渚雅

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月が綺麗と、かつての文豪はそう訳したらしい。


随分と文学的で情緒ある表現であると、ありきたりではあるけれど初めてそのフレーズとエピソードを知ったときに思った。

けれど、もし、もし。空に浮かぶその天体を好いた相手と見られるのだとすれば、どうしたって美しく忘れられない時間になるのではないかと、愛も恋も知らぬ幼いばかりの私は朧気ながらに夢想した。

とにかく、恋愛というものは混じり気のない純粋で洗礼された神秘的なものであると、疑いようもなくなんの根拠もなく盲目的な程に信じ込んでいた。


───


「無知で無垢であることは幸いね。醒めぬ夢なら酔ってもいられるのに」

リアリストのわりに夢見がちであった彼の人はやがて現実を知り、弾けた水泡はあとも残さず消え去るだけ。

見上げた空はあまりに遠く、届かぬ天体はただそこに在り続けるのみ。


「願ってしまったから」

誰しもに平等に降り注ぎ美しく佇むその姿を、妬ましいとそう感じてしまうから。


「綺麗だなんて、言いたく ない」

6/13/2025, 8:24:25 AM