力を込めて
「力を込めて、よーいドン!」
高い秋の空に響く子供たちの歓声が届く
心地良い秋の1日のはじまりも知らずにカーテンを閉ざして夢の中の君よ、思い出してごらん
素直に腕を振って走っていた頃を、徒競走にリレーに組体操、、そうか組体操は君はやらない世代?危ないからね、徒競走もひょっとしてリレーも順位はつけないってやつ?そりゃあ夢中になれないのかも知れないね実現することに。
悔しがることや寂しい思いをすることみんな排除して育ったから、嬉しい涙より悔しい涙の方が大切な想い出になるってことを経験出来ない。すると、自分主語で自分の価値観が通らないと貧乏ゆすりが始まって、相手が敵に見えて憎む。
昔、こんなことを言ったお爺さんがいました。
「正義を語るな、正義は一生涯心に秘めて生きろ、憎まれて憎み、憎しみ合うより、助け合え」そんな感じだったかなぁ、、繰り返される名作は普遍的なメッセージを持っている、だから不朽の名作と言うんだよ、言葉だけではなく言葉の意味を味うんだ、でないと何時までたったって厨二病、厨二病からアダルトチルドレン部屋のカーテンは昼過ぎまで閉めたままで、遠い昔も想出せず、古臭いと何故それが残るのかを想像しようとしない。
厨二病くらいだと古臭いとか言って馬鹿にするが、読み解くのは読み手だということを忘れてはならない、その時こそ自分主語をだせよ(笑)新しいものは古いものがあるから生まれるし、今新しいものは、いずれ古臭いものになる、隣の別次元の人と挨拶も出来ない目も合わせないそんな大人子供になる前に、天高く空は青かった日の声援を、素直に懐かしみたいものだ。
朝から流れる
懐かしい、運動会のBGMと声援に、力を込めて天を仰いだ。
令和6年10月7日
心幸
過ぎた日を想う
「躾糸」
なぜ 巡り合うのかを
私たちは 何も知らない
いつ 巡り合うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかも知れない
なぜ 生きてゆくのかを
迷った日の ささくれ(ささくれ知ってる?笑)
こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中
縦の糸はあなた 横の糸私
織りなす布は いつか誰かの
傷を庇うかも知れない
縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき人に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます
作詞 中島みゆき
「糸」
この歌詞の
あなたと私の糸が
織りなす布が いつか誰かの傷を庇うかも知れないという歌詞が好きである
逢うべき人に出逢えることを
人は仕合わせと呼ぶという歌詞はまさにその通りだと想う
私が祖母から貰い子供たちに手渡した糸は
「順番守れ!」ってことだけでした
勉強も、人付き合いも、世あたりも、仕事も
全て順番 家事も育児もご近所づきあいも順番が大事
順番が守れない人は嫌い(笑)
でも、私に嫌われたって、大したことじゃないだから大丈夫
そして同じように、あなたに嫌われても、大したことじゃないのよだから大丈夫
自分をどんな偉い人間だと思ってるのか? あなたに嫌われたってだれも困りゃしないわ どんな自意識過剰だ 謙虚になれと祖母なら笑い飛ばすだろう。そんなに自分の嫌いが大事なら、あなたに嫌われたら困るって人間になれ!なってから、あれが嫌いだあいつが嫌いだと指を差して裁け!それが私が貰い子供たちに渡した躾糸だ
努力は当たり前にするもの ワタシやりました!そんなもを、ひけらかすな!
優しさも「優しくありたい」なんて宣言してひけらかしたら値打ちが下がるんだよ(笑)
縦の糸と横の糸は違う方が良い
けれど 全く違っては強い布には、ならない
糸の質を見極める力を持て
闇雲に 自分と同じ糸を求めず
自分と同じ性質の糸を求め布を織れ
だから、黙って探すこと 見つけ出すこと
見つけてもらうことは大事だ、この砂漠のような風吹く世間で、そうして逢うべき人に巡り会えたら仕合わせなんだろう
そして 縦と横の糸で織り上げたその布は常に
今の時代に相応しいとか相応しくないとか
正しいとか正しくないとか
都合が良いとか悪いとか
そういう物差しではなく
より 味方が少なく
より 血を流している
誰かの傷を さり気なく
庇える布になれ
私が 祖母から貰った躾糸は
そんな ものだったから
私は そんな風に生きる
過ぎた日を想うと
いつも 祖母からの躾糸が
私の背筋を伸ばさせる
自分の背中を押してくれるものは
そんな過ぎた日の躾糸だ
令和6年10月6日
心幸
星座
それは無理な話だ この暗闇に手を伸ばして
「…踊ろうか?」と誘っても 彼女には届かない分からない奴だなと馬上の人は呟いた。
住む世界が違うんだよ それは水の瓶を抱えて水汲みに歩き瓶を抱えて休むお前が、アンドロメダの星を越えペガサスに跨るわたしのところに着くほどの距離よ。何万光年離れていると思っているのか?そりゃあ目を離したら二度と見えなくなると心配になるし声も届かないと苛つきもするのだろうな、毎夜毎夜届かない掴めない読み解けないと苛つき、それを吐くように瓶にぶち撒けているなお前は、だからお前は嫌われているのだ彼女に。
だからな、そうして、毎夜見つめるのが精一杯よ それくらいは許してやろうじゃないか。
なかなか探すのも難しい お前の場所からじゃな(笑)
知恵の女神アテナはペガサスを飼いならし、芸術の女神に贈りました その天馬ペガサスにペルセウスは跨りアンドロメダ姫に逢いにゆくのですから彼は上からです(笑)
ペルセウスは続けます。
お前はその世界のまだ端で水を汲みにゆく青年なのだ 分をわきまえろ。 彼女とは遠く離れている目には見えるけど 手も届かなければ言葉も通じ合わないのだ目を覚ませ!
なんて酷いしうちでしょう、けれどそれこそが現実。
いくら目に見えても二人を隔てる距離は誰にも埋められないのです。 それを自分の手を取れ言葉を聞けと独り善がりで利己的なナルシスよりもナルシストな自惚れの水瓶を抱えた、見た目だけの青年を馬上ペルセウスは気の毒に思い伝えようとしたが、、いや、まて私の言葉もあの水汲みの青年に届くはずもなく、気が済むまで、やらせておくしかないのかと我に返ったのでした(笑)
住む世界が、仮に同じでも魂の距離心の距離が離れていれば通じ合わないのと同じ。
星座は目に見えるけれど この闇の彼方その距離は光の速度でも時空を越えるほど遠いのだと自で気づくしかないのだ。
いい加減 気づけよ(笑)
令和6年10月5日
心幸
踊りませんか?
「Shall we ダンス?」
1996年公開 監督 周坊正行
主演 役所広司 草刈民生
しか思いつかない、楽しいような切ないような
不思議な映画、、また中年サラリーマンの夢物語。
男性目線のエンタメ映画ドラマも久しく観ないが、その終焉の美のような映画でもあった。貞操で奥ゆかしく夫を愛する妻は夫を理解し許し、夫は妻に文句がある訳じゃないけれど黄昏ゆく我が身の夕暮れを、車窓に映るうら若き踊り子に映し遠い海だか山の音だかを見たり聞いたりしてしまう、勝手にやってろ!的な映画
彼女は悲しげな眼差しで遠くを見つめ、風に戸惑う弱気な僕に通りすがりに影を落とす、本当は見た目以上に涙もろい過去があると勘ぐり
消せどもゆる魔性の火勝手に燃え上がらせて中年サラリーマンの悲哀物語は始まり、門を叩くそのうち社交ダンスの楽しさに目覚め、仲間を得て青春リメンバー・ミーの中年サラリーマン
格好良くお嬢さんの蟠りを解し元の居場所に戻し、花は日の当たる場所で水を受けて咲かんとす、中年サラリーマンスキップしながら家に帰る、「トキメキは、遠い日の花火なんかじゃない」家に帰れば 物分かりの良き妻が笑顔で迎えるのであった。
役所広司たからだからねー許されるの
そこのオジサン(笑)遠い日の花火は五番街の場末のスナックにでも鍵かけて閉じ込めておいてください。
そんなくだりより、たま子先生の
「王様と私」の乙女チックな夢物語の方が素敵だった。
「The・King&I」
「Shall we Dance?」
1956年米国映画
ブロードウェイミュージカル1951年初演
ユル・ブリンナー素敵だったよねぇ、たま子先生。
令和6年10月4日
心幸
巡り会えたら
巡り会えたら良いのにね
顔なし名前無しの孤独な君が
イチニサンシほらみんなワタシと同じ意見よ
ワタシは視聴者の正義の常識の代弁者よ
だから ワタシに嫌われたら終わりよ
だから ワタシが嫌いなものは加害者でワタシは被害者よっていつもいつまでも泣きながら 自分にイイねで嫌われているものにしがみつく 独り善がりで我が儘で利己的な自分に飽きて
居場所と顔とニックネームくらい名乗れる度胸と愛嬌を 躾けてくれる人に巡り会えたら良いのにね
祈っているよ
君 この世は右と左の振り子時計なんだよ
君の正義と常識と 反対側の誰かの正義と常識が振り子のように 右と左に同じ感覚と調べで
行ったり来たり揺れながら 時間も時代も世間も進むんだ そうでなければ 片方にだけ偏れば 時間も時代も世間も動かなくなるんだよ
君 よく覚えておくんだ この世は振り子時計
君の正義と常識と 反対の誰かの正義と常識が
チクタクチクタクボーンボン 右と左に同じ調べで 動く動き続けることが平和と言うんだよ
そうでなければ 片方だけに偏れば ガラガラと音をたてて 平和は崩れてしまうさ
そして 時計は時を刻むことを止めてしまう
振り子を止めるんじゃないよ
右と左に揺れる 静かな揺らぎの中に
君と誰かの平和な暮らしがあるのだから
チクタクチクタク チクタクチクタク ボーンボン それは持って生まれたものでも そこに当たり前にあり続けるものでもないんだ 誰かが導いて 教えてくれるものでもない
顔なし名前無しの孤独な君に語ってくれる人から 君が学び取るものだから 君がどっちから
振り子を押すのかは 君がその人生経験で決めれば良いこと けれど忘れてはいけないことは
振り子を止めてはいけないってこと
正義も真実も決して一つじゃない
チクタクチクタクチクタクチクタクボーンボン
右と左の揺らぎの中で時は刻まれる
巡り会えたら良いのにね
孤独な独り善がりの
顔なし名前無しの君にも
そんなことを語ってくれる人が
令和6年10月3日
心幸