ただいつもと同じように
道路を歩いてた。
いつも通り苦しかった。
私は小説家になりたかった。
けど物語を書いていくうちに
これまで書いてきたものも、
今書いてるものも、
全部全部
話が面白くなくて
意外性がなくて
オチがなくて
私に才能がなくて。
ずっと前に見た
魔法みたいに話が進んでいって
まるで目の前で起こってるように思えた話は
私には書けなかった。
薄々気づいてたことだったけど
改めて思うと
もう楽しくなくて。
ずっと苦しくて引っかかるだけだった。
家に帰ると
書きかけの小説と
くしゃくしゃの紙。
久しぶりにゴミ箱に入れると
ゴミ箱の下に隠された手紙があった。
見覚えのある手紙だった。
恐る恐る読んでみる。
小説家になりたい私へ。
今から初めて小説を書きます。
でも多分、
私は綺麗に話を作れない。
1文字も書いてないけど、
わかります。
私のことだから
この手紙をほんのりとしか覚えてない頃、
才能がないから諦めようだとか、
書いてても楽しくないだとか
適当な理由をつけて
簡単に夢を諦めようとすると思います。
でも私は
ごちゃごちゃで分かりずらい話でも
私の書く世界が好きです。
その事を思い出してください。
お願いだからこれ以上
私の世界をゴミ箱なんかに捨てないでください。
大切に持っていてください。
ポロポロと涙が零れた。
私は私のことを誰よりもわかっていた。
未来の私の夢を救ってくれた。
行かなくちゃ。
机に向かって
椅子に座って
白紙に世界を書かなきゃ。
私が書かなきゃ
世界は始まらないから。
"Good Midnight!"
今だけでいいから
全人類とりあえず死んでくれって思ったり、
1回だけでいいから
土下座しながら飛び降りたいって思ったり、
自分の目を引っぱたいて覚まさせたいくらい
寝ぼけた考えが浮かび続ける朝。
ポチッとボタンを押すだけで
部屋が一変し、
じゅうたんだった床は
木のフローリングに、
真っ白だった壁は
花柄になった。
全身鏡には落ち着いた服を着た
少女が映っていた。
外に出て少し歩くと村と店があり、
りんごカスタードパンを買って
また歩いた。
疲れてパンを食べて、
歩いて疲れて…。
そうして着いたのは港だった。
波は穏やかで
風も優しくて
夜まで桟橋に座っていた。
なぜあんなに歩いてここに来たのかと言うと、
月に1度だけ
この桟橋から
光る星屑クジラが見られることを知って、
こうして毎月見に来ている。
目の中が星屑で埋め尽くされるような
不思議で綺麗で
時間が止まったような体験ができる。
クジラも綺麗だが
クジラが映る海もまた綺麗で。
寒い中1目だけクジラを見て
ボタンを押そうとする。
あんまり見てると中毒性が高いから
目が腐ってしまうので
諦めてボタンを押す。
"Good Midnight!"
バイバイ。
私の大好きなセカイ。
目を開けると4時間経っていただけで、
まだ朝の8時だった。
この世界でも
上手く歩いて生きれたらなぁ。
頬を引っぱたいて
寝ぼけた考えを押し込んだ。
少ない荷物と
歩きやすい服装。
身軽な旅は
私の足を自然と動かしてくれる。
何年か前に
自分に合わないと思い
家族や愛猫すらも置いて
一人で旅に出た。
猛暑の夏も、吹雪の冬も
ずっと歩いた。
都会の明かりは眩しすぎるから田舎道を。
旅の途中、
ふと夜を感じたくなる。
眠いのに眠れず
昔のことを思い出して
もう帰りたくないなーとか
もう帰れないかもなーとか。
ちょっとずつ私の首を締めていって
夜に飲み込まれる。
月みたいな太陽を見たその日の夜も
そんな、
いつもと変わらない嫌いな夜だった。
喉が乾いて、水を飲んで
寝付けなくて外に出た時に
完美さんに出会った。
ツインテールに花の髪飾りをつけ、
紫と黒の服を着た不思議な少女だった。
吸い込まれるような瞳を見ていると
夜が嫌いなんですか?と聞かれた。
そうなんです、と答えると
私も嫌いだったんです。
でも私の友だちは夜が好きで、
私も好きになったんです。
何故友達が夜が好きだと好きになるのか
詳しく聞かせてもらった。
そしたら私も夜が好きになりそうになった。
私の友だちは
私のことをある事から逃がしてくれて、
それでも私も友だちも
記憶喪失になったんですけど、
全身に火傷を負って
記憶がお互い戻っても
何事も無かったかのように
友だちは友だちでいてくれて、
本当にあの時はヒーローみたいでした。
それで、
友だちが助けてくれたのが夜だったんです。
火を振り回すやつらが見やすくていいって。
でも後から
友だちがただ怖いだけで無計画だったことを知って
みんな同じで
怖いものは怖いんだって思うと
なんだか夜が好きになったんです。
丁寧な話し方をする完美さんは
ポケットから金色の鍵を取り出して
私に手渡した。
何の鍵か聞くと
夜が好きになる鍵なんだと。
"Good Midnight!"
少ない荷物に
小さい荷物がまた増えたなーと
整理がめんどくさく思えたが、
何かに当たる度にカチャリと音がすると
早く夜になってみてほしい、
金色の月が浮かぶ夜が好きになった。
.......ジーッ、...ザザッ。
あー…あー……。
顔も名前も
まだ知らない君。
どこかにいる誰かさんな君。
全車両にいる夜更かし好きなお客様。
こんばんは。
私は皆さまと同じく夜更かしが好きな者です。
こんなに早い時間から
夜更かしなんて言いたくはありませんが、
どうしても外せない用事が出来ちゃいましたから。
そう、この列車のことです。
「夜の鳥」の運転手さんが
少しお休みしていまして、
代わりに運転させていただきます。
以後お見知り置きを。
自己紹介といいますか、
私のことはこれくらいにして、
本日は「夜の鳥」をご利用くださり
誠にありがとうございます。
こちらの列車は、
夜更かししたいお客様を乗せ、
夜の街を走る
気まぐれ列車となっております。
行き先が明確ではないので
迷子列車ともいわれております。
皆さんの車両にあるベッドに座って
どうぞごゆっくり
この夜をお楽しみください。
おっと、少し注意点?を言い忘れておりました。
「夜の鳥」の運転手さんは
各車両ごとにアナウンスをしていましたが、
私は列車を運転するのが久しぶりでして
運転することに手一杯になってしまうので
アナウンスは出来かねます。
ご理解いただけると幸いです。
それでは皆さんGood Midnight!
…プツンッ。
あられが降りそうな
寒い夕方のこと。
川の日陰になっていたところに
木の枝があって
何か引っかかってたから
近くで見たら
トランシーバーで
落としたのかなと思い、
拾ってコールしてみた。
すぐに少女の声で
"Good Midnight!"
こちら、白雲峠より旅に出た者です。
状況報告します。
星が降っています。
いい夜です。
と聞こえた。
白雲峠は聞いたことがないところだし、
星も降ってないし、夜じゃないし。
けど、
子どもの遊びかなーと思って
少し付き合ってみた。
"Good Midnight!"
こちら、西南西の方向に旅に出た者です。
状況報告します。
太陽が赤く光り輝いています。
いい夕方です。
すると
私の声が聞こえ、状況確認が完了しましたら、
また川に流してください。
と聞こえた。
意図的に川に流したものだったのか。
私はなんだかザ・子どもの遊びという感じがして
ふふっと笑ってしまった。
言われた通りに
トランシーバーを川に流した。
が、
私が拾った川ではなく
別の細い川に流した。
その方が冒険っぽくて
楽しい気がして。
私の次はどんな人が
少女と状況報告をするんだろう。