・11『あなたがいたから』
グラウの姿が見えない事がとても腹立たしい。
理由もわからずこんな姿になって海へ放り出されたことよりも
「出てきなさいよ!!いるんでしょ!どうして私がこんな目にあわなきゃならないのよ!!」
そうだそうだと言わんばかりにスキュラの足になった犬達も吠えていた
高波から守ってくれた沢山のあじさいの花は散り散りになりあっという間に流されてゆく
犬達が頑張って泳いでいるおかげで溺れることはない
とたんにスキュラはバカバカしくなった
「あなたがいたから……」
そう呟いた本人もその後の言葉がなんなのか
わからなかった
【続く】
・10『相合傘』
スキュラは水掻きのようなものが付いている自分の手を見て悲鳴を上げた。この海は毒だ。早くここから離れなければ。
陸に逃げようと心では思っているのに足は勝手に海に向かっていた。
淵に入り腰まで海水に浸かった時
犬の鳴き声が聴こえた。一匹じゃない、何匹もいる!
犬はスキュラの腰あたりでせわしなく『犬かき』していた。
10頭かそれ以上か。
スキュラの足に生えたビラビラは海水で黒い犬になっていた。足から犬に成り代わっていた。
スキュラ自身の下半身の感覚が無い。
犬達が勝手にスキュラを海へ海へと誘ってゆく。
その時大きな波が来た。高波に飲まれて死ぬと思った時
頭上に無数のあじさいの花が現れた。
スキュラを完全に覆い尽くすほどのあじさいが傘となりドーム型のシェルターになった。あじさいの傘が波を弾いてゆく。
グラウだわ。
姿が見えないけど近くにいる。
【続く】
・9『落下』
思わせぶりな態度をとっていた
駆け引きはこの浅瀬と同じように安心で安全なはずだった
私が海で一生を過ごす?あの男と?
ナイナイ。
今朝はもう姿も現さないしスキュラは帰ろうと海に背を向け歩き出した。足が重い。それに何か絡まってる。
海藻かゴミか……と思い取ろうとするとビラビラとしたモノは足とくっついていた
波が引く、波が足に触れる、そのたびに足に付いたビラビラは増えていく
スキュラは恐ろしくなってしりもちをつく。パニックになった。
手で顔を覆うがその手が人間のものではなくなっている事に気付いた
【続く】
・8『未来』
キルケーはグラウを心酔させ使役しようと思っていたが
グラウがキルケーに恋をせず、
キルケーだけがグラウの気持ちを手に入れようともがくこととなった。結果グラウにそれなりの地位を与えるように他の神々にも頼み込んでしまう始末だった。
彼が満足するように。
それなのに人間の娘に恋を?
私は知らなかった。人間の男は相手を一目見て恋をするかどうか決めるのだ。そうでない相手にはもう恋をすることはないと。
私がどれだけ尽くしたとしても無駄だったのだ。
思い通りにはさせない。お前たちに幸福な未来はない。
グラウの地位を剥奪し、スキュラには毒を与えよう。
【続く】
・7『1年前』
キルケーは代わり映えしない海で日々を巡っていた
気まぐれに海を荒らしたりしても哀れな人間達が今際の際に見るのはセイレーンではないし、
まして私に気が付くこともない。船を転覆させても退屈なだけだった
人間を1人、私の為のお人形に出来ないだろうか
私の為だけの人間の男を。
1年前そうして陸上にキルケーお手製の薬を撒いた
薬を撒いた一帯の木々はとても良く育ってくれた
グラウが木こりから海の神の一員になった要因だった
キルケーの薬で育った植物を食べてしまったグラウは喉の渇きが治まらず陸から海へ。
そしてキルケーの元へ
ただグラウはキルケーに恋をしなかった
【続く】