渚雅

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それはいつの日か定めた、ママゴトのようなたわいない秘め事。

今になって考えてみれば、なにも特別なことなどではないセピア色の1ページ。けれど、幼き日の無邪気な心にとっては、何事にも変え難い眩いばかりの宝石のような煌めきに見えていた。


幼心の無邪気さと無知とまだ見ぬ未来への羨望、誰にも理解されない理解されたくないという未熟で青い反抗心。秘密というほんの少しの背徳感に、互いへの執着にも似た独占欲をスパイスに溶かして煮詰め交えた、ちょうど大人が立ち入れない小さな閉ざされた世界を築き上げる程度の、ありきたりで使い古されたストーリー。

されど それは痛い程に透明で、誰にとって無意味だとしても本人たちにとっては神聖でかけがえのない秘密。誰の目にも触れさせない、いっそ信仰にすら等しい無償の、ただし存分に歪んだ献身。


『だいすき。誰より何より大切よ』

──愛してる。そんな言葉は知らなかった。

そしてそれは正しく、愛ではなかったのだろう。ただ、どうしても手放すことができなかっただけだ。手離したくなかったから、まだか細い指先を絡み合わせて肌を寄せあって。何者にも妨げられぬよう境界線をあやふやに、互いが互いの唯一で在り続けんとした。

それは、いつかしか色褪せた過去。
まだ幼い日の、ふたりだけの秘め事。




「──愛してる」

妖艶な笑みを纏わせ誰にそう嘯いてみせたとしても、あまりに初々しい、まだ何者も知らず無垢だったあの頃の混じり気ない"好き"には決して敵わない。

使い古された告白にイロと欲望はあれど、焦がれるような想いは欠片も込められない。大量生産のチープなチョコレートみたいな、陳腐で心にもない薄っぺらい睦言を振り撒いて。ありふれた熱を求める。


「寂しいの」

喪失の恐怖は身を蝕み心の臓までもを凍てつかせてしまう。それでも尚、この両手から取りこぼされるものがあるなんて耐えられないのだ。あまりに尊すぎて眩しすぎて容易に触れるなんてできない、この美しい魂をいつか失う日が来るだなんて、どうあっても。誰よりなによりもと、そう希うのはただ1人だけ。

それならばと、可愛らしく微笑ましい夢は夢のまま この世のものとは思えないほど美しく、どこまでも慈愛に満ちていて。呪いのような言霊をそっと飲み込んで。


「あたためて」

主語のない感情をイミテーションで彩って。無垢なふりをして、甘やかに愚かしく。

嘘も誠も光も闇も全て抱え込んで、この薄い腹の内は底など知ることない通りすがりの誰かさんに曖昧に笑うのだ。

今日も明日もその先も。ぽっかり空いた隙間が埋まることなどありえないと理解しながら、伽藍堂な胸を焦がして生き続ける。



『大好きよ』

ほんの微かも理解し合えない胸の裡をそっと擦り合わせて。未だ変わらず触れ合う36度8分の体温に安堵しながら。

永遠の太陽に溺れながら。








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お題:二人だけの。

7/15/2025, 10:38:14 PM