様を作った。
学校から帰るとお母さんとお父さん、おばあちゃんがひなまつりの準備をしていた。
私はお雛様を見て、酷く驚いた。
だって、お雛様にヒビが入っているのだから。
私は疑問に思ってお母さんに思わず訊ねた。
「お母さん。何でこのお雛様にはヒビがあるの?」
「じゃあ、瑠鈴はひなまつりの起源...始まりは知ってるかしら?」
「ううん。知らない。」
「そっか。ひなまつりの始まりはね、昔の中国でやってた厄災…悪いものをあっち行けー!ってお祈りする行事があったの。
だから、私たちはそれを真似してひなまつりが始まったのよ。
日本では人形(ひとがた)は身代わりになってくれるって考えられていたから、女の子の悪いものをお雛様に移しちゃうの。」
でも、それだったら…
「お母さん。お雛様は痛くないの?」
「痛いと思うわ。だけどね、お雛様は私たちよりずっと大人だから瑠鈴や瑠鈴の友達の為に耐えてくれてるのよ。」
「じゃあ私、お母さん達みたいな人になる!
それでお雛様を治してあげるの!」
「…そっか。私たちも応援してるわ。でも、辛いなら逃げても良いからね。」
このときの母の言葉は今でも僕の胸に刻んでいる。
「…あら?瑠鈴ちゃん。誰かお友達でも来てたの?」
「…ううん。誰も、来てないよ。おばあちゃん。」
『ひなまつり』三月四日
loto.
《解説》
最後の「僕」は誤字では無いです。
七歳までは女の子として生活する。というものがあってですね。
自分が知っている例であれば、鬼滅の産屋敷家みたいな感じです。
七歳だった瑠鈴が生まれて直ぐに亡くなってしまった両親と逢えるのがお盆とひなまつりだけ。
お盆は死者の魂が現世に戻ってくるとされているから、勿論逢えるのですが、ひなまつりやこれからは端午の節句で我が子の成長を祈りたいという想いで降り来れればなと思って書きました。
※これは読みたい方だけ読んで下さい。
何で瑠鈴の両親が生まれて直ぐに亡くなったかというと、両親が祓魔師だったからです。
ちなみに家系とかでは無いです。
此処まで読んで下さって有難う御座います。
此処は何処だか俺には分からない。
だが、一つ言えるのが、此処では法が通用しない。
通用するのならば、抑誘拐なんてしないだろうけどな。
俺は元々一般家庭で暮らしていたが、幼い頃に両親と死別した為、孤児となった俺を引き取る親戚はなく、数年は親戚にタライ回しされていたが、中学を卒業したその日に親戚が集まり、「中学まで面倒を見たのだから、今後一切関わるな。」
その言葉を皮切りに多少の金銭を渡され、文字通り家を追い出された。
自由なのは良いが、これからどうするかな。と考えていたときに誘拐された。
親戚が所謂名家というものだったから、周りの話で此奴が誘拐された。や誘拐されかけた。などは聞いていたが、本当にされるんだな。と他人事の様に考えていた。
嗚呼、確か彼奴が言っていたな。
「君には本当に危機感がないから、何時何時でも気を抜かないでよ?ちゃんと助けを呼ぶんだ。
絶対に助けに行くから。」
目隠しが外されると大きな窓があって、小さな通気孔に、一つしかない扉。
窓に映るのは白衣を着た大人が話し合っている。
悲鳴が聞こえた。
辺りを見渡すと俺を含め、十人の男女がいた。
老人や幼子まで居るところをみると年齢は関係無いようだな。
謎の液体を首に注射器で打たれた。
数分経つと血管までもが鼓動し始めたかのような感覚に襲われた。
…息が、続か、な、い…
バタッ…
誰かが倒れる音が響いた。
その音を皮切りに次々と倒れる音が響く。
俺はというと段々と気持ち悪い感覚は薄れていって、最終的には治まった。
白衣の大人たちは何か興奮したように鼻息を荒らげ、真剣に語り合っている。
その時、俺の背には純白で柔らかい翼が、両親を喪ったショックから白くなった髪は暖かみを持つミルクティー色に変化し、薄墨色だった瞳は透き通った水色に変貌していた。
その日から俺はぐちゃぐちゃになった人を治したり、草花や木を成長させたりと超人的な力を毎日使っていた。
一日の終わりに飲まされる錠剤があるけど、あれは何なんだろう。
でも、口には出さない。
前に余計なことを言ってしまったら、小さい子供が僕の眼前で斬られたのだ。
咄嗟に治そうとしたが、直ぐに別の部屋に移されて、その部屋には一つだけモニターがあった。
モニターに映った部屋ではさっき、斬られた子供の死体がぐちゃぐちゃにして、そのまま放置されていた。
その後は分からない。
だが、その後は必要最低限の言葉しか喋っていない。
今日も人を治したけど、治す人は何であんなに傷付いているんだろう。
何時もだったら押し込んでいる筈の気持ちが溢れだしてくる。
「此処から…出たい、助けて…」
ふと、中学のときの彼奴の言葉を思い出した。
「助けてくれ…璟…」
「あの時の約束、覚えててくれてたんだね。
君を救いに来たよ。」
『たった一つの希望』
三月三日 十三時四十四分
loto.