渚雅

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6/13/2025, 8:24:25 AM

月が綺麗と、かつての文豪はそう訳したらしい。


随分と文学的で情緒ある表現であると、ありきたりではあるけれど初めてそのフレーズとエピソードを知ったときに思った。

けれど、もし、もし。空に浮かぶその天体を好いた相手と見られるのだとすれば、どうしたって美しく忘れられない時間になるのではないかと、愛も恋も知らぬ幼いばかりの私は朧気ながらに夢想した。

とにかく、恋愛というものは混じり気のない純粋で洗礼された神秘的なものであると、疑いようもなくなんの根拠もなく盲目的な程に信じ込んでいた。


───


「無知で無垢であることは幸いね。醒めぬ夢なら酔ってもいられるのに」

リアリストのわりに夢見がちであった彼の人はやがて現実を知り、弾けた水泡はあとも残さず消え去るだけ。

見上げた空はあまりに遠く、届かぬ天体はただそこに在り続けるのみ。


「願ってしまったから」

誰しもに平等に降り注ぎ美しく佇むその姿を、妬ましいとそう感じてしまうから。


「綺麗だなんて、言いたく ない」

6/7/2025, 8:49:28 AM

どこかに行きたいと願った。


どこか──

それが何処かはわからない。
いや、もしかして、そうきっと 場所は問わないのだろう。

ただ、今が、この場所が嫌で。ただ、それだけが真実で。いっそすべて放り出して身軽になってしまいたい。ただ、それだけの衝動。

知っている。どこか、なんて存在しない。逃げても何も変わらない。それでも…… 心が軽くなるから


「さぁ、いこう」

6/4/2025, 3:54:20 AM

『──また……会おう、ね。絶対、だから』

あの時にした一方的な呪(まじな)い。

数時間後には呪(のろ)いとなったその切実な願いほど悲しい約束を、私は未だ知ることはない。


────

あの日、日が照っていたかどうかすらよく覚えていない。けれど確か傘を指した覚えもないからきっと太陽は顔を出していたのだと思う。

その時は、そんなことすら気に止まらなかった。ただひたすらに、あなたの傍に一刻も早く立ちたいと願った。初夏と言うには日の経ちすぎた7月の初めだと言うのに、暑さは感じず ゾッとしたようなさむけを感じたことを覚えている。


私があなたの元へ向かったとき、あなたは既に意識はなく。繋いだ手が随分と頼りなく冷たくなっていた事に、いやにリアリティーのある病巣の存在を意識した。

眠っているというよりはただ魘されるように目をつぶるその姿。しっかりと痛いほどに握られた手のひらと、忙しなく動き続けるグラフだけが あなたがまだこの場所に留まっていることを示していた。


「言いたいこと沢山、あるんだよ。早く起きてよ」

──叶えたかった夢が叶う準備が整った。ずっと行きたかった海外に行くことになった。オシャレな着物を予約した。研究発表を任された。

数え切れないほど伝えたいことがあった。これから見せたい姿があった。写真も映像も山のように持っている。そうでなくたって たわいもない話がしたい…… どれだけの望みを目をつぶり続けるあなたにしただろうか。

医師から一方的に伝えられた面会時間はたった10分。そのうちの9分間ずっと、留まることなく喋り続けた。


「お願い。お願いだから 目を覚ましてよ。約束してよ、また……会いに来るから」

病状が変わらない限り、あなたに会えるのはこれで最初で最後だとはじめに告げられていた。今日でお別れな可能性もあるのだと、そんなふざけた話を聞かされていた。けれど、受け入れられなかった。受け入れられるはずもなかった。

だから、返ってくることもない一方的な約束を無理やりに結ぶ。神でも悪魔でもなんでもいい。ただ、あなたを失いたくなかった。


「絶対、だから。また会いに来るから。手繋いでね」

呪いでもよかった。叶うのならなんでもよかった。

まったく、一々重いんだよ なんて笑い話にしてしまいたかった。そうすれば、あなたとずっと一緒にいられるって、そう信じていた。

今も……信じていた、かった。のに……



───あなたは、嘘つきにもなってくれない、残酷な人だった。

3/17/2025, 12:06:20 PM

『叶わぬ夢』

その言葉はたぶん、世間一般的には負のイメージを持つフレーズなのだと思う。

── 挫折、失敗、無謀な高望み
どう言い繕ってみたところでプラスの響きなど存在しない、あまりに否定的な冷たい音。

けれど、


「あるだけ羨ましい、けどな」

個人的には夢を見られるだけ恵まれた環境であると、そうなにとなしに思った。

だって、少なくとも夢としたい目を焼くような光を映したことがなければ、理想がなければ潰えることすらない。初めから持たぬものなら失うはずもなし。羨むことすら叶わない、手を伸ばすことも許されない、そんな薄情な現実は世間にありふれているのだから。仮に掴めなかったところで挑戦する権利があっただけ幸せなのだと。


「そもそも、まだチャンスはある癖に」

簡単に諦めるその物分りの良さは、大っ嫌いだった。


テーマ; 【叶わぬ夢】

3/14/2025, 9:25:42 AM

寂しそうな背中をしていた。

凛と、蓮の如く咲き誇る清廉な姿。人はそれを完璧な所作だと褒め称え、まさしく百合の花と そう口々に言い募る。

品のある立ち振る舞いは人目を攫い、一目で見惚れさせる魅力的な姿形を持っていたその人。確かに見目麗しく、動作も気品に満ちていた。


けれど──

否、それ故に。
その人は、酷く繊細に見えた。

喩えるなら、そう。人の形を模した精巧な球体人形のような。人ならざるものの持つ、欠けたるが故に持ち得る特有の存在感と空気。空間と切り離されたかのような僅かな距離感と排他的な透き通りすぎる瞳。熱を与えることも奪うこともない一定な温度。何処までも作り物めいていた。

分かり合うことのない。理解されることのない孤独。それに慣れきって、求めることすらせず、風を切るように清く正しく己を律してはまた距離が開けてゆく。そんな、色のない寂寥を纏ったお手本のような華。気高く咲いて美しく散ることを定められたかのように振る舞うその姿が、どうしようもなく寂しく思えたから。



「───」

あなたの色を知りたいと、そう願ってしまった 。


テーマ; 【透明】

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