保存用
まるで小さな聖域のようだと、そんな感想を漏らせば、まるで厨二病だときっと笑われるのだろうけれど。
広い敷地内の中いくつか点在するその樹木が嫌いじゃなかった。猛暑の日照りの中、木漏れ日の下、柔らかな風が肌を撫でては微かな緑の香を鼻孔へと届けてくる。深く息を吸い込めば
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テーマ;揺れる木陰
それはいつの日か定めた、ママゴトのようなたわいない秘め事。
今になって考えてみれば、なにも特別なことなどではないセピア色の1ページ。けれど、幼き日の無邪気な心にとっては、何事にも変え難い眩いばかりの宝石のような煌めきに見えていた。
幼心の無邪気さと無知とまだ見ぬ未来への羨望、誰にも理解されない理解されたくないという未熟で青い反抗心。秘密というほんの少しの背徳感に、互いへの執着にも似た独占欲をスパイスに溶かして煮詰め交えた、ちょうど大人が立ち入れない小さな閉ざされた世界を築き上げる程度の、ありきたりで使い古されたストーリー。
されど それは痛い程に透明で、誰にとって無意味だとしても本人たちにとっては神聖でかけがえのない秘密。誰の目にも触れさせない、いっそ信仰にすら等しい無償の、ただし存分に歪んだ献身。
『だいすき。誰より何より大切よ』
──愛してる。そんな言葉は知らなかった。
そしてそれは正しく、愛ではなかったのだろう。ただ、どうしても手放すことができなかっただけだ。手離したくなかったから、まだか細い指先を絡み合わせて肌を寄せあって。何者にも妨げられぬよう境界線をあやふやに、互いが互いの唯一で在り続けんとした。
それは、いつかしか色褪せた過去。
まだ幼い日の、ふたりだけの秘め事。
「──愛してる」
妖艶な笑みを纏わせ誰にそう嘯いてみせたとしても、あまりに初々しい、まだ何者も知らず無垢だったあの頃の混じり気ない"好き"には決して敵わない。
使い古された告白にイロと欲望はあれど、焦がれるような想いは欠片も込められない。大量生産のチープなチョコレートみたいな、陳腐で心にもない薄っぺらい睦言を振り撒いて。ありふれた熱を求める。
「寂しいの」
喪失の恐怖は身を蝕み心の臓までもを凍てつかせてしまう。それでも尚、この両手から取りこぼされるものがあるなんて耐えられないのだ。あまりに尊すぎて眩しすぎて容易に触れるなんてできない、この美しい魂をいつか失う日が来るだなんて、どうあっても。誰よりなによりもと、そう希うのはただ1人だけ。
それならばと、可愛らしく微笑ましい夢は夢のまま この世のものとは思えないほど美しく、どこまでも慈愛に満ちていて。呪いのような言霊をそっと飲み込んで。
「あたためて」
主語のない感情をイミテーションで彩って。無垢なふりをして、甘やかに愚かしく。
嘘も誠も光も闇も全て抱え込んで、この薄い腹の内は底など知ることない通りすがりの誰かさんに曖昧に笑うのだ。
今日も明日もその先も。ぽっかり空いた隙間が埋まることなどありえないと理解しながら、伽藍堂な胸を焦がして生き続ける。
『大好きよ』
ほんの微かも理解し合えない胸の裡をそっと擦り合わせて。未だ変わらず触れ合う36度8分の体温に安堵しながら。
永遠の太陽に溺れながら。
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お題:二人だけの。
そっと両手のひらでカーブに沿って包み込んでみる。じんわりとした温かさが陶器を伝って熱を届けてくれた。ふんわりと茶葉の香りが鼻腔を撫でる。
それだけで少し笑顔と余裕が生まれる気がした。
紅茶をいれて飲む。
ただそれだけの時間にしたらたった10分の毎日のルーティーン。
お湯を沸かして、お茶を選んで、カップを温めて、茶葉に熱湯を注いで、砂時計をひっくり返す。慣れ親しんだ一連の動作。考えるより先に手が動くけれど、ふとした瞬間に広がる香りが心を癒してくれる。
いつから始めたことなのかは覚えていない。最初に丁寧なお茶の入れ方を知った。味の違いはそれほど分からないけれど、色味や飲んでいる最中の冷め具合が違う上に穏やかな心地になれるとそう思ったから。一日の1/480を費やすと決めた。
「今日もいい日になりそう」
そう、明るい気持ちで今日をスタートできるから。ちょっとした贅沢は私を前向きにさせてくれる。
月が綺麗と、かつての文豪はそう訳したらしい。
随分と文学的で情緒ある表現であると、ありきたりではあるけれど初めてそのフレーズとエピソードを知ったときに思った。
けれど、もし、もし。空に浮かぶその天体を好いた相手と見られるのだとすれば、どうしたって美しく忘れられない時間になるのではないかと、愛も恋も知らぬ幼いばかりの私は朧気ながらに夢想した。
とにかく、恋愛というものは混じり気のない純粋で洗礼された神秘的なものであると、疑いようもなくなんの根拠もなく盲目的な程に信じ込んでいた。
───
「無知で無垢であることは幸いね。醒めぬ夢なら酔ってもいられるのに」
リアリストのわりに夢見がちであった彼の人はやがて現実を知り、弾けた水泡はあとも残さず消え去るだけ。
見上げた空はあまりに遠く、届かぬ天体はただそこに在り続けるのみ。
「願ってしまったから」
誰しもに平等に降り注ぎ美しく佇むその姿を、妬ましいとそう感じてしまうから。
「綺麗だなんて、言いたく ない」
どこかに行きたいと願った。
どこか──
それが何処かはわからない。
いや、もしかして、そうきっと 場所は問わないのだろう。
ただ、今が、この場所が嫌で。ただ、それだけが真実で。いっそすべて放り出して身軽になってしまいたい。ただ、それだけの衝動。
知っている。どこか、なんて存在しない。逃げても何も変わらない。それでも…… 心が軽くなるから
「さぁ、いこう」