人通りがほとんどない路地裏、
雑貨屋の隣にある小さな建物。
暗がりの中で1つの灯りが
今日も優しく光る。
ワタクシはここで
幸せを届けるオシゴトをしております。
なあに、
オシゴト内容はカンタンです。
上のパイプから落ちてくる手紙の中身通りに
物を包んでいけばいいだけです。
物は隣の雑貨屋さんに
全て揃っています。
制服の指定はありますが、
髪色は自由です。
たまに文字化けした手紙が落ちてきます。
その時はすぐに
ワタクシを呼んでください。
決して、
その手紙を見た後に振り返らないでください。
え?
振り返ったらどうなるのか
気になるのですか?
漫画やアニメだと
幽霊が出てきて
呪われる…。
みたいなことになりますが、
ここには怪物も幽霊もいません。
とても大きなオオカミが来て
食べられてしまいます。
それはそれは大きくて、
この建物の天上に
ギリギリ届かないくらいなのですが、
見ての通り
ここの床と天井までの距離は
1500mほどです。
ええ、もちろん。
食べられた方もいらっしゃいますよ。
なのでお気をつけくださいね。
最後に、
お帰りの際は
絶対に「夜の鳥」を利用してください。
はい、あの迷子列車です。
オオカミが近くにいた時、
家を知られてしまうと
何かと面倒なので。
それではお気をつけてお帰りください。
また明日、お待ちしております。
"Good Midnight!"
苦しかった。
毎日が海の中みたいで
息が吸えなくて、
どんどん減っていって。
魚たちが後ろを泳いでいく、
そのちょっとした波で
私は遠く流される。
ヒレもボロボロで
泳ぐことさえ出来なくて沈んで。
私は鮭みたいに
根気強くないから。
私はカジキみたいに
上手く泳げないから。
何もないのに
涙だけが零れていって
涙だけで溺れてしまうから。
紅茶の香りも
本の内容も
私には届かないの。
音楽が私を埋めてくれるの。
と、
柄にもない事を言ってみた。
後から恥ずかしくなってきたけど、
まー、すぐ忘れるし。
つい昨日読んだ漫画の絵が
女の子が電車に乗ってたら
海が押し寄せて
だんだん溺れるみたいな感じの絵で、
この女の子は
どんな事を思ってるんだろうとか、
この一角だけで
前後の物語を創るとしたら
どんなのになるかなーとか
考えてたら
音読したくなってきて。
でもこういうの、私結構好き。
深海に沈んでいく
何も出来ない魚。
爪を磨きながら考えた物語は
布と布を並縫いで合わせたような
ちょっとガタガタしてて
すぐ解けそうな話だ。
ストックしてるフルーチェの箱の
数を数えながら、
スピーカーをつけて
音楽をかける。
抹茶をコップに入れて
テレビをつけようと思ったけど
やめた。
暇だなぁと思うけど
耳をスピーカーに傾け続けた。
"Good Midnight!"
ケーキもお菓子もない
今日だけは
音楽に溺れていたくて。
床に寝っ転がり
指で電気の紐を引っ張るフリをする。
バスロマンを入れた湯船に入ったので
いい匂いで、
バスロマンに包まれてるみたいな感じがして
暖かかった。
うとうとしてた所に
ピロリンっと通知が来た。
今日は友達とゲームをする約束をしていて
部屋を作って待っていた。
パスワードは設定出来ないので、
誰でも入れてしまう。
だから通知が来るようにしている。
通知が来たら、
入ってきた人にこう聞く。
「合言葉は?」
答えが違った人は追い出して、
友達はこう答えた。
「"Good Midnight!"」
いつもこうやって遊んでいる。
正直、
いつも私が部屋を作る側
合言葉を聞く側なのは
めんどくさいが、
毎回お礼を言われるので
まあいいかなと思い始めている。
いつも通り遊んだり、
雑談したりして、
深夜までゲームをしていた。
そして急に
あのさ、
このまま友達で終わりたくないんだけど。
と言われた。
びっくりして
床をドンドン叩いてしまい
怒られた。
え?あ、うーん、
……好きってこと?
顔が熱くて真っ赤だ。
リアルで直接言われなくてよかった。
反応も、考える時間もくれた。
うん。
と一言だけ。
ちょっと気まずくて、
明日返事をすることに。
今日も私が部屋を作る。
通知が来たら
適当に聞かずに
ちゃんとアバターを見て
友達かどうかを確認する。
そして友達が来た時、
私は聞いた。
「愛言葉は?」
2年ほど前から仲がいい
ネットで作った友達、
通称ネッ友。
そのネッ友ちゃんから
オススメしてもらった小説を買いに行った。
本屋さんは目が惹かれる漫画や
小説ばかりで、
毎回財布の中身を
根こそぎ持っていかれそうになる。
スマホを取り出し、
気になる本にカメラを向け
写真を撮る。
メモのアプリを開き
どこらへんにあったかを書く。
右手の薬指にはまっている
錆びた指輪からは
小銭の匂いが漂ってきて、
なんとなく外したくなった。
人の足音、話し声、
全てが五月蝿く感じて
イヤホンを耳につける。
目当ての小説を見つけたので
手に取りレジへ駆けていく。
明日は用事があるので
この本は読めない。
でも買っただけで読んだ気になって
ちょっと満足している。
下を向きながら歩き、
転けそうな足取りからバランスをとっていく。
ワッフルを買い、
食べながら帰っていく。
髪を解くと
何かから開放されたような
安心感が広がる。
何もしなくてもお腹は空くし、
夜は眠くなるし、
嫌なことは嫌だなぁって思うし、
眩しかったら目を細めるし、
朝はまだ寝ていたいって思う。
でも漫画も小説もアニメも
面白くて
ずっとここにいたくなる。
明日は読めないけど、
今日なら読めるかも、と
小説を開く。
"Good Midnight!"
ありがとう、ネッ友ちゃん。
この本、すごく面白かったよ。
今度また語ろうね。
私は誰かの特別になりたかった。
誰かに特別にして欲しかった。
そのために友達全員と
平等にフレンドリーに接した。
八方美人すぎて
自分でも気持ち悪く感じた。
裏の顔がありそう、
何をしても怒らなくて逆に怖い、
そんなことを言われて
結局誰もいない部屋で
孤独にまみれていた。
誰も違う感じがしたり、
みんないい感じがしたり、
気持ちはいつも曖昧で
境界がわからない。
いつかに読んだ
小説のセリフを思い出した。
死にたい、愛されたい、死にたい。
確か、
夫が亡くなって、絶望して、
育児放棄した女性のセリフだったかな。
私には愛する人すらいないっていうのに。
好きだとわかる、
愛してるとわかることは
誰にでもできることじゃない。
私にはできなかった。
ぼやぼやっとしていて
何も変わらなさそうな感じがした。
虚無な夜を過ごす時もあれば、
泣き叫びながら
布団を被る夜を過ごす時もあった。
人に飢えているみたいで
吐き気がした。
自己嫌悪が激しかった。
行かないで。
どこかの誰かさん。
私を置いて行かないで。
連れてって。
どこまでもついて行けるの。
私、ここじゃないどこかへ行きたいの。
"Good Midnight!"
イベントも何も無い今日。
適当に漫画を買って
ラッピングして
深夜に適当な家の窓に投げ込んでいく。
漫画で人が幸せになれるかって言ったら
そんな事あるはずないけど、
きっといる。
この変なプレゼントを喜んでくれる人が。
朝方、
適当に散歩していると、
うええおぉうおあああ!!!
という声と
あ、これ好きいいい!!という叫び声が
私が漫画を投げ込んだ一軒家から
聞こえてきた。
ああ、
私、まだ大丈夫かも。
朝日が眩しくて
目を細めた。