雲り
前説
昨日のお題よりは随分落ち着きがあり、情緒性のあるお題で有り難い。
「曇りではなく雲り」なので、天気のことではなく、「雲」そのものを連想した。この時期なら今の時代は紫雲たなびく霞雲なんて風流なものでもなく、アメリカナイズされた御子様達は
風流よりも、花粉と黄砂とPM2.5ですわね(笑)困った微粒子は、いつもあの山越えてやって来る。
四十年くらい前の弥生3月の雲は新生活への期待と不安が入り混じった小娘の心を実によく表現していたけど。ふんわりと温かい、けれど、どこかモヤモヤとした先の見透せない不安が過ぎっては、柔らかな雲の合間に吸い込まれるように消えてゆく。そんな、ふわふわとした夢見心地と、先の見えない物語のはじまりのような不安を乗せて、1986年の春は明け来るのであった。
まだ、瀬戸大橋も、明石海峡大橋も架かっておらず、鳴門海峡大橋がようやく架かった次の年、その頃は都会って遠かった。勿論、都会に憧れた若者たちは、船で都会デビューして、飛行機で帰って来るステータスを夢見ながら船出する訳だが、今よりもずっと都会は遠く、その分夢も、その裏返しの不安も、都会へ出て暫くして須らく味わう望郷の想いも、今よりずっと大きく、はかり知れなかった。
まだ、この3月20日過ぎ頃までは、心には、風は温かで低い雲が立ち込めていた。
慌ただしく何時もの調子で追い出しにかかる祖母は、この気持を分かっているのか、いないのか、その頃の小娘には分からなかった。今ならはっきり祖母の気持も分かり、お礼のひとつも言えたろうに、神様は意地悪で、そんな心の成長を小娘には、まだ与えてくれない。ただ、まあ今の若者のようにやっぱり、若い頃とは自分の事ばかりなのである。それが正直なところだと今しみじみと思う。親がかりの保護者がかりの脛齧り。そんな、青二才が(男だけでなく女もね)分かったような口利くのは四十年くらい早くてね、自分のことで手いっぱいで普通で、それでも独りで立とうとするから、その気持ちそのままに、鶯がまだ下手な声で鳴く頃のなんだよ。空は温かく、そして雲は低く立ち込めてイイんだよ。そんな頃を越えなきゃならんのさ人は、そんな頃を越えなきゃ、何にも解らないんだと思うね。
「雲り、アーデルハイド」
アーデルハイドは一歳で両親を亡くし、母方の叔母デーテに預けられる。しかし、デーテはアーデルハイドをアルプスの山深い、田舎の山小屋に独り住む変人の異名を持つ気難しい祖父オンジに預け、自分は一人都会へと働きに出てしまう。アーデルハイドはハイジと呼ばれ、アルプスの大自然に抱かれて、仔山羊や羊飼いの少年ペーターと親しくなり、独居の気難し屋オンジとも心を交わし、のびのびと成長してゆくのである。
アルプスの空は広く青く雲は近く、オンジがこしらえてくれた大きなブランコに揺られていると、天の空の雲に手が届きそうで、時折ハイジは、雲に乗り風に流され旅をするのである。小鳥たちがハイジの元にやって来て、天に召された父さんと母さんのところにハイジの乗った雲を運んでくれる…ところで、ピーちゃんに顔を突かれ、目が覚める。天までとどくほど勢いよく揺れていたブランコはいつの間にか止まっていて、夕焼けがハイジの頬を林檎のように染めていた。やがて低い雲は流れ雲り空は速い勢いでお日様を山の彼方へ運んで行った。
ハイジを呼ぶオンジの声が届く。
「今日も、楽しいことが、いっぱいあったわね、ピーちゃん!」ハイジはブランコから飛び跳ねるようにおりて、裸足のままで駆けて行った。
幼少期を自然と朴訥とした人々の愛に育まれて育った少女ハイジもやがて、都会に出て行くことになった。叔母のデーテが都会からやって来て、アーデルハイドをゼーゼマン家と云うフランクフルトでも名門家である家に連れて行き、そこに居る車椅子のお嬢様の遊び相手とお勉強仲間として住み込ませると決めて来たのである。勿論、ペーターは嫌がり寂しがり、ハイジも最初は嫌がったが、ハイジにキチンとした教養をと望んだオンジに説得され、最初は渋々けれど、目の不自由なペーターのお婆さんに聖書を読んであげれるようになるんだと云う優しい夢を持ちフランクフルトへと旅立つのであった。
幼気な少女が、フランクフルトの他人の家で夢遊病になりながらも、耐えて車椅子の少女クララに寄り添う姿は、身を与え何かに尽くしてこそ寄り添うと云う真心だと教える。無垢な少女にしか出来ない優しさが描かれていて涙する。だがそんな反面ハイジは天真爛漫で無垢な屈託のない少女が故に、破天荒であった。
ハイジに、直角にしか進めないフェミニズムの旗手であるような、ゼーゼマン家の車椅子の少女クララお嬢様に仕える御抱え家庭教師ロッテンマイヤー女史は、冷ややかに厳しくあたり「アーデルハイド!」と呼び小間使いのように扱ったが、ハイジは自ら自然に抱かれて培った生きる力と知恵と持ち前の屈託のなさと率直さで、知識とプライドで頭でっかちのロッテンマイヤー女史に、本当の生きる力を教える。それは、クララにも、ゼーゼマンにも、頭でっかちなロッテンマイヤー女史にもやがて伝わり。
クララは自分の脚で独り立ち歩くのであった。
「アルプスの少女ハイジ」に寄せて
作者 ヨハンナ・スピリ
粗筋 作 心幸
「雲り、四十年前のハイジ」
道は はるか遠く何処までも続き
やがて天と繋がる
まだ 見ぬ景色に雲は低い
けれど 温かく上着を1枚脱いで
肩に掛け空を見上げ流れる雲を追いたくなるような そんな気分
肩先に舞い飛ぶ小鳥たちを呼びとめ歌いたくなるような そんな気分
18才春 空雲り
心幸
令和7年3月23日
本日の後書き
他人に指した人差し指は自分に。
人に引けよと言う前に 引きなされ
雲に歌うは 下手な鶯
おそ松さん
センセーと 呼ばれるほどの 馬鹿でなし
堀裕嗣
なんで、人差し指差す人間てタイプ似てんだろね。あんたがやるからやられんだろ、解ってないね笑笑 高学歴なんだろ?あんた。神童天才なんだろ?あんた。
神様は残酷で天使も残酷で、人間は嫌い自分は何時も被害者の他責思考、人を変えたきゃ自分が変われ(笑) 雲りがないんだろ?あんた。笑笑 相変わらずキショイねぇ。
チュンチュンユンユン雀の合掌団
🌾🦜🌙しゃん
文豪気質はネガティブ気質?笑うとこかい?ただの厨二病センセーじゃんか笑笑
いつまで思春期〜ぃ。
大昔、駅で配られていた同人誌や宗教の勧誘みたいな一行飛ばしや、縦横斜めレイアウトが個性ですみたいな詩が、厨二病大センセー様で面白すぎて、椅子蹴飛ばして野菜踏んづけたら潰れた可哀想に🌾🦜🌙 詩を読んだ感じマインドなんとかされやすそうだとお見受けするわ。お気をつけてね、お大事に(笑)ついに切れたの?一番歪んでるの優しくありたい、寄り添うのが得意なふりして私に寄り添えな🌾🦜🌙のあなたじゃなくて(笑)
人に指した人差し指は自分に向けなさい。ブーメランなんでしょ。
何度も言うけど、あなたが嫌いでも全然平気と言われると思う、その相手が大人ならば。それは私が「bye-bye」なんて赤ちゃん言葉を、いい大人が可愛い子ぶって使うのが嫌いなのと同じで、私ごときが嫌ったところで、その言葉は、なくならない。あなたの嫌いも同じこと、いくらあなたが嫌っても、そのものには、どこ吹く風、あなたが虐め体質や独裁者でもない限り。だから、好きや嫌いほど自分勝手なものはないと心得よ、お前の好き嫌いで世の中の善悪はかれたら、エライことなんだよ笑笑
個人的な好き嫌いと、ものの善し悪しは違うのよ笑笑
先ずは、そこから学びなさい笑笑
家事もそうだけど何事も完璧求めちゃうから直ぐに私だけって被害妄想膨らんじゃう。昭和初期でもあるまいし、子供も一人か、せいぜい二人の家事育児に大威張り。結婚生活二十年そこそこで大先生の仲間入り。商売上手過ぎて頭下がりました笑笑ってなんの感想じゃ笑笑 てかね、取り方に良いも悪いないのよ、歪んでるも真っ直ぐもない、有るのは個人的主観的な好きも嫌い。その好き嫌いも自分勝手の自分の都合でしかなく、それに正解はなど所詮ないのよ。お互い様だってこと、だから個人的な好きや嫌いは、公の人でない大人や子供なら自由に言えるの。公の大人だと多少影響あるから好きや嫌い言うのも気遣いが必要で大変よね。好きや嫌いを大人になっても自由に大声で言える、小市民で良かったわよね(笑)
頭良いんだったら、よーく考えよう(笑)
うん?最後ちがいませんか?誰かの心に寄り添うものを云々…。それ、前の文脈からだと普通に「私に寄り添ってくれー」って叫んでる。誰かに寄り添うじゃなくて、自分に寄り添って欲しいから寄り添うが大事と言っている。正直になろう。最後に偽善者じゃつまらない。
今日も、楽しませておくんなはれ😆
「bye bye…」
ユキは決してその言葉を使わない。
「さようなら」も
「バイバイ」も 使わない。
その代わりに
「今日は、有り難う」
「また明日」「また今度」
「またね」「また…」はとっても素敵な言葉。
また会う約束もしないくせに、「またね」なんだよそれ?って思った人にはユキのことは解らない。「それでイイのよ(笑)」ユキは、そう言って笑う。
「また会う日までの遠い約束、一期一会なんだから」
ただユキは、別れの言葉が嫌いなだけ。ユキはハッキリした子で気も強かった。ハッキリものを言う子でだったからか、わりとモテていたけれど、「好き」や「嫌い」はハッキリ言うのに、「さようなら」も「バイバイ」も言わない子だった。
ずっと、ずっと、
何度も言った最後の「bye bye…」をユキは忘れられずにいた…。
なんでも馬鹿みたいに忘れて笑ってる子なのにねぇ、「バイバイ」を言った日のことはハッキリ覚えていた。
一度目は、冷たい雨の降る秋の夕暮れ、11歳になったばかりのユキは、病院に居て、その人の肩を揉んでいた、小さくて薄い肩を、まだ小さい手が揉んでいた。
「母さんお肩を叩きましょう♪」なんてものではなくて、ユキは本格的にマッサージを習い母を見舞っては、手足腰マッサージをしていた。その日も肩を揉んでマッサージは終了、母は「有り難う」と言って、ユキに「暗くならないうちに帰りなさい」と促す、何時もの通り「うん、じゃあまた来るね」そう言って病室の扉の前で立ち止まり振り返る、「バイバイ」と言って母に手を振った。
母は笑顔で答えて手を振り返した。なぜだかその日はやけに大きく手を振り返した…ような気がして暫く母を見ていたが、扉を閉めて家に帰った。
それが、母と最後に交わした言葉だった。
二度目は、寒い春まだ浅い朝、まだ空には星が出ていてユキは深夜机に突っ伏して寝てしまっていた事を、父が車にエンジンをかける音で気付いて目が覚めた。窓を開けると、冷たい冷気が入って来た。父は気付いて「行ってくるわ」とユキに言った。「今日は、晴れみたいだね、気つけてねぇ、、」出て行く父に手を振り「バイバイ」と大きく言った。
父は振り返らず車の窓から手を出して振っていた。「遅刻するんなよ」父は手を振りながらそんなことを言っていたが、車のエンジン音で小さく届いた。
それが、父と最後に交わした言葉だった。
三度目は、ユキが就職してから何度目かの夏休みの帰省だった。前の晩は理由もなく長く喋った。父のこと母のこと、そして彼のこと、祖母は、春彼岸の帰省に一緒に来た友達たちの中に居た、彼と彼の息子がユキの決めた相手だと直ぐに見抜いた。そうして「死に別れに嫁ぐ覚悟は生き別れより必要なことは、あんたになら解るだろ?よう考えや」と言った、そんな話を朝まで酒を酌み交わしして、夏の太陽が天辺に昇る前に帰れと急かされ、忙しく蝉の鳴く前に墓参りを済ませ、実家を後にするユキ。
実家の前の地元の人間しか解らないような迷路みたいな細い路地を抜け、国道沿いのバス停まで、祖母はユキを送った、田舎のバスは1時間に1本で正午から午後3時迄はバスは来ない笑笑。午前10時のバスにユキは乗り込み、振り返って、「9月彼とまた来るね!」と言った。祖母は頷いて手を上げて「気ぃつけや!」と言った、バスの最後列のひとつ前の席に荷物を置き、窓を開けると「冷房の冷気が逃げるから窓を閉めろ!」と荒っぽく運転手に怒られながら、祖母に「バイバイ」と言った。
祖母は慌てて運転手に頭を下げて、ユキに「早く、窓しめ!」と言いながら手を振った。
それが、祖母と最後に交わした言葉だった。
以来、ユキは「サ・ヨ・ナ・ラ」は言わない。
「bye bye」は、トラウマみたいにユキの心に刺さったままだ。
ユキが、そんなことを話したのは珍しく、ずっと一緒だったけど、つい最近のことだ。
「けれど私はなんとなく気づいてたよ」加賀美は、微笑んだ。
ただ お前でいい
わずらわしさに 投げた小石の
放物線の軌跡の上で
通り過ぎて来た 悲しみのかけらが飛び跳ねて見えた
その照り返しを その頬に写していたお前
また会う約束などすることもなく
それじゃまたな と別れる
それだけでいい
ただ お前でいい
落とすものなど なんにもないのに
伝言板の左の端に
今日もまたひとつ 忘れものをしたと誰にともなく書く
その繰り返しを 帰り道に笑うお前
また会う約束などすることもなく
それじゃまたな と別れる
それだけがいい
「ただお前がいい 〜俺たちの旅エンディング〜」
作詞 小椋佳
替え歌 心幸
令和7年3月22日
後書き
人ってのは勝手なもので、自分から離れた場所の離れた人のことだと、優しいふりして綺麗な言葉で祈ったり出来るが、隣の子が泣いていようが、母親が子育てに切羽詰まっていようが、知らん顔で通り過ぎる。無関心な隣人になる。そうして事件が起きてから、知った口で言う、「相談してくれれば…」テレビに写し出される異国の子供の為に偽善ぽく誠意大将軍で、ワタシ祈ってますと言えても、隣で苦しんでいる人には冷たかったりする。人間の優しさって云うものほどあてにならないものはない。それでも、祈られないよりは祈られた方がイイのかな?世界の何処かの優しくありたい人に祈られながら、少年は戦火の中で息絶える。丁度、今期の日曜劇場の「御上センセー」の前半の頃のネタに上がっていた、ピューリッツァー賞受賞の写真に解ったようなこと言ってる温室育ちのエリート高校生みたいなものだ笑笑
繰り返し言う、人は二度死ぬ、一度目は肉体の死、二度目は現世を生きる人の想い出の中から消え去る死。「bye-bye」は、態々言わなくて良い。想い出の中にその人を生かし続け自分の身体の一部にしながら共に生きる、そして、また巡り会う人の奇跡も信じる。あなたは、私の中に生き続けているから。
だから「死んだ女より哀れな女は忘れられた女です」とマリー・ローランサンは言ったのか!
流石、フランス女だ、死生観は日本人と通じるものがあるんだな納得(笑)
英語って土足で心の中に入って来るんよね(笑)だから単純な取り方しか出来なくなるんだって想いをあらたにした。
だいたい、あからさまに自分のパートナーやら子供あげるって笑笑 アメリカンでwww こういうのには、心の中に、泥のついた靴脱いで来るくらいで丁度だと思うんだよね、いつも🤣 はい、個人的偏見に満ち溢れる見解です、あくまで、個人の意見です🤣🤣
だいたい、変質的な、推し活で物語が読めない人に人の心の綾を解れは愚問なのかも知れない。物語を物語と読めなくて推しが批判されたと歪んで取って感情剥き出しで🤬←こんな顔文字落書きしているようじゃね笑笑🤣
そんなら、日本人なんだから「ごきげんよう、今まで有り難う、あなたはあなたの出会う人のために、私は私の出会う人のために」って言えよ笑笑 関西人なら「ごきげんよろしゅう、ありがとさんでございました、あんたさんはあんたさんの会わはるお人のために、うちはうちの会うお人のために」くらいで(笑)この関西弁は船場言葉になりますかね(笑)
「bye bye」「Good bye」子供かいな。
日本語は、別れの挨拶の表現もたくさんあった。日本に生まれて良かったと気づけて良かった。英語ならせめて悲しみを秘めた大人なら「See you 」くらいのほうがソフト。
昔は、よく子供の残酷さをテーマに描いた、小説や映画があった。今はコンプライアンスに引っ掛かるのかも知れないが。映画「禁じられた遊び」などは子供の無垢な残酷さを描いた代表作と言える。無垢で天使なことは素晴らしい事ばかりではない。純粋な無垢さほど残酷なのである。人間は悲しみを知り経験し傷つき優しさを覚える。傷ついていない優しさや正義感は残酷な石になる。
一年近くやって来て、はじめて、お題にクレーム(笑) それくらい、この言葉は嫌いだ。
あんまり、派手になりすましや素人のモノマネ張り付いてやってると、また凍結されちゃいますよ、お気をつけて。
うわ、キモ、キショ、、良い人ヅラが仮面剥げてますよ、多分世間知らずのただの承認欲求高目のマウンターセンセーSNS民、やだねぇ、ああはなりたくない、良き反面教師有り難うセンセー(笑)
今夜も、徒然なるままに、自分の心に映りゆく言葉を書くだけ、書く練習帖だから、カウンセラーセンセー気取りは書くとこ違うし、物書き気取りの素人もみっともない。
君と見た景色
前説
ビー玉、ベーゴマ、風船ガムにニッキと
えーと、それから、メンコとおはじき…
あっ、そうそう竹とんぼ、ゴム飛び、紙飛行機、やったわやった、なつかしいなぁ!みんなは、いくつ知っている?(笑)じっさいニッキは苦手だった笑笑
でっかい夕日を背中にしょって
影踏み遊びの子供が走る
涙で乾いた頬ほころばせ
明日に向かって一直線に
ねぇ君 ぼくはこう想うのさ
人生なんて紙芝居だと
涙も笑顔も続きは明日
時って言う名の自転車こいで
やさしさは紙芝居 そして誰もが主人公
三角定規を心にあてて
真っ直ぐ君へと線を引きたい
陸橋海山渡って君が消えても
あとには確かな絆が残る
ねぇ君 ぼくはこう想うのさ
人生なんて紙芝居だと
白くて大きな愛の塗り絵を
笑いや涙の絵の具で染める
やさしさは紙芝居 そして誰もが主人公…
「やさしさ紙芝居」 作詞 松本隆
本日は前説からいきなり本題へ(笑)
1980年のヒットドラマ第2シリーズの主題歌。「僕のセンセーは〜ぁ♪」の後のやつです。本当に、まんま私の心を表現していると思う詩で、またまた松本隆さんは神々しいと思ってしまう作詞家の御一人です。松本隆さんは、秋元康センセーと同じで、お金の計算しながらこんな詩を、スラスラリと書けちゃうような雰囲気が、あるのがまた、人間臭い魅力でプロなんだよなぁという思いと共に大好きな作詞家であります。今回、リスペクトオマージュ引用は、何時もの通りの素人鼻歌替え歌になっておりますれば、どの部分が替え歌詞なのか当てていただけると楽しく思います。そして、その替えた部分にこそ、想いがこもっていたりします。まあ、所詮「虎の威を借る狐でござんす🦊♪」忘八の商売と云う汚れた土の上にスックリと風に向かって立つ葦でありたいが信条。
「物事、商売でも立ち上がりに勢いをつけるには、虎の威を借る狐になること!」は商家に伝わる極意で御座いますれば、悪しからず(笑)
さて、「やさしさ紙芝居」に戻りまして。
熱中時代を君と観たのは、何年前だろう?いや、一緒に観てなんかいないんだ、育った場所が違うから、その時代のお互いを、ぼくらは知らずに育った。でも、ぼくは君と一緒に観たって確信するんだ。だって、ぼくら同じ時間を似たような環境で育って来たから。
ぼくも、公園に母さんは迎えに来なかったし、君も来なかった。いつかそんな話をしたね。ぼくは両親を亡くしたし、君は商家に両親を取られてた(笑)ちょっと違うけど、ひとり夕日の太陽と駆けっこして帰った記憶を胸に仕舞ってた。婆ちゃんの、おばんざいが大好きで、別にひとりで帰る帰り道を恨んでもいなかった。君とぼくはソールメイトだった。
だから、300キロ離れて居ても君とぼくは同じ景色を同じような心持ちで見ることが出来る。
よく喧嘩するけど、昔のテレビや映画や音楽が始まると意気投合して、笑っている。
ぼくの過去にも君の過去にも互いに居なかったけど、ぼくら同じものを見て育った。
君と見た景色。
笑い涙し夕焼けを背負って走った子供時代は、また明日で、くるくる回った。そして誰も皆、青春と云う名の物語の主人公になって頁をめくる。
↑の「…誰も皆、青春と云う名の物語の主人公である」という言葉も、大好きな物語の引用で私はこのフレーズが好きなので、未だによく使います。全文は、こんな感じ「笑い悩み日々を懸命追い生きる人は皆、青春と云う物語の主人公である…」だったかな。今日、この文章を打ちながら、その作家の事を想い検索しましたら、2018年に御逝去されていらしたことを知りました。私の少女期を彩っていただいた作家さんの御一人でした。あなたの連載を楽しみにし、発売日には友達と本屋に駆け込んだあの日、夕焼けに染まる公園のブランコで一人読んでいた、あの煌めきを忘れない。
今日知った、あさぎり夕さんのご冥福を心よりお祈り致します。
あさぎり夕様、星になられたのですね、合掌
心幸
令和7年3月21日
後書き
涙が、こぼれないようにするには、上を向いて歩かなきゃ駄目なんだよ(笑)日本人なら誰でも知ってる歌だよ歌ってみ🤣🤣 足元の小石に躓いて倒れても、何かを掴んで立ち上がればイイんだよ、差し出された手の力強さは生涯の宝になるのよ🤣🤣 傷つくことを怖れなーい😛
「空が落ちている」って表現が、い かにも厨二病だと思ったけど、世間を見た気になってる引きこもりより、多少世間を見たんだろう金髪JKの方が賢いと解る文章がなかなか良かった🤣 空が落ちればイイの〜♪ってその昔勝手過ぎるわ悪魔か!って突っ込まれてたよねぇ🤣🤣 亡くすということを知らない人が書いた文章は、駄目だね。「先に逝く あとに残るも同じこと 連れてゆけぬを 別れとぞ思ふ」家康さんの辞世の句でも味わって、同じ痛みを先に逝く人も、残る人も分け合うのだと云うことを学んでください。人間は二度死ぬと言った人がいました。一度目は自らの肉体の死、二度目は、現世の人の記憶から消え去った時の死です。どちらも正解なんですよ、どちらも悲しみを癒す為の優しさですから。近しい人の死の悲しみに直面すれば解ると思います。経験こそが優しさを教えますね(笑)
手を繋いで
前説
春彼岸 空気は凍てて 布団虫
独居のいびき 北国思ふ🤣🤣🤣
こちらの、春彼岸は風は冷たいが日差しは春の花粉日和かな。蕾を膨らます桜はこの風の冷たさに、まだ、硬く閉じて。梅は寒空に凛として顔を向け春を待つ。明日からは春を通り越す勢いの日和らしく、一斉に桜の蕾も花開き、それを見届けるように、梅は旬を終えて静かに散らずに花は花として朽ちるのでしょう。艶やかな桜の輝きも美しいですが、まだ冷たい空に向かい合って、時には雪を乗せたりしながら、静かに咲いて春を待ち、春の訪れを聴いて静かに朽ちる梅もまたよいものです。今朝はピンと張るような空気の中で、早春の陽を受けて凛として立つ老木に咲く梅を愛でながら、朝早くからおはぎをつくり、長男家族と娘と私たちで、新しく先祖代々に祀られた舅夫婦も眠る菩提寺にお参り。春と云うには寒い空気に風が鼻をかすめ花粉症でなくても、鼻を赤くしすするような朝。
舅夫婦には曾孫にあたる、長男の子供(私たちには孫)と 娘も伴って、ちょっとした人数のお参りで、義父母もご先祖様方も喜んでくれたのでしょうか。帰る頃には寒いながらも春の日差しが眩しい日になりました。そんな春まだ浅い日差しの中で、通り過ぎた少年たちの会話から広がった、お話しを今日はひとつ。
「手を繋いで、想い出にかわるまで」
午前8時30分過ぎ、大通りに面した古寺は彼岸の墓参りの人たちで賑わっていた。大通りから直ぐに境内に入る手前には、露店が並んでいてここで、花を買いお参りをして寺を一周し帰りにまたその露店で一味唐辛子と七味唐辛子を買って、明石焼きを食べて帰るのが定番のコース、結構この地方では名のある菩提寺で、時期には朝から人で賑わうので、家を出るのは夜明け前(笑)恒例のおはぎづくりをする婆は午前4時起き😂 今日も今日とて、婆の婆から教わった、おはぎをつくり。長男夫婦と車2台で出発して、吐く息が白くなるように白々と明け来る春彼岸のお日様が昇る頃駐車場から大通りから露店街そし境内へ、ご先祖様に春彼岸のご挨拶をして、身体を温める明石焼きを食べる頃の時間であった。
前から、近所に住むらしい、13、4歳の少年が自転車で二人乗りをして通り過ぎた。何を話しているのか前後の会話はさっぱり分からないが、すれ違う瞬間にだけ、一人の少年の言葉だけが、くっきりと爽やかに冷たい風を斬って届いた「その日も、いつか想い出になるやん」そう言って少年たちの自転車は通り過ぎた。確かに聞こえた「その日も、いつかは想い出になるやん」少年たちの「その日…」とは、いつなのか?ふとそんな想いにかられ、空を見上げると、境内に鮮やかに咲く梅は旬の時を迎え早春の陽を受けて煌いて、その手前露店街から境内へ抜ける道に立つ桜はまだその蕾を閉じて花開く日を待っている。ふと孫と繋いだ手を見る反対側に夫が居た、顔を見合わせ笑った。同じことを考えていたのだろうか夫が、ひとこと「この日も、いつかは想い出になるやん」と言った。私は、思わず笑って繋いだ孫の手を、グッと握って「覚えてないよね(笑)」と呟いた。視線をあげると、少年たちの乗った自転車は早春の煌めきの中にあっという間に吸い込まれて行った。「その日は何時なんやろね…」心の中でそう呟くと、ようやく温みだした日差しを受けた風が優しく桜の蕾を揺らした。その瞬間、空から届いた、舅と姑の笑い声を私は確かに聞いた。見上げ続けた空が眩しかったのか、花粉か分からないが、クシャミひとつでハッとしてボンヤリ婆ちゃんは孫と手を繋ぐ。手を繋がれてんのどっちかねぇ(笑)
「手を繋いで…」
心幸
令和7年3月20日
本日の後書き
今日も書きます面白いの見つけたから。
「勝手に解った気になるな!と解れ!」なんて自己中で身勝手な🤣 そりゃあ、確かに歪んでるわ🤣🤣 自分で解ってるみたいで良かったけど、それを「解って!」って叫ぶ…? うーん🤔 ってことは、お返事は「解るか!お前の気持ちなんか!!」って言われたいのかな?「解った気になるな!と解れ!」と云うには、それでイイんだよね🤔 そりゃあ確かに歪んでるってことは、よく解るわ。 けれど、「解れ!」の連呼の文脈からは、泣き叫んで「私を、解って!」という怖いくらいの承認欲求を感じるわ、お大事にね。
それにしても、日曜劇場の見世物小屋の白ヤギさんと黒ヤギさん〇〇〇イさんたち飽きたのか?🤣 このところ落ち着いてるけど、書いてる事も同じでしっかり〜って感じだけど。何だか知らんが凄い使命感だと思って見物してたけど、物語に嫌われてても構わず自分の意見が正しいと、しがみつき、おてて繋いで花いちもんめ最後の一人に残っちゃったら恥ずかしいと、やっと解ったのかな?期待。
あれも、国語力、理解力のなさなのか🤣🤣
笑ったわ、ごめん笑うなって言われても笑う🤣🤣 「あなた、厨二病なの〜ぉ」ってやつだったのか。彼にだか彼女にだか片想いなんだね、んで八つ当たりかぁ、よくやるよね🤣 それやると、よけいに嫌われるよ、好かれたいんでしょ実は彼だか彼女にだかに。 イライザ症候群とでも名付けてあげる🤣
でも、そもそもこんなところじゃ性別あんまり関係ないよ🤣🤣 本当に面白い子達だ。趣味の範疇守って赤っ恥かいててください。仔山羊さん🤣 だっから、綺麗事ばっかり言うなって、ドリフも11PMも、大人の世界って綺麗ばっかりじゃないと垣間見えても、ゾワゾワと刺激的だったはず。この世は綺麗な事ばかりでないし、汚いことばかりでもなく、汚れた場所にも花は咲く。だから外の世界に興味を持つ、子供はそうして大人になった…「でも、手袋くらいは買ってねお母さん」キツネのゴンは言いました。でないと、末端冷え性になって赤い天狗に食われてしまうから。
だから、人の真似すんなって🤣🤣
素人が 素人真似て 何になる
鳥でもなかれ 鶯の真似🦜🦜🦜下手真似🤣
てか、そこに愛がないから、厨二が書いてるの丸わかりで草もえる🤣 厨二じゃなかったらアダルトチルドレンの成れの果てかな🦜🦜🦜3羽の小雀月見て啼きます🌙
どこ?
前説
人に気遣いすぎて疲れちゃう、自称繊細さんは、どうしてそんなに人が気になるのか?それはやっぱり、自分が良く思われたいから、優しい気配りの出来る人だと言われたいから、あざといねぇ😂 そんな人に限って嘘やあざとさを否定する、自分の欠点を見せられているように思うのだろうか?結局、中途半端な見せかけだけの気遣いや優しくありたい優しさは、人目を気にしすぎて、壊れてしまって病んでしまうんじゃないかしら。そもそも天然で他人本位で自己犠牲精神の強い方は、それを好んでしているので、我慢や自己犠牲を苦にしませんし気にしません。自分が我慢していることや、犠牲になって、気遣いして疲れるって時点で自己中ですから😂
中途半端上等、気遣いゼロよ。好きなように思いなさいよって人の方が実は正直で真っ当な飾り気ない嘘のない人なのかもね、、そんなことを思います。
どこ?
どこ?どこ?どこから来たのか
黄金バット♪ コウモリだけが知っている♪
アハハハー♪
ご存知の「黄金バット」のテーマ曲。
1970年代に子供時代を過ごしましたから、ご多分に漏れずテレビっ子ラジオっ子成長すれば映画っ子、今みたいに娯楽もそれに触れるツールも多くなく限られていた時代。だからこそ歌謡曲もテレビタレントも映画スターもアイドルも皆で楽しめた時代であったし、老若男女がそれぞれに楽しめなければ、ヒットしなかった時代であった。それが、一家に1台のテレビが一部屋に1台になり、電話はコードレスになり携帯出来るようになり、テレビも電話も一人に一つの時代になった。そして、電話はコンピューターを搭載し、大手会社のオフィスや大学にデスクトップで堂々と鎮座していたコンピューターはノート型PCになり、それさえ携帯電話や腕時計に搭載されて、最早なんでも一人にひとつの時代になって、ものの価値も、みんなで楽しむテレビも家庭用固定電話もなくなり、ヒーローもタレントもスターもアイドルも、個人で楽しむものになって、多様化されたのだろうか?むしろ個人化が進むにつれ多様化は失われたのではないか。他人の家族の趣味趣向を考え寄り添って中間とってチャンネル決めるとか😂 電話する時間も考える必要とかなくなって、とても孤独な画一化が進んでいるように思える。だから今こそ足りない失われたものを求めて孤独で淋しい人間が「寄り添う〜とか多様性〜とか🤬←こんな顔して叫ぶのか?」それならなんとなく分かる。
1970年代テレビのチャンネル権争いは熾烈を極めた。
じーさんはNHKしか観たくなく、ばーさんは金さん、忠相、黄門様を観なければはじまらないし。親父は野球中継で、お母ちゃんは橋田壽賀子、お姉ちゃんは赤いシリーズで、ガキは漫画とドリフ。一家に1台のテレビのチャンネル権争いは毎夜庭先のコロの遠吠えをゴングに繰り広げられるのであった。かく云う我が家にも兄弟姉妹の居る家ほどの抗争はないが、父と娘の間には春から秋には血で血を洗う仁義なきテレビ抗争が勃発するのであった。時には酒の入った親父のやからが爆発、星一徹のような寺内貫太郎のような卓袱台クラッシュが起きるのである。理由は、しょうもない、「伝統の一戦」か「天才バカボン」か「ど根性ガエル」か「8時だよ全員集合」だ。この「8時だよ全員集合」は1970年代PTAの評判すこぶる悪く子供の教育に良くないとされていました。この家庭でも戦後生れは、娘ただ一人であったために劣勢を極め、プロ野球シーズンの夏場にはコロの雄叫びと共にマジバトルは、はじまり結局、娘は泣きながら卓袱台を蹴る、それを見て酔った勢いの親父の卓袱台クラッシュとビンタ炸裂! 今なら近所に通報されるような、DV親父は単に「阪神VS巨人戦」が観たいだけの野暮、見かねたばーさん、「隣の従姉妹の家で観て来な」と助け舟。結局しばしば隣の従姉妹の家へで、「全員集合」も「赤いシリーズ」も「ありがとう」も隣の家の従姉妹姉妹と観た記憶が色濃く残る。けれど小学低学年生は、「赤いシリーズ」や「ありがとう」は、よくCMの間に寝落ちして、気づくと家の布団で寝ていた。酔いが覚めて野球中継も見終わった親父が迎えに来て、親父に負ぶさって帰って布団の中だった、、懐かしいねぇ、三泊四日くらいでバスに乗って行きたいよ。
どこ?なんて言わない。最早タイムスリップなんて小説でもドラマでも映画でも出つくしているネタ、いつ自分の身に起きても「これが、かのタイムスリップなるものか!」と心得て楽しみます(笑)
どこ?でもない、一番屈託のないあの時代を歩いて深呼吸して、自分の今「どこ?」を探して来たい。「忘れものを探しに行きませんか」(笑)
あの日の自分と一回喋りたい、父さんと母さんとばーちゃんと、あの時代の従姉妹の姉ちゃんたちと喋りたい。
そんな夢を見た。
明日は彼岸の中日、春分の日、お墓参り行こう。
春彼岸 震えながらも 蕾立つ
「どこ?」 心幸
令和7年3月19日
本日の後書き
やっぱ、関西弁の一人ノリツッコミは面白い。
それは、素人でも関西人ならDNAがそうさせるのか、そこそこのセンスで笑える、、てか、そういうのが大好きなのだと今夜気づく。関西弁の破壊力大好き…それ昨日のネタやん😂
明日は、どっちだ…♪🤣
どっちでも、どこでも何処でもええやん。
寝て起きたら、そこが明日や🤣
置かれた場所で咲きましょう✨️
コミュニケーションに自信がないなら、他国語より母国語を😂 遠くに有る夢の世界を手にするために近くにいる人を大切に。当たり前のことでは?自分を嫌うのは勝手ですが、人に卑下した自分を語り慰めを請うのをやめれば見え方変わるのでは?何故許されるために謝るの?
そんなに自分が大事?愛されたいと叫んでる感じかな。お大事にね🌙
寄り添う〜 見本を見せるつもりでマウンテンとかする人って?センセー気取りで草もえる🦜🦜🦜💦
私は、あえて寄り添わない「寄り添って〜ぇ」とか、恥ずかしくないのかな?って思う人間もいる訳さ 🤣 世の中広い多様性だろ🤣
寝て起きたら明日になってますって、あなたの都合なんかに関係なく、それでも朝はやって来る。負けるな自分に。
もう日付変わってるし🤣
自意識過剰か😂 誰もお前さんの落書きなんか探さないし、お前さんの好きも嫌いも塵にも等しく世界を動かさない。だから、好きにすりゃいいのさ。
国語力のない人の特徴、単語だけを読み自分の考えで解釈し、行間を想像出来ない。例、食べるのが好き、美味しいの大好きと書いてあれば単に食欲旺盛😂 そのまましか思い浮かべることが出来ない。例えばそれは人生を差しているのかもしれないし、人の感情のことかも知れない。好き嫌いしませんかも知れないし、美味しい話し大好き!なのかもしれないという想像が出来ない。
前後の文章で、分かる空気を感じ取れない。
SNSの増加で、短文しか読まないために、小説などの長文を読み解く力がない。例、3行は呟きやコメント。文章とは、最低300字はあるもの。更に言えば、原稿用紙3枚程度が3分間スピーチだ。
おや、すいみ〜🐠