今は閉ざされて見えないアイスブルー。それを思い浮かべながらそっと目尻に触れて唇を撫でて,そうやって夢の国にいる相手の感触を好き勝手に感じてから,最後に額に唇を当てる。
「良い夢を」
数時間後 君と視線が絡む時その時にはまた他人同士。寂しくないなんて嘘でも言えやしないけれど,それが運命なのだから。
恋人が奇病にかかった。前向性健忘症 1日で 正しくは眠ってしまえば記憶がリセットされる病。なんの前触れもなくそんな症状が現れたのが2か月前。それからずっとこうして過ごすことが日課になっている。
「また明日」
本音を言えば記憶を取り戻してくれれば嬉しい。けれど,朝会って状況を伝える度に苦しげに顔を歪める君を見ているから。ただ君との毎日を楽しめるようにひとつひとつ出会い初めを繰り返す。
自己中·ナルシスト·唯我独尊·利己主義·眼中無人……
言われなくても知っていた。私が自分のためにしか生きられないことなど とうに。
自分が可愛かった。自分が大切だった。自分が好きだった。傷つきたくない正しくありたい責められたくない...... それはきっと誰もが思う普通の感情でしょう?
だから,手の届かないものは早々に諦める。責任を取れないもの。中途半端は良くないから。初めから何もしない。切れる蜘蛛の糸ほど残酷なものはないから。
"あなたのため"
なんて唾棄したいほどに嫌悪している。押し売りの親切は用をなさないの。少なくとも私にとっては。
尊重と肯定が私なり精一杯の親切だから。
誰かのためには生きれないみたい。
それでも,私の行為が誰かのためになるのなら それほど嬉しいことはないわ。そう素直に思うの。
"自由" "解放" "独り立ち"
誰も彼も笑顔で夢を語る。大海を一人飛んでゆくのだとまだ見ぬ空に思いを馳せて希望を紡ぐ。どこまでも前向きに恐れもなく一歩踏み出す。
「また会おう」
それがとても眩しくて羨ましくて,理解不能だった。
ーーーー
規則は鎖ではなく道標で,指示は重荷ではなく追い風だった。自分は無力で平凡で社会は冷たく無情だと知っていた。夢は目標であって願い事ではないし,希望は想像の産物だった。
守られている恩恵は理解していた。それは今だけの特権なのだと。脅威に晒されず暮らしの保証された住処。それが囲うだけの"ゲージ"であっても構わなかった。
衣食住 + 愛
見世物でもよかった。欲しいものは正解は与えられて 自分は自分であればよかった。だから今日も鳥籠で謳う。
蝋の羽根は熱に耐えられず崩れ落ちる。ほらまたひとり。
定額退学退職解雇…… そんな話は絶え間なく。あの頃の夢を抱えたまま息を出来るのは幾人か。夢想家は悪夢と微睡むばかり。
だから今日も謳いましょう。彼等の人生を讃える詩を。彼らの夢と希望をメロディーに乗せて。物語を綴りましょう。
己の幸福を噛み締めて
テーマ : «鳥かご» 15
「おはよう」
「だよね〜」
「わかる」
「またね」
必要な単語はそれだけ。あとは笑顔と頷き。同意して肯定して同調して慰めて。毎日毎日そうやって時間が過ぎてゆく。
正直多分彼女のことは何も知らない。それはきっとお互い様で。ここにいる誰も何にも興味ない。ただ作られる"わ"から外されぬよう努め時を待つ。
それを"友情"とラベル付けしているの。
「願えば叶うなんて思ってたんだ」
笑ってよ 幻想に憑かれた世間知らずの夢見の子をさ。なんて,ふっきったように笑う君は知らない顔をしていた。どこまでも整った笑みを浮かべているのに泣いているように見える表情。
それはとても悲しい顔だった。
「なんで忘れてしまうのかな?」
例えば,空が吸い込まれそうに青いとか 水面に映る景色が綺麗だとか 香る花が馨しいとか。そんな小さなことに幸せとときめきを感じて,輝いた日々で煌めく心を弾ませていたのにさ。
机の下は秘密の世界 ブランコで空を飛んで 鏡は異世界へ誘う扉 金平糖は魔法の星のかけら。いつだって素敵なおとぎ話を作り出せたのに。
淡々と感情のない声は謳うように綴る。心のこもらない賛美歌みたいに撫でる音だけは響きは心地よい。
「なんで苦しいのかな」
別に今が嫌な訳ではない。でも,自由になったはずなのに囚われてる。時間もお金も行動範囲も どれだって全て弁えた範囲で望むがままなのに。
甘美なことも容易に成せるはずなんだけれどね。なにかが足りなくて満たされない。得体の知れない焦燥が身を重くする。そんな気がしてならないんだ。
なんて安っぽいポエムみたいだったかな。そんなふうにせっかく溢れた本音を冗談にしてしまう癖はいつからだったのだろうか。心を明け渡してくれなくなったのは何故。楽しくもないのに笑うようになったのはどうして。
「なにを求めてるのかな」
きっと誰もが迷い子で 希望などは忘れてしまった。かつて抱えていた純粋さは散財されて。社会に飲み込まれてしまった。
行儀よく整列したまま灰に染まって腐り合う。それを大人になると呼ぶ。
ああ,でも。絡む視線が嘘でないのなら。
無くし物も拾いに行けるのかな。
"大丈夫だよ"なんて,胸の内の小さな子どもが教えてくれるから。
―だから,そっと 君の手を取った。
テーマ : «子供の頃は» 13