ゆずの香りが湯船には広がっている。
今日は冬至で、ゆずを入れてお風呂に入る日だと昔から言われているけれど、私は今日、湯船にはつかれない。
寒いから湯船に浸かりたいのに浸かれない。
…………こんな日に生理が来るなんて…
生理の馬鹿野郎!!!
別に、気にしなければ入れるよ?湯船。
でも、私は何だか嫌なのだ。
だから、生理の主に出血が多くなる日は湯船には浸からない。
「でも……、湯船に浸からないとさむいんだよな〜」
悔しそうな私の嘆きに、この日たまたま泊まりに来ていた彼氏が聞いてくる。
「………生理来ちゃったの?」
「そうなんだよ〜、冬の時期の生理は嫌だ。
寒いし痛いし、………馬鹿野郎……」
「………男の俺は、何にもしてあげられないな。出来ることは部屋と脱衣所温めておくくらいしかないな〜」
そういうと、彼は私が座っていてソファーの隣に座ってきた。
「……今日は、俺も湯船に浸かるのやめようかな?もうお湯入れちゃったけど(笑)」
「………えっ……?」
「彼女が寒い思いするなら、彼氏としては、その気持ちを一緒に味わわなきゃ、ね?」
「男の俺には、それくらいしか出来ないしね……うん。うん。そうしよう
……ごめんね。お湯、少し無駄になっちゃうね………。俺、ガス代と水道代少しはら…………」
私は彼氏をギュッと抱きしめた。
「いらない。ガス代も水道代もいらない。
………そう言ってくれる気持ちが凄く嬉しい。…………、嬉しすぎて、泣けてくる………っ」
「えっ…、?な、泣いちゃう?ご、ごめん」
「謝らなくていいのっ。私、嬉しい。嬉しいから、風邪引かない様にちゃんと体お風呂で温めてね。」
「………じゃあ、俺は部屋と脱衣所をいっぱいに温めておくよ」
そういうと、彼は私に優しくキスをしてくれた。
生理なんて最悪だ。でも、彼の優しさにも改めて気付かされた。
痛くて、少し幸せな夜だった。
冬は一緒に歩きたい。
寒いけれど、空気は澄んで気持ちが良いし、
都会を少し離れれば、心地の良い明るさが街には広がっている。
そんな道を歩くのが、私は好き。
彼と並んで歩くのが、私は好き。
彼は「ただ歩くのが楽しいの?」と聞いてくる。私は、「そうだよ」と答えけれど、その答えに続く言葉がある。
『そうだよ。貴方と並んで歩くだけで、楽しいの』
恥ずかしくて言えないけれど、私はこの気持ちは伝えなければと思ってる。
文句を言わず、いいよ。と言って一緒に歩いてくれる彼。
寒くないように少しくっついて歩いてくれる優しい人。
「ねえ?私と歩くの、楽しい?」
「もちろん。楽しいよ」
そんな些細な会話が大切。
そんな事を思う私。
ねえ、時間の終わりが来るまで、私といつまでも、隣を歩いてくれる?
何でもないフリをすることが、癖のようになってしまったのは、いつからだっただろう。
私はいつも気づかぬうちに自分の容量を超えてしまう。いい加減上手く付き合える様にならなければと思うけれど、それがまだ掴めずにいる。
…………なのに…。
なのに、この男には…………
「朝倉〜少し休憩してこ〜い」
この男、成林 豪(なるばやし ごう)には見抜かれてしまうし、気付かれる。
「大丈夫だから」
「駄目、はい休憩いってらしゃ〜い」
「ぐっ………………」
私は渋々自分の席を立ち、休憩をしに広場へと向かう。
珈琲を購入し、深くて柔らかいソファに座ると、疲れていた自分が顔をのぞかせる。
「…………何であいつにはわかるのよっ」
何だか腹が立つ、私の方が、誰よりも私自身と暮らして生きてきたというのに…。
どうして彼のほうが私の体の疲れに気が付くのか。
本当に腑に落ちない。
◈◈◈◈
「成林〜」
「うん?何?」
成林に声をかけたのは、成林、そして私と同期の近藤 学(こんどう まなぶ)だ。
「何でわかるんだ?」
「何が?」
「いや、ほら、小倉さんが疲れてるって…」
小倉とは、私の名字。
「うん?そんなの分かるよ。……というか、小倉は特にわかるし、分かりやすい」
「そうなのか〜?俺にはさっぱり」
「お前はわかんなくていいの。
それに、お前に分かられたら俺が困る」
「何でお前が困んだよ!」
そう聞かれた成林は、優しく笑いながらこういった。
「……秘密。」
そんな会話が密かに繰り広げられていた事は知る由もない私。
私は買った珈琲を飲みながら、静かに自分の疲れを癒やし、自分を労るのだった。
眠れないほど、貴方のぬくもりがまだ体に残ってる。
どうしょうもないくらいに、私の中に貴方は残っている。
「好き…………、本当に好き………」
貴方の体は程よく筋肉がつき、引き締まっている。その体に全てで愛される事をずっと夢見ていた。
貴方は、私が勤めている会社の御曹司。
貴方は次男だけれど、長男である貴方の兄は全てを捨てて愛する人と駆け落ちをした。
そんな兄の尻拭いをするように、貴方は自ら後を継ぐと伝えた。
そんな貴方は、私の彼氏だったけれど、跡取りになるということを決めた貴方は、全てを犠牲にして跡取りの勉強をする事を決めた。
それに、跡取りとなった貴方には、今では少し時代遅れな許嫁ができた。
貴方の許嫁の存在を知った私は、私から別れを切り出した。
貴方の重荷になる気がしたから。
そして、最後の願いとして、貴方に一夜を共にしてほしいと頼んだ。
貴方は静かに同意し、何度も何度も、そして、どんな時よりも優しく愛してくれた。
私はとても幸せで、この思い出だけで生きていける様な気がした。
貴方の居なくなったベットに、私はカーテンの隙間からのぞく月明かりを見つめている。
貴方の温もりは忘れない。
一杯泣いて、今は辛くても、私は貴方との事を思い出にする。
必ず、昇華させるから……。
さよなら、貴方………。
愛してた。
泣かないで。泣いては駄目。
人前で泣いては駄目。
私が決めていること。
人前では泣かない。
私は泣いては駄目。
どんなに周りの人が泣いても
冷酷だと思われても
どんなに悲しくても、泣いては駄目。
そんな私に、彼は泣きたい時は泣いても良いんだよと言ってくれるけれど、私は泣かない。
泣きたくない。
それに、彼には伝えたけれど泣くなら彼の前だけと決めている。
だから彼のいない所ではどんなに悲しくても、涙を流したりはしない。
でも、今日は特別だったみたい。
私の友達の結婚式。
私は感動で泣きそうになったけれど、決して涙は見せなかった。
笑顔、笑顔で乗り切った。
そんな結婚式が終わり。
タクシーを捕まえて帰ろうとしていたら、今日仕事が入ってしまったと言っていた彼が、迎えに来てくれた。
「真帆、嬉し泣き、したいんじゃない?」
彼のそんな一言に、私の我慢していた感動の涙はボロボロ堰を切ったように流れ出した。
そして小走りで彼の元へと走った。
「俺の前だったら、泣いていいってきめたんでしょ?」
彼のそんな優しい気遣いと一言に、私はもっと涙が出てきてしまった。
ありがとう。
ぐしゃぐしゃで今きっとブサイクだろうけれど私の事、好きでいてくれて、気付いてくれてありがとう。
私も、貴方の事が大好きです。