まこここ子

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11/2/2024, 2:19:47 PM

 ルーティーンというものがある。私の場合は、眠りにつく前に単語帳を眺めながら、月を撮って送ることだろうか。
 まだ、この国の言葉に慣れていない。学問の都合で渡った「海の向こう」で、私はいまだに意思疏通すらできないのだ。せめて単語だけでも覚えておかなければ、という思いで、まずは渡ってくる前に本屋さんで買った易しめの単語帳を、頭に叩き込む。
 そして、合間に月を眺める。休憩がてら、満月も三日月も、新月の一歩手前あたりの月も楽しむつもりでいる。そして、撮る。一枚、ブレの無いように、なるべく自分の見ているものと同じ月になるように撮る。
 送り先は、地元の親友だ。

 同じ言葉でも、人によって思い浮かべるものは違う。例えば、さっきの「月」という単語に対して、西洋的な魔女や黒猫を思い浮かべた人もいれば、日本的な縁側での十五夜なんかを思い浮かべた人もいるだろう。月の模様がウサギに見えると言う人もいれば、私の渡ったこの地では、カニに見える人も、髪の長い女性に見える人もいるらしい。
 そんな多種多様なイメージがある中、それが偶然にでも、自分と同じイメージを思い浮かべる人がいたら、ちょっと嬉しいかもしれない。

「そっちの月は今日も綺麗だね」
「どう思った?」
「ロケットで行きたい。旗突き立てたい」
「私も!!!一緒に行こうね!!!!!」
「そっちで頑張ってね、宇宙工学」
「頑張る、君も情報工学頑張れ!!」

 ……同じものを見れているように感じられて、嬉しいかもしれない。

10/31/2024, 4:15:45 PM

 この先ユートピア歓迎。樹海に崖から、あなたのお家のドアノブまで。理想郷に行き着く方法なんてものはどこにでもあって、それはどんな人生を送っていても必ず辿り着くところではあるけれど、早く行きたいのなら、早く行ってもいい。どんな人生を送っていようが、終着点はこの世のどんな光景よりも美しい。
 そんな考えから発明された不可逆性の理想郷が、各地に設置されてから、もう2年が経った。ヒト一人が難なく入れるくらいのカプセルで、内側にあるボタンを押すと、カプセル内が窒素で満たされて、苦痛を感じずユートピア行き、一名様ご来店。からっぽになった中身はいつの間にかなくなっていて、もうその時にはお次のかたをご案内。どんな仕組みでできているのだろうか。中にチューブが入っていて、からっぽの死体を火葬所まで直送していたり、とか。
 初日では1日のうちに、累計利用者数100人を達成。スーツを着た中年男性から地雷系メンヘラ少女、不健康に太ったスウェットの大人に、小綺麗にした老人まで。みんな等しく、廉価なチケットを購入し、理想郷を求めて旅立った。

 実際、死んだら何があるかなんて分からない。それなのに、目に大きなクマをたずさえた女も、腕に切り傷が綺麗に並んだ男も、一見何もなさそうに見える人々も、「死後の世界は理想郷」だと信じて疑わない。オープン2日目、長蛇の列が並ぶカプセルに、あとどれくらいで世界は滅びるんだろうなんて考える。1日100人で住むなら、人類の滅亡はまだまだ先の話だろうに。このカプセルは、世界中どこにでもあるのだ。
 思い詰めたような利用者の顔が、ボタンを押すと緩む。その光景をわたしは、向かいの個人経営の喫茶店から眺めている。仕事の作業をするつもりで持ってきたノーパソは、もう一時間は眠っている。頭脳がはたらいていない状態、眠っている状態。それは死んだ後も同じことで、だったら理想郷なんてところでは、なにかを考えたりすることは一切できないだろう。そんなの、辛くはないだろうか。考えることのできない人生なんて、考えられない。
 そんなことを考えていると……ふと、何も追加注文なんてしてないのに、店員がやってきた。その片手には、錠剤と水の乗ったお盆。

「サービスです」
「あら……どうも」
「思い詰めてる顔を、していたので」
「………はあ」
「考えすぎるのもよくないです。結局のところ、わたしたちは勝てないから」
「………何の話でしょうか、それ」
「考えるのを終えられるのなら、それこそユートピアだと。個人の意見です」

 そう言った店員さんは、錠剤と水を、わたしの前に置いた。

「エクスタシーです。まだ裏の方にもたくさんあります」
「……ありがとうございます」
「特に、考えることが大好きなら、それを嫌いになりたくないのなら、今のわたしたちにとっては、それがユートピアじゃないでしょうか」
「……何が言いたいんですか」
「下手に真実を求めちゃダメですよ」

 気付けば、錠剤と水が目の前に置かれたまま、店員さんは消えていた。
 結局のところ、わたしはずっと、理想郷へと向かう人々のことを考えている。そこにある思いが何なのか、わたしはまだ理解することができないでいる。
 店員さんが言った言葉の真意を掴めたその時には、わたしもあのカプセルに入ることになるのだろうか。それか、目の前の錠剤を飲むか。

10/10/2024, 1:33:54 PM

 ボトンボトンと一個一個産み落とす。夜の砂浜には、わたし以外誰もいない。月の光が、わたしと愛らしい天使たちの行く道を示している。
 どうか、この子たちの未来が、明るく照らされていますよう。そう願いながら、わたしは穴に産み落とす。視界はだんだんとぼやけていって、光がかすんでいく。
 命をつなぐ。未来につなぐ。遺伝子を組み合わせて、はずして、くっつけて。そうして営んでつむいで、まずは十年先も、わたしたちが生き残っていればいいなと、そう思った。

 わたしたちウミガメが産卵のときに泣くのは、塩分を排出するためです。豆知識。

10/5/2024, 5:58:39 PM

 人は死んだら星になります。あなたもそうですよ。死んだら星になるんです。それが強く光るかなんて、私たち生きてる人間の眼に見えるような星になるかなんて、わかりませんけどね。
 まあそれでも、あなたはこれから星になるんです。あら、そんなに頭を深く下げられても困ります。あなたの夢だった「スター」になれるんですよ? 拒む理由なんてないじゃないですか。
 それにしても、「星座」ってやつありますよね。民族ごとに種類があるらしいんですが、それはそれとして。わたしはオリオン座とサソリ座くらいしか知らないんですが、あなたがもし、私たちも見ることができるくらいの星になったら、あなたを使って星座を作ってみようと思って。
 ええ、「スター」になるために、わたしの弟まであくどく蹴落としてきた人間を、恨まないわけないじゃないですか。あなたは覚えていないと思いますが、わたしの弟はあなたが落とした照明機材のせいで、一生モノの傷が顔にできました。まあ、あなたがライバルによくやる手法ですよね。
 ……で、星座の話に戻ると、あなたを星座にするなら、どんな星座にしようかと思いまして。実物とかけはなれた星座、外面だけはいい星座、無駄に大きくて周囲の顰蹙を買う星座。今のあなたを見ていると、それにちなんだ丁度いい星座の名前が思い付きまして。

「土下座」ですね。

10/2/2024, 1:32:25 PM

 マリアナ海溝から大脱出したかと思えば、上空1万メートルからの大降下。または近所のステージに赴き、マジカルパワーで紙吹雪を万札に。やってることが派手なのか地味なのか議論が起こるところではあるけれど、それでも立派にマジシャンをやっていた。
 そりゃあもう奇跡の連続。夜7時のテレビ越しに観ているあなたのビックリ顔も、画面から飛び出して直接見ちゃう。ふふ、面白いお顔!

 ……夢を届けて生計を立てられたのも2年ほど前の話で、今は週5でバイトを入れている。事故で、マジシャンの命とも言える両手を怪我してしまったその日から、いくらマジックをしても、わたしが奇跡を起こせる日は来なくなってしまった。今じゃ、ゴールデンタイムどころか地方局の深夜枠にすら呼ばれない、底辺マジシャンである。
 しかし、わたしはそれを、悲しいことだなんて思わなかった。そもそもこの世は諸行無常。永遠に流行ってるものなんて存在しないし、すべては何らかの形で衰えて、消えてしまう。その流れに飲み込まれただけのことを、悲しいだなんて思わない。
 ……そう、言い聞かせていた。

「あの、マジカルめぐみさん……ですか?!」
 街中で出会ったその女性は、話を聞くにわたしのファン。それも、親と夫と娘と息子…といった感じで、家族総出で推してくれていたらしい。
 2年前ゴールデンでやっていた『マジカルミラクルめぐみちゃん!』は毎回録画していた、テレビの前で会いに来てくれるのを待っていた、今でも応援している……と。
 ここまで聞いて、わたしは一つ、疑問に思うことがあった。
「……あの、実際にステージで見てくれたりとか……しました?」
 そう、わたしは日本全国、離島も含めてステージの在るところにはどこにでも赴き、マジックを披露した。大きい国にもいくつか行かせてもらったし、この人やその家族みたいなファンの方なら、見に来ていないほうが珍しいだろう。なのに、実際に見に行ったという話が出てこず、つい気になってしまった。
「いえ……じつは、私の娘なんですが……入院していて、ずっと外出もできない状態なので……」
 ……その瞬間、わたしは自分の質問を後悔した。それでも女性は、娘さんについて話し出す。産まれて1週間後に難病が発覚し入院、外に出たのは病院に移動があったときのみで、そんな娘を放って自分達だけステージに行くことはできない。
 しかしなにより、その娘さんがわたしのことを、一番熱心に推してくれている、と。家族が録画した番組を病院のテレビで観て、わたしのグッズやわたしが特集された雑誌も調べて集めて、最近ではマジックを練習するようになり、病院の入院患者さんの間で『マジシャンの女の子』として人気だと。

「その娘も、1ヶ月後に手術を控えているんです。ですが……成功率も低く、なにより本人が勇気を出せない状態なんですよ」
「……」
「このまま手術をしなければ、娘は………」
 そう言って、女性は口を閉じた。あらためて、わたしは自分の無責任さを後悔した。でもそれ以上に、自分の心持ちに苛立った。
 この世は諸行無常、そこにあるすべてが衰えていく、なんて。この女性の娘さんは、わたしがマジシャンとして活躍できなくなっても、変わらずわたしを応援してくれていた。その気持ちは衰えることなく、ずっと病院で、病院のテレビの前で、わたしの奇跡を待ってくれていたのに。
 ……その奇跡に、応えることができたなら。もしわたしが、また奇跡を起こせるようになれば。わたしは、娘さんを励ますことができるのだろうか。
 でも、それも不可能なほど衰えた気持ちで、2年間を過ごしてきたわたしには。手の怪我にかまけて、永遠なんて無いからと言い聞かせて、奇跡の連続を捨て去ったわたしには、それも無理だ。

 結局、その女性とはそれっきりだった。わたしはその足でバイトに向かったし、女性は町の大学病院の方向に向かっていった。
 『奇跡をもう一度』なんてものは無理だ。そう思ったわたしは、なにもしなかった。女性の娘が手術を受けられたのかは知らない。今も生きてるのか、外に出れるようになったのか、マジックをやってくれているのだろうか。
 奇跡を捨てたわたしには、奇跡を永遠に望む彼女の行く末を、知る権利が無い。

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