それは 己が目指した理想の具現
目の前にいる人物が,知っている何かによく似ている けれど違うそれが。その存在に似た何かを目にしているのが何時なのか,誰に似ているのか思いあたった瞬間に息を飲んだ。
それは,目の前のこれは,何よりも己に似ている。
似ている。なんて生ぬるいものじゃない。これは自分自身の生き写しだ。正しくは数年後成長したであろう自分の姿の。
「……自分」
恐る恐るその物体に触れてみる。幻覚か夢か,それとも理解の範疇を超えた現実か。果たして伸ばした腕はすぐ比較的暖かな体温に触れた。指先と皮膚混じり合う熱は初めからそうであったかのように混じりあって境界がわからなくなる。
同じだ。なんの根拠もなくそう思う。何がと言われれば答えられないが,これは自分と同義であると そう感じた。多少の違いがあれど貌(かたち)を創る根を辿ればひとつになる。
「納得したか?」
そう喋る人物の声はやはり自分のものと同一で,けれど何故かそれより心地よい振動を伝えてきた。まるで慈しむような柔らかな音。
一方的に触れる無作法を気にもとめず視線を合わせてくる余裕は今の己にはないもので,ずっと大人な人物の冷静さが距離よりも隔てる何かの存在を示す。
「……理解した。けど,もう少し」
触れていたいと思った。いや,離れたくないと思った。急に現れたそれがまた知らぬ間に消えてしまうのではないかと危惧したから。熱を感じていたかった。
きっとそんなことは無いのだと知ってはいるけれど,せっかく手に入った唯一無二の存在から目を離すことはどうしようもなく恐ろしいことに思われたから。
「ふっ。甘えたか? なら気が済むまで付き合おう」
互いに言葉は尽くさない。必要がないから。伝わる熱が 交わる視線が 表情が,ずっと感情を映すから。
同じ気持ちなのだと理解できた。感じた恐怖は己だけのものではなくて,一瞬にして芽生えた執着もまた。
ただ頷いて。指先を絡めて首元に顔を埋める。香る知らない香水の匂いはやがて身体に馴染んで,またひとつ近づいてゆく。重なり合う鼓動に視界がゆっくりと狭くなる。
「済まない,ずっと。だから……」
「我侭だな お前は。安心しろ,違えないさ」
瞼が閉じる直前,重い口を開いて願いを掛ける。子供の我侭を駄々を,叶えろと乞う。胸に巣食う想いの色が同じなのならと,甘えてみた。
自分なら伸ばされた手を振り払えないから。そんな打算でもって滅多にしないおねだりを。
頭を撫でる掌に安心して微睡む間際 とられた掌に吐息が触れて微かな熱を感じた。それがきっとはじまりの合図だった。
テーマ «不完全な僕»
その少年は自分を持っていた。
誰よりも強く揺るがない自分自身を彼は持っていた。少なくとも自分にはそう見えた。
陰口悪口仲間はずれ 何を言われても彼は気にもとめない。やりたい事をやって,やりたくないことはせずに自由気ままに過ごす。だからって決して協調性がない訳でもないしフォローも欠かさない。
嫌われることも多いけれど好かれることも多くて,しっかりと筋を通すその在り方はブレることがない。
強いと思った。傷つくことなどないのだと。他人などどうでもいいと切り捨てているのだと そう感じた。
だってそうでなければ,あんな風には生きられない。何にも侵されないほど強かなんだと根拠なくそう思った。
……それは多分 弱い自分の防衛本能みたいなもので。彼は特別だからと盲目的にそう信じ込みたいからだった。
「何でそんなに自由なの?強いの? 一人で怖くないの?」
そう聞いた。彼は数度瞬きを繰り返してそれから小さく笑みを浮かべた。少しだけ不思議そうに,それでも真っ直ぐに言葉を綴る。
『怖いよ一人っきりは。だからこそ自分を見てくれる人を求めるだけで。演じた自分を求められても満たされない』
『それを強さと呼ぶかはわからないけれど,誰も責任を取ってくれないなら後悔したくないだけ』
弱さの裏返しだよ?
愛されたいから 傷ついてもいいだけ。
どっちを選ぶかでしょ? そう笑った彼は強いのではなくて靱やかなのだと 初めて知った。
ずっと真摯な対応。場に染まることではなく向き合う事を求める態度。それが彼の生き方で本質だった。
足掻いてもがいて それでも手を伸ばす。そんな風に生きたことなどない自分とは全く違う覚悟の持ち方。
それが目に痛いほど眩しかった。
テーマ«裏返し»
鳥のように羽ばたけたらと そう願ったのは幾度か。
それは けして叶うことのない夢であって,だからこそ失うことのない希望のようにも思う。
濡れた雲に羽が重くなることも,蒼穹が汚染されているという事実も 嫌なこと全て見ないで済むのだから。
『だから私は,羽ばたけたらと空想するの』
そう言って微笑んだ少女がいた。夢を夢のまま抱え込むことを選び抜くそんな子が。
とても澄んだ瞳と洗練された思想を持つ少女だった。汚れなきその在り方は故に現実を隔てた。誰よりも現実に生きてどこまでも夢を愛して,真っ直ぐに視線を上げながらいつまでも瞼を伏せ続ける。
それはとても哀しくて気高く美しい生き様だったと 何故だかそんなことを思い出した。
それは神聖な響き
リーンゴーン リーンゴーン リーンゴーン
鳴り響く祝福。過去現在未来を表す音に視線をあげる。音源を探ればそこに純白の衣装に身を包んだ花嫁と花婿の姿があった。
これからの未来を考えると銘打ったプロジェクトの顔合わせも終わり時間は13時。はるばる1時間の時をかけ来たのだからとショッピングでも楽しもうと入った駅ビルの空中連絡通路から眺めた景色は,幸せをベールで包んだようなそんな色をしていた。
それはとても幸福そうで なんだか泣きたくなるほどに眩しいと思わせる時間が流れる場所。舞い上がる花びらも流れる音楽も何もかもが彼女たちの門出を祝う。
「いいな」
そう素直に思った。結構願望など欠けらも無いけれど,誰かにこれほどまでに祝われる機会はそうそうないと感じたから。
だから,幸せを願われる彼女たちが羨ましいと思った。
"愛してるって何"
そう聞いてきたのは一番の親友だった。
自分という軸を持っていて,相手を許容する余裕もあって 努力家で真面目な。少しだけ強すぎて君なら大丈夫って言われてしまうようなそんな子。
自分が一番好き。と公言してはばからないような裏表のない性格。あなたが笑顔になってくれたら嬉しい。だから,気にしないで なんて手助けしてくれるような優しさのある子。
"それは好きとは違うの?"
まるで子供のように純粋な視線で問いかけてくるその表情は少しだけ悲しげな色をしていたような気がした。まるで大事なものを奪われそうになっている小さな子供みたいに。
彼女は頭がいいから定義だけならずっとよく知っている。それでも感情は字面だけでは理解できないのだともわかっていた。だから教えて欲しいのだとそう言っている。
彼女はとても理性的で悟っていて 助けを求めることが苦手だった。だからいつだって,感情に迷いが出れば私を頼る。そう教えたから。
"相手の為を思って 相手の幸せを願って つまらないことでも向き合える"
"それは,これとは違うの?"
ああ,なんって真面目なのだろう。辞書を引いて小説を読んで詩歌を諳んじても実感なんかできるわけがないのに。
感情を単語に分解して分析したってそこに答えなどないのに。調べて探して器械にかけて それでもわからなくて私の元に来る。
「違わないよ。だから教えて,あなたは私をどう思う?」
"愛してる"
きっと世間はこれを つまらないことだと言うのでしょう。でもこれが私にとっての幸いで紛れもない愛の形だった。
だって,私たちは '相手の為を思って 相手の幸せを願って つまらないことでも向き合える'そんな関係だもの。
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だらけ
∨
人生がどんなに "つまらないことでも" 自分の作品を読んでくれる人がいるなら気分も上々になれる。
だから,ありがとうございます