その少年は自分を持っていた。
誰よりも強く揺るがない自分自身を彼は持っていた。少なくとも自分にはそう見えた。
陰口悪口仲間はずれ 何を言われても彼は気にもとめない。やりたい事をやって,やりたくないことはせずに自由気ままに過ごす。だからって決して協調性がない訳でもないしフォローも欠かさない。
嫌われることも多いけれど好かれることも多くて,しっかりと筋を通すその在り方はブレることがない。
強いと思った。傷つくことなどないのだと。他人などどうでもいいと切り捨てているのだと そう感じた。
だってそうでなければ,あんな風には生きられない。何にも侵されないほど強かなんだと根拠なくそう思った。
……それは多分 弱い自分の防衛本能みたいなもので。彼は特別だからと盲目的にそう信じ込みたいからだった。
「何でそんなに自由なの?強いの? 一人で怖くないの?」
そう聞いた。彼は数度瞬きを繰り返してそれから小さく笑みを浮かべた。少しだけ不思議そうに,それでも真っ直ぐに言葉を綴る。
『怖いよ一人っきりは。だからこそ自分を見てくれる人を求めるだけで。演じた自分を求められても満たされない』
『それを強さと呼ぶかはわからないけれど,誰も責任を取ってくれないなら後悔したくないだけ』
弱さの裏返しだよ?
愛されたいから 傷ついてもいいだけ。
どっちを選ぶかでしょ? そう笑った彼は強いのではなくて靱やかなのだと 初めて知った。
ずっと真摯な対応。場に染まることではなく向き合う事を求める態度。それが彼の生き方で本質だった。
足掻いてもがいて それでも手を伸ばす。そんな風に生きたことなどない自分とは全く違う覚悟の持ち方。
それが目に痛いほど眩しかった。
テーマ«裏返し»
鳥のように羽ばたけたらと そう願ったのは幾度か。
それは けして叶うことのない夢であって,だからこそ失うことのない希望のようにも思う。
濡れた雲に羽が重くなることも,蒼穹が汚染されているという事実も 嫌なこと全て見ないで済むのだから。
『だから私は,羽ばたけたらと空想するの』
そう言って微笑んだ少女がいた。夢を夢のまま抱え込むことを選び抜くそんな子が。
とても澄んだ瞳と洗練された思想を持つ少女だった。汚れなきその在り方は故に現実を隔てた。誰よりも現実に生きてどこまでも夢を愛して,真っ直ぐに視線を上げながらいつまでも瞼を伏せ続ける。
それはとても哀しくて気高く美しい生き様だったと 何故だかそんなことを思い出した。
それは神聖な響き
リーンゴーン リーンゴーン リーンゴーン
鳴り響く祝福。過去現在未来を表す音に視線をあげる。音源を探ればそこに純白の衣装に身を包んだ花嫁と花婿の姿があった。
これからの未来を考えると銘打ったプロジェクトの顔合わせも終わり時間は13時。はるばる1時間の時をかけ来たのだからとショッピングでも楽しもうと入った駅ビルの空中連絡通路から眺めた景色は,幸せをベールで包んだようなそんな色をしていた。
それはとても幸福そうで なんだか泣きたくなるほどに眩しいと思わせる時間が流れる場所。舞い上がる花びらも流れる音楽も何もかもが彼女たちの門出を祝う。
「いいな」
そう素直に思った。結構願望など欠けらも無いけれど,誰かにこれほどまでに祝われる機会はそうそうないと感じたから。
だから,幸せを願われる彼女たちが羨ましいと思った。
"愛してるって何"
そう聞いてきたのは一番の親友だった。
自分という軸を持っていて,相手を許容する余裕もあって 努力家で真面目な。少しだけ強すぎて君なら大丈夫って言われてしまうようなそんな子。
自分が一番好き。と公言してはばからないような裏表のない性格。あなたが笑顔になってくれたら嬉しい。だから,気にしないで なんて手助けしてくれるような優しさのある子。
"それは好きとは違うの?"
まるで子供のように純粋な視線で問いかけてくるその表情は少しだけ悲しげな色をしていたような気がした。まるで大事なものを奪われそうになっている小さな子供みたいに。
彼女は頭がいいから定義だけならずっとよく知っている。それでも感情は字面だけでは理解できないのだともわかっていた。だから教えて欲しいのだとそう言っている。
彼女はとても理性的で悟っていて 助けを求めることが苦手だった。だからいつだって,感情に迷いが出れば私を頼る。そう教えたから。
"相手の為を思って 相手の幸せを願って つまらないことでも向き合える"
"それは,これとは違うの?"
ああ,なんって真面目なのだろう。辞書を引いて小説を読んで詩歌を諳んじても実感なんかできるわけがないのに。
感情を単語に分解して分析したってそこに答えなどないのに。調べて探して器械にかけて それでもわからなくて私の元に来る。
「違わないよ。だから教えて,あなたは私をどう思う?」
"愛してる"
きっと世間はこれを つまらないことだと言うのでしょう。でもこれが私にとっての幸いで紛れもない愛の形だった。
だって,私たちは '相手の為を思って 相手の幸せを願って つまらないことでも向き合える'そんな関係だもの。
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だらけ
∨
人生がどんなに "つまらないことでも" 自分の作品を読んでくれる人がいるなら気分も上々になれる。
だから,ありがとうございます
今は閉ざされて見えないアイスブルー。それを思い浮かべながらそっと目尻に触れて唇を撫でて,そうやって夢の国にいる相手の感触を好き勝手に感じてから,最後に額に唇を当てる。
「良い夢を」
数時間後 君と視線が絡む時その時にはまた他人同士。寂しくないなんて嘘でも言えやしないけれど,それが運命なのだから。
恋人が奇病にかかった。前向性健忘症 1日で 正しくは眠ってしまえば記憶がリセットされる病。なんの前触れもなくそんな症状が現れたのが2か月前。それからずっとこうして過ごすことが日課になっている。
「また明日」
本音を言えば記憶を取り戻してくれれば嬉しい。けれど,朝会って状況を伝える度に苦しげに顔を歪める君を見ているから。ただ君との毎日を楽しめるようにひとつひとつ出会い初めを繰り返す。