サッチェルバックには
1週間分の服と本と思い出。
あとはここから出る勇気だけ。
でもその勇気は
ずっと前にもう貰ってた。
さぁ冒険だ。
私に怖いものはないはずなのに
幽霊もおばけも月曜日も怖くて。
レンガの道をずーっと歩いて
疲れたらおにぎりを食べて、
また歩いて。
たまに列車に乗ったりして。
夜更かしなんかもしちゃって。
田舎道を通ったり、
都会の中を歩いたり。
いつもは悩んでたけど
泣いても笑っても
月を見ればなんとか。
なーんて言ってみたかった。
本当は今も昔も本がないとやっていけなかった。
"Good Midnight!"
から始まる本。
冒険する勇気があっても
心の拠り所は必要なものだった。
そうわかっただけで
この冒険は意味があった。
私はそう言い切れる気がした。
猛暑の中で
猛吹雪の中で
風に吹かれて
雨に打たれて
そうして咲いた一輪の花。
美しい透明で数が少なく、
昔は月と太陽を繋ぐ花なんて言われていた。
あんまり綺麗なので
学者たちが研究するために
街中、村中、森中に咲いてるこの花を
摘んでしまった。
増殖のために根こそぎ持っていったのに、
研究は失敗。
顕微鏡で見るために
プレパラートに乗せただけで崩れてしまった。
繊細で脆く扱いずらい花だった。
こうして世界から透明の花はなくなった。
ように思われた。
森の奥にある滝のさらに奥。
洞窟を抜けると
そこには草原が広がっていて、
少し遠くに一件の家があった。
ショールを身につけた少女は
家を出て
紫陽花や薔薇、
そしてあの透明の花が沢山咲いた
秘密の花畑へ水やりに行った。
学者がどんなに頑張ってもなし得なかった
透明な花の増殖を
少女は当たり前のようにしていた。
ここは昼は綿あめのような雲、
夜は星屑が空に広がっている
楽園のようなところだった。
"Good Midnight!"
少女は言う。
厳しい環境で育ってきたんだから、
敬意を払っていい環境を用意をして
愛情と水を注ぐのは当たり前でしょ?
頭が痛くてグワングワンする日も
食欲が暴走して食べまくった日も
ずっとずっと
悪役でもいいから
他の人とはどこか違う人、
魔法使いになりたかった。
杖は作れなかったから
手から魔法が出せるように
全ての気を手先に集中させたり、
イメージをしたりしたけど
魔法なんか使えるわけなかった。
ここはアニメの中でも漫画の中でもないから。
わかってはいたけど
いざこう無理だと分かると
転生してみたくなる。
期待してしまう。
時空を越えれる魔法が使えたら?
雨などの天気を操れる魔法が使えたら?
どうしてもこの日常に
非日常を取り入れたい。
楽して生きたい。
別に死にたいとか
そんなことは微塵も思ってないけど
転生できるのなら
私の世界を彩れるなら
喜んでこの身を捧げようと思えた。
けど
こんな浅はかな夢は叶うはずもなく。
ただ老いるために生きる
残りの長い空白の予定帳。
つまらないつまらない。
面白くない。
楽しくない。
なのに
寝て起きて食べて体調を崩したりして。
また今日も夜眠らされる。
でもなんだか月が大きくてまん丸だ。
"Good Midnight!"
こんな綺麗な月を見れても
嬉しくも感動もしない。
私の全ては魔法だけ。
こんな世界で
ただ1度だけでも
魔法が使えたのなら。
スキップで家に帰る。
今日は大好きな漫画の発売日。
絶対欲しくて
予約までして買いに行く。
いつもついてくる黒猫の君も
今日はなんだかご機嫌で、
猫の日だからかなー?なんて。
手に取っただけで鳥肌が立った。
目を奪われる表紙。
心に染みることが書いてある帯。
本屋さんで泣くのはやめようと思って
急いで会計をした。
帰り道、
またスキップをして
君と帰った。
雨が降ってたみたいで
湿った匂いがスーッと鼻に入ってきた。
カァカァとカラスの鳴き声が聞こえたので
空を見てみると
不思議と笑顔になった。
持ち上げて君にも見せてあげた。
今日君と見た虹は
上機嫌な私の心予報みたいで。
"Good Midnight!"
この本のお陰で
私も君も
夜寂しい思いをせずにいられるんだね。
好きなもののどこが好きかって聞かれたら
戸惑って好きなものを好きじゃなくなる。
好きに理由なんかいちいち付けないから
今すぐ理由を考えなきゃいけなかったから。
でもその理由は
なんだか違う気がして。
好きが好きじゃない気がして。
上を見上げたら
列車の通るところが丁度見えて
あれみたいに真っ直ぐで
役目を全うできたらなーって毎回思う。
池の浅いところを道なりに
ちゃぷちゃぷと音を立てながら歩いていくと
紅葉の木が立ち並んで
私を慰めてくれた。
泣きながら木にすがる私は
見たくないほど哀れだったけど。
4、5年前に勝手に植えた紅葉の木。
まだまだ小さいけど
私の支えになってくれた。
好きなものに理由をつけて
好きになれるまで、
多分私はここに通うし、
ここにずっといたいって感じると思う。
夜もきっとこの紅葉は生き続ける。
"Good Midnight!"
夜空を駆ける私の好きな列車は
見れば見るほど綺麗で。