「世界に一つだけなんだ。君がどんなに君のことが嫌いでも、僕にとっては、君は君だけなんだ」
彼の言葉は、言霊のようだと思う。
彼の言葉には力があって、心に響かせる事が出来る。それがわかっているから、彼は決して人を傷つける言葉は言わない。
愚痴はたまに聞くけれど。
それでも彼は、素敵な言葉しか紡がない。
優しくて、温かくて、けれど、人一倍傷付いた人。
「優多(ゆうた)、最近眠れてる?」
「うーん。あんまり、でも、今はそういう周期なだけだから」
優多はこう言うけれど、何だが心配。
「優多、眠れないなら、外に出ない?
今日。お月様とっても綺麗なんだよ。」
私の提案に優多は賛同してくれた。
私と優多は起き上がり、カーテンを開け、ドアを開け、ベランダに出る。
夜風が優しく通り、月明かりでとても明るい夜だ。
「佳織は?眠くないの?」
「眠くないよ?優多が寝てから、私は寝たいの。」
「あはは、何だそれ。」
「…………優多は、優しいひとだよ」
「えっ?」
「優多は気が付かない内に誰を助けてて、知らない内に傷ついてるんだよ?
それに優多はちゃんと気付いてる?」
優多は少し俯いて沈黙したまま、静かに私の手を取って繋いできた。
「前に、優多が言ってくれた言葉で、私は前よりも大丈夫だって思えるようになったんだよ?」
優多は、自分の言った言葉を覚えていなかった。そんな優多に言ってくれた言葉を伝え、私が救われた事を伝えると、優多は眉毛をクシャッとして泣きそうな顔になりながら、
ありがとう。と言ってきた。
私は最近少し眠れなくなっている彼に、少しの安らぎを与えられただろうか。
私は優多が好き。
その気持ちをちゃんと伝えたい。伝えて生きたい。
優多の様に、言葉に力を宿したい。
優多の様に、優しくなりたいから。
胸の鼓動を感じる。トキメイている。
……こんな風に男が思うのは可笑しい事なのだろうか?
でも、俺はトキメイている。
会社の上司でもある女性に。
「榊原ー、会議で使う資料出来た?」
「は、はいっ!出来ました!」
「それじゃあ、会議室行くよっ」
俺の名前は榊原 充(さかきばら みつる)上司の名前は田中 美麗(たなか みれい)さん。
俺は、美麗さんに恋をしている。
__________✤✤✤✤✤✤✤
「お疲れ様でした。美麗さん」
「榊原も、お疲れ様。資料、良く出来てたわ。」
無事に会議が終わり、俺と美麗さんは休憩室で少し休憩する事になった。
「………、ねえ榊原」
「はい。何ですか?」
「ずっと疑問に思ってきたんだけど、何で私の事名前で呼ぶの?他の上司には、名字のくせに」
「えっ?別に意味はないですよ。
……でも、美麗さんは、田中さんより、美麗さんだっただけです。」
「何よそれっ」
「あっ、もしかして、嫌でしたか?嫌だったら、すぐに直しますっ!」
「別に嫌じゃないわよ。ただ純粋になんてたかなって思っただけ」
美麗さんは、俺が入社した頃からずっと上司だ。慣れない仕事に打ちひしがれそうになった時いつも近くで励まし、俺をサポートしてくれた人だ。
いつからだったのだろう。上司としての憧れが、恋心に変わったのは。
「……美麗さん」
「うん?何?」
「俺、いい男になります」
「ごふっ!!ゲホッゲホッ、な、何言ってるのよ!」
美麗さんは飲もうとしていた珈琲を吹き出してしまった。俺、そんな変なこと言った?
「すみませんっ!でも、結構真面目にそう思ってます。」
「ふうー、榊原は、今でも充分いい男だから、無理にもっとそうなろうとするのは辞めなさい」
「えっ!俺、全然いい男なんかじゃないですっ!」
「自分でいい男って自覚するもんじゃないでしょ?榊原は、ちゃんといい男よ。周りの女の子達が良く言ってるわ」
………、その中に、美麗さんも居ますか?
「さあ。そろそろ戻るわよ」
「あの、あ、あの……、その女の子達の中に、美麗さんは居ますか?」
そう、俺が聞くと、少し前を行っていた美麗は「秘密」といい、いたずらで、でもとても可愛い笑顔で俺に言ってきた。
あー、好きだ。
改めて美麗さんの魅力に魅せられた俺は、また一つ、美麗さんへの気持ちを募らせるのだった。
踊るように、君は飛ぶ。
跳ねるように、君は飛ぶ。
「走り高跳び、優勝は宗田 将暉(そうだ まさき)選手です!」
✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭✭
「おめでとうございます。宗田選手」
「ありがとうございます。でも、もう大会は終わったから、普通に”くん“付けで良いよ?」
「あっ!そっか、ごめん!!」
私は、彼が所属している社会人陸上部のマネージャーをしている。普段はフランクにお話をするが、大会中は選手と呼び、少し距離をおいている。
「中田、今日はもう帰宅するの?」
「うん。元々予定は大会だから入れてなかったし、このまま帰る。」
「……そっか、気を付けて帰ってな」
「うん。宗田君もね。」
私は、宗田君の事が好きだ。
けれど、宗田君には、他に好きな人がきっと居る。私には、何となく分かる。
私じゃない誰かに、恋をしている。
「この恋は、叶わないもの。いい加減、諦めないとなー、」
いっその事、宗田君に告白して、玉砕してもらったほうがスッキリするだろうが、それが出来ない私。
私って、狡いのかな?馬鹿なのかな?
でも、それでも、まだ思っていたいと思っている自分がいる。そんな自分を、私は否定出来ない。
「でも、いつかは蹴りつけないとなっ!」
こんな事を考えながら、少し切なくなりながら、私は家へと帰るのだった。
時を告げる。
そんなロマンチックなものじゃないけれど、
確かに、私のスマホは鳴った。
彼の着信音で。
〜♪~♫〜♫〜♪
「は〜い。」
私は眠い目をこすりながら、着信の鳴ったスマホを手に取った。
「あはは、相変わらず眠そうだな…、おはよう、明里。よく眠れた?」
「うーん……、眠れたよ。」
「ふっ、それは良かった」
私と彼は、遠距離恋愛中、それも、日本と海外。時差があるから、彼の電話は朝。
けれど、電話してほしいと頼んだのは私。
いつもじゃなくて良いけれど、たまに電話をかけて私の目覚まし時計になって欲しい。
そう、彼に伝えた。
「じゃあ、もう大丈夫そうだし、切ろうか?」
「えっ?もう切っちゃう?今忙しいの?」
「ううん。忙しくないよ、こっちは夜で、もう家に着いてるし、でも、明里はこれから色々準備があるだろ?邪魔したくないから」
彼は、こうやっていつも気を使ってくれる。
彼も、明里は気を使ってくれるという。
似た者同士なのかもしれない。
「……じゃあ、少し、10分で良いから、私とお話し、してくれる?」
「ふっ、良いよ。俺も話したいし、明里の時間が大丈夫なら、お話ししよう。」
そんなこんなで、私達は10分のお喋りを楽しんだ。色々な、他愛のない話。
周りからは、よく続いてるねって言われる。
そうなのか?と、私は思う。
彼にそう言ったら、彼も、そうなのか?と言ってきた。
本当に似たもの同士だ。
「それじゃあ、またね、今度は、こっちからかけるから…、」
「…………ねえ、明里」
「うん?なあに?」
「俺、もう少しでこっちに居る任期が終わるじゃん?」
「うん、そうだね。」
「それで、さ、あの、さ……、」
彼が口籠る。何か言いたそうだ。
「なあに?お別れの話?」
「馬鹿っ!!違うよっ!冗談言うなっ!!」
「あはは、ごめん。ごめん。
………だって口籠ってるんだもん」
「………明里、」
「……なあに?」
「俺が帰国したら、俺と、結婚して」
一瞬、これは夢か、と思ったけれど、どうしょうもなく現実で、私の心がはねた。
驚きと、嬉しさで。
「もちろん。私と、結婚して 佑(たすく)」
スマホ越しから佑の笑った、ホッとした声が聞こえた。佑が帰国してきたら、改めて私もちゃんと言おう。そう、思った。
10分の電話はゆうに越え、私は若干の遅刻をした。
上司にちょっと注意されたものの、私はどこか上の空。
佑が帰国するまでもう少し。
「愛してるよー!佑!!」
誰も居ない会社の屋上で私は一人、叫んだのだった。
貝殻を拾った。
綺麗な透き通る海の砂浜で。
何となく来たくなって、車を走らせてやってきた海。人は少なく、とても静かで落ち着いている。時間は朝5時。
「もう少ししたら、帰ろう」
今日、用事があるわけではないけれど、居ようと思ったらずっと居続けられてしまいそうだから、取り敢えずもう少ししたら帰ろう。
サアーっサアーっと波音。
耳心地がとても良い。
「綺麗な貝殻ですね」
突然誰かから声をかけられた。
不審者だったらどうしよう…。
「あ、すみません!いきなり声をかけてしまって。俺別にあやしいもんじゃないですからっ!」
彼はそういうとサーフボードを持っている手を私側に近づけ、サーフィンしに来たんです。と言ってきた。
「サーフィン、するんですか?」
「はい。ほぼ毎日。」
「毎日ですか?凄いですね!」
「もう習慣になってしまっていて、やらないほうが気持ち悪いんです」
「あの…、少し、見学させて貰っても良いですか?」
「ええ、いいですよ!好きなだけ見てって下さい」
彼はそういうと海へと向かっていった。
私は人見知り。けれど彼とは何だが普通に喋れた。何だか不思議。
暫く彼のサーフィンを見学させて貰い、帰ろうとした時…、
「あ、あのっ!」
彼から呼び止められた。
「何ですか?」
彼は近くにあった枝を取り、砂浜に何かを書いていく。
「今、スマホもってます?」
「はい、持ってますけど…」
「これ、写真に撮っといて下さい」
私は言われたまま砂浜を写真に撮った。
よく見ると、連絡先だった。
「俺、今スマホ持ってないので、俺の連絡先です」
「何で今日初めて会った私に教えるんですか?危ないですよ、今時」
「平気です。絶対変な事はしない人だ。」
あまりにきっぱり言われたので少し驚いた私。まあ、何もしないけれど、
「俺、今ナンパしてるんですかね?勝手にそう思っただけですけど、また、お会いしたいから……、」
あまりに素直に言われたので拍子抜けしてしまった私。わかりました。連絡先保存しておきますと一言いい、私は帰宅した。
彼と会ってから数日後。朝のニュースを見ていたら彼が出てきた。今大注目のサーファーだという。
私が、彼の連絡先が記された写真を見つめながら連絡したのは昨日。
彼は嬉しそうな文面で返事をくれた。
不思議な出会いに何だが運命を感じそうな自分をいさめながら、私は朝ごはんの準備をする。
取り敢えず、彼にまた会ったら、名前を教えなければ、そう、思いながら…。