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10/17/2024, 11:46:00 AM

忘れたくても忘れられない

令和6年10月17日午後
俳優西田敏行さんが御逝去されたとスマホニュースで知らされた。ショックだった、芸能人の訃報に接して涙が流れたのは初めてかも知れない、それほど好きな俳優ではなく、それど好きなドラマの主役だったのだ、私にとって忘れたくても忘れられない神ドラマ「池中玄太80キロ」の池中玄太、どれほど月日が流れても西田敏行と言えば私にとっては池中玄太なのである、それは石原裕次郎と言えば七曲署藤堂俊介ボスと同じくらいに。

忘れたくても忘れられない神ドラマ「池中玄太80キロ」父と最後に観たドラマだ。

その頃私は絶賛反抗期中で父とあまり話さなくなっていたが、このドラマだけは一緒に観ていた。第一シリーズが始まったのが1980年その次の年に父は死んでしまうので、父と観た最後のドラマが池中玄太80キロだった、それからこのドラマは人気を博しシリーズ化される、私は何時も父のことを思い出しながらドラマを観ていた。

「池中玄太80キロ」は、私に子供時代の終わりを告げ、後悔と慕情を教えた神ドラマなのだった。私の父は痩せていたので容貌は少し違うが玄太演じる西田敏行さんに父を重ねていたのかも知れない。そんな西田敏行さんが身罷られた。


お父さん昭和は遠くなりにけりです、入口はどんどん遠くなり、その光はもう見えなくなりました、変わりに出口は近づき、彼方に出口から差し込む光らしきものが見えるような気がします。そんな今でも、「池中玄太80キロ」の玄太さんの声を聞くとお父さんのことを思い出します。

劇中で語られる鶴の子別れの話は、まさに当時の私に打って付けでした。鶴の父親はある日突然子供を突っつくようになる、子供は父親が嫌いになって離れやがて遠い空に飛んでゆく、父親はそんな雛が大空高く飛んでゆく姿を見ている、そんな鶴の話が心に残るドラマでした。

今夜は、そんな忘れても忘れられない私の神ドラマ「池中玄太80キロ」を観ながら西田敏行さんを偲びたいと思います。

お疲れ様でした        合掌


令和6年10月17日

心幸

10/16/2024, 1:35:16 PM

やわらかな光

写真家は負けたと思った、何人もの女をファインダー越しに見つめる、やわらかな光につつまれる彼女たちが無垢なベールから妖艶な肌を輝かせて世に出るそれを導き探り創り出す巨匠老写真家は、その少女のはにかんだ笑顔で真っ直ぐな瞳で、その眼差しを目が合った
恥ずかしさに少し外す一瞬を覗き込んだようにシャッターを切り、少女は驚いたように唇に手を当てて恥じらいで、それでも他の誰にも見せることがないだろう、はじめての秘密のような笑顔を向けているのだ、巨匠老写真はため息を深くつき、自分の長いキャリアを越える若い彼女の為だけの巨匠写真家に負けたと思ったのだ
少女のやわらかな光につつまれ、はにかんだようななんとも例えようのない初々しい青春の一瞬を覗き込むようにとらえた写真家は少女の彼だった、この写真はプロには撮れないと巨匠写真家は呟いた、素人には素人にしか写し得ない一瞬があり切り取れない表現出来ない一コマがあると言うことだ、けれどそれを何時でも満遍なく小出しに尽きぬ泉に湧く湧き水のように出し続ける事が計算で出来るのがプロである、プロを甘く見てはいけないし、素人を侮ってもいけないという事なのだ老人は教えてくれた。

やわらかな光につつまれて
踊るように笑う君の鈴の音のような笑い声

やわらかな光につつまれて
風を纏い走る君はキラキラ輝いて眩し

ファインダーを覗く僕は
君の光につつまれた君を瞬きもせず

シャッターを切り続けた高鳴る鼓動
輝く君は呆れるほどチャーミング

僕はこの情熱を震える指に込めるよ
僕の気持ち受け取って太陽もおそれいる君

出会ったのは互いに14輝きはじめる前の君
僕だけは知っている臆病なはにかみ屋さん

15の夜は二人で弾けた跳ねる盛の君の躍動感
僕の胸に届く熱い鼓動二人で迎えたやわらかな光の朝

花盛りの16、17君に差すやわらかな光
より輝きながら大人への扉をあける艷やかな白き腕 指先

君の気持ち掴もうとくるくる舞う僕の真夏
君といればいつだって熱い夏 雨雲も逃げて
光差す空さ

もしや 弾けて君のやわらかな光を見つけて
追いかけて掴んで掴まれて18エイティーン
輝きます君と


そんなド素人だけど、彼女への愛だけは誰にも負けない彼が向けたファインダーに応える彼女のプロには写し得ないやわらかな光を彼女は信じて微笑むから、今その一瞬、彼は巨匠写真家を凌ぐ写真家になり、彼女はピカピカのモデルになり得るのだ。


令和6年10月16日

                心幸 

10/15/2024, 11:39:39 AM

鋭い眼差し

鋭い眼差し、、それはゴルゴ13か!?

ゴルゴ13名言集(笑)

その正義とやらは、お前たちだけの正義じゃないのか? 

東郷が「その正義は、お前たちだけの正義じゃないのか?」と質問すると、首脳はこう答えた「ふざけるな、アメリカの正義は世界の正義だ!」と激高した、すると東郷は、拳銃を発射首脳の額を撃ち抜いた。

「アメリカの正義は世界の正義」の名の元に繰り返される虐殺は東郷にとっては受け入れられず「俺たちにあらずは人にあらず」と感じたようだった。

「正義」それは、それぞれの人の立場や生きてきた環境によって違い、ひとつの「正義」は、ひとつの「悪」になり得る、そんな矛盾を東郷の言葉は表現しているのだ。


私は、朝ドラ同様漫画も最近のものは全く観ないし読まないのだが、昔のものは好きなものがいくつもある。

まず、朝ドラは実家も自営業だった為、朝が早く通勤時間も無い為、家族揃って朝食をとりながら観ていた。その当日の大人たちは、ラジオドラマの流れを汲んでナレーションだけ聞いていれば事足りる朝ドラは忙しい朝には丁度良いのだろう、必ずかかっていた。大人になってサッパリ観なくなったが、近頃セミリタイアで暇人になりつつあるので、早い朝には家事の後で、朝ドラよりも前日の深夜帯のドラマの録画なんかを観る、朝が早いとどうしても深夜帯のドラマは観れない、朝が遅い昼くらいまで寝てると深夜帯のドラマもリアタイで観れるのか?居眠りせずに(笑)
まあ、会社員だと通勤時間の加減もあり、自宅から会社まで時間がかかると、朝にドラマなんて余裕はないのだろう御苦労なことだ。

漫画も、昔は少女漫画から少年漫画までよく読んだが、最近はサッパリだ、どうだろうジブリもディズニーも、まあ子供が大人になったということか観なくなった。そう言えばジブリもディズニーも「アニメ」と言うらしいが、「アニメ」を「漫画」と呼ぶ世代なのだ。けれどそんな中でも漫画のキャラの台詞も思い出すものは沢山有って、ゴルゴ13のこの台詞は心に留めている台詞だ。

鋭い眼差しのデューク東郷は「10%の才能20%の努力、そして30%の臆病さ、残りは運だ!」とも言う能天気な運命論者でもあるが、まあ、実際 努力しない人に限って自分の努力をひけらかすし、愚者ほど虚勢を張り上っ面のものに拘りセンセーなんて自分を呼んだりするものだ(笑)


令和6年10月15日 

                心幸

10/14/2024, 12:52:55 PM

高く高く

高く高く昇って行くんだ。何時までも高い高いしてもらってママに「よしおちゃん」「ぼくちゃん」なんて、まあ呼ぶ方も呼ぶ方なので、そんな親の子はこの親にしてこの子ありの鬼の子なのだ、だいたい高く高く昇って行く人は、人がみな最初子供だったことを知っているので、「子供のままいたいよぉ」なんて狡賢いことは言わないのである。自分より先に生まれ自分より先に歳を取り老いてヨチヨチ歩く子供に返り、やがて記憶さえも朧気になる、自分を産んだ人を守りたいと思うから、いつか自分がしてもらったように。

だから、子供のままでなんかいやしないんだ。
その日暮らしの自由な子供は幸せか?うん?いや、きっと一生涯永遠にそれならきっと寂しいと言おうか寂しいという感受性さえ幸せの何かさえ分からないはずだ、不自由があるから束の間の休日は嬉しく、不自由があるから自由な小さな仕合わせは守られ、その1片に自分がいるということに気づき、守るべきものを自分の力で守り抜いた時、気分は高く高く高揚し生かされている生まれてきた喜びを知るのだろう。
それが大人になるということ。

日がな寝て、遊んで暮らす、それが幸せと思うなら、いつまでも子供のままで親に大人に社会に寄生し続ける、傷つきやすい何時も被害者の子供のままでいるがいい、けれど子供のままでいれば、子供のようにあどけなかった日の気持ちを美しいと思い寄せる感受性も育ちはしないだろう、大人になったからこそ子供時代を懐かしむことが出来るのだから。

高く高く伸びて行け
高く高く昇って行け

呑気者で怠け者で
自称ナイーブで繊細なジャックという少年がいました。

お母さんは貧乏暮らしをしているのに、お構いなしに、呆けていて好きなことだけ自由にやっているジャック、好きなことが出来るのはお母さんのお陰なのに、他の子供比べてうちは貧乏で、ぼくちゃんはやりたいことが出来ないよと文句ばかりを口にしていた。

ある日、不思議なお爺さんがミルクが出なくなった雌牛を売りに行くジャックに話しかけました。お爺さんは奇妙な形をした豆を持っていて、ジャックがそれを欲しがると「不思議な魔法の豆だ」その雌牛となら交換してやろうと言いました。ジャックは不思議な豆が欲しくて欲しくて雌牛と豆を交換してしまいます。

帰宅すると、母親に酷く叱られました、当たり前です、明日食べるお金に換える為に雌牛を売る決心をしたのに、小さな豆ひと粒と息子が交換してしまったのですから。

お母さんに叱られて、悲しくなって
ジャックは、外に豆を捨てたのでした。

すると、あくる朝、豆は巨大な木になって天の雲まで貫いていたのでした。

それを見たお母さんは、驚いて木に登ろうとするジャックを危ないからと止めましたがジャックは、「待ってて、お母さん僕天まで登って行って、何か珍しいものはないか探してくるよ、見つけたら必ず、お母さんのところに帰るから待ってて」ジャックはどんどん高く高く登ってやがてお母さんのいる場所から見えなくなってしまいました、お母さんは心配で心配でハラハラしていましたが、あの臆病で何時までも僕ちゃんのジャックが、自分から進み勇ましく木を登って行く姿に圧倒され見つめていました。

ジャックが木を登ると、雲の上には人喰い巨人が住んでいて、大きな屋敷かありました、丁度巨人は昼寝をしていて、その庭先には金の卵を産む雌鶏がいるのを見つけました、ジャックはその雌鶏を盗み出し、逃げる途中、中庭のあずま屋にある珍しいハープを見つけそれも盗み出そうとしましたが、突然ハープは喋り出し、人喰い巨人は目を覚まし、ジャックを追いかけ回して巨体を揺らし走り出しました。

ジャックは大慌てで木を下りて逃げることに成功し、まだ怠惰な生活で肥えた巨漢の人喰い巨人がモタツイテいるうちにジャックは斧で木を切り倒してしまいました。やっとこ巨漢を揺らし木を下りて来た人喰い巨人は落ちて空に呑み込まれてしまうのでした。

その後、金の卵を産む雌鶏を飼育したジャックは、母親に新しい家を創ったのでした。


人喰い巨人の庭に忍び込み金の卵を産む雌鶏は盗むは、果ては自分を追いかけ回す人喰い巨人を木から落としてしまうジャックなのでした。

その教訓は…

人生を変える勇気を持つ時は、他の大勢がやらないことを、自分を信じて自分の意思に従ってやるが良い、結果の責任は誰を問う必要もないということ。

自分の居場所を自分の意思で決めることが出来て責任も自分で取ることが出来るそれが大人。

高い高いのその後は、自分で自分の意思に従って高く高く登って行くのだ。


令和6年10月14日

心幸




10/13/2024, 2:17:04 PM

子供のように

可哀想に思いました放課後への執着という投稿
そんな青春もあるのかと、、。

私には過去は縛られるものではなく、過去は、いつも私の味方であり、いつも背中を押してくれるものであると捉えているので、満たされなかった想いへの執着よりも、満たしてくれたものへの愛情それが放課後への想いですねぇ、、

それはイギリスの詩人にして児童文学作家A・A・ミルンにより1926年に執筆された、児童小説「くまのプーさん」のようである。

子供のようにと子供のままは決定的に違うのだ
ろうということを、ここに記す。


「子供のように」

成熟し遠い昔を懐かしむような壮年期を迎え、ふと庭のポーチに腰掛けると、昔懐かしい友人、くまのプーさんとその仲間たちが遊びにやって来る。ポーチを抜け出し私はプーさんたちと森に遊びに出かける、やがて遊び疲れて帰ると、ガタンと物音がする。ハッと我に返って飛び起きる、猫のミーシャが窓辺でこちらを見ていた、振り返ってもプーさんたちはいない、けれど何処からともなく風にのり楽しい音楽が聴こえてくるのだ。
午後の微睡みから覚めて膝掛けを外し立ち上がる、「またねプーさん」と呟く私の中の子供のような時間。

「子供のまま」 

成熟が何かしらに妨げられ、自分でその杭を抜く力が備わっているのに、外に出る勇気が自分になくて、流れを塞き止めた状態で過去にしがみついて満たされなかった思いに執着している。誰も助けてはくれない、そこからは自分で出るか、「大人になれなかった少年」として
子供のまま残るかだ、他の子供たちが育って行くことが羨ましくて寂しくて悔しくて、決してない国、決して終わらない国、子供たちがずっと子供のままでいられる国に誘うが、他の子供たちはお母さんが心配するからと朝を待たずに帰るのだ、大人になれなかった少年はネバーランドという国で独り子供のままでその国という子供部屋に居ることになるという「ピータパン」というこれもイギリスの作家ジェームス・マシュー・バリーの作品である。「ピータパン」はサブタイトル、大人にならない少年
大人にならなかった少年、大人になれなかった少年とあるが結局大人になれなかったが結論のようである。

それが子供のようにと子供のままの違いだ。

自然に大人になって行くことが苦しく悲しい時は誰しもある、そんな時は過去が味方になってくれるはずだ、容易いことだ愛すればいい過去の自分を。

そうなれるだろう、そうなれる道を…
そこからだよ(笑)


令和6年10月13日

心幸




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