まこここ子

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 マリアナ海溝から大脱出したかと思えば、上空1万メートルからの大降下。または近所のステージに赴き、マジカルパワーで紙吹雪を万札に。やってることが派手なのか地味なのか議論が起こるところではあるけれど、それでも立派にマジシャンをやっていた。
 そりゃあもう奇跡の連続。夜7時のテレビ越しに観ているあなたのビックリ顔も、画面から飛び出して直接見ちゃう。ふふ、面白いお顔!

 ……夢を届けて生計を立てられたのも2年ほど前の話で、今は週5でバイトを入れている。事故で、マジシャンの命とも言える両手を怪我してしまったその日から、いくらマジックをしても、わたしが奇跡を起こせる日は来なくなってしまった。今じゃ、ゴールデンタイムどころか地方局の深夜枠にすら呼ばれない、底辺マジシャンである。
 しかし、わたしはそれを、悲しいことだなんて思わなかった。そもそもこの世は諸行無常。永遠に流行ってるものなんて存在しないし、すべては何らかの形で衰えて、消えてしまう。その流れに飲み込まれただけのことを、悲しいだなんて思わない。
 ……そう、言い聞かせていた。

「あの、マジカルめぐみさん……ですか?!」
 街中で出会ったその女性は、話を聞くにわたしのファン。それも、親と夫と娘と息子…といった感じで、家族総出で推してくれていたらしい。
 2年前ゴールデンでやっていた『マジカルミラクルめぐみちゃん!』は毎回録画していた、テレビの前で会いに来てくれるのを待っていた、今でも応援している……と。
 ここまで聞いて、わたしは一つ、疑問に思うことがあった。
「……あの、実際にステージで見てくれたりとか……しました?」
 そう、わたしは日本全国、離島も含めてステージの在るところにはどこにでも赴き、マジックを披露した。大きい国にもいくつか行かせてもらったし、この人やその家族みたいなファンの方なら、見に来ていないほうが珍しいだろう。なのに、実際に見に行ったという話が出てこず、つい気になってしまった。
「いえ……じつは、私の娘なんですが……入院していて、ずっと外出もできない状態なので……」
 ……その瞬間、わたしは自分の質問を後悔した。それでも女性は、娘さんについて話し出す。産まれて1週間後に難病が発覚し入院、外に出たのは病院に移動があったときのみで、そんな娘を放って自分達だけステージに行くことはできない。
 しかしなにより、その娘さんがわたしのことを、一番熱心に推してくれている、と。家族が録画した番組を病院のテレビで観て、わたしのグッズやわたしが特集された雑誌も調べて集めて、最近ではマジックを練習するようになり、病院の入院患者さんの間で『マジシャンの女の子』として人気だと。

「その娘も、1ヶ月後に手術を控えているんです。ですが……成功率も低く、なにより本人が勇気を出せない状態なんですよ」
「……」
「このまま手術をしなければ、娘は………」
 そう言って、女性は口を閉じた。あらためて、わたしは自分の無責任さを後悔した。でもそれ以上に、自分の心持ちに苛立った。
 この世は諸行無常、そこにあるすべてが衰えていく、なんて。この女性の娘さんは、わたしがマジシャンとして活躍できなくなっても、変わらずわたしを応援してくれていた。その気持ちは衰えることなく、ずっと病院で、病院のテレビの前で、わたしの奇跡を待ってくれていたのに。
 ……その奇跡に、応えることができたなら。もしわたしが、また奇跡を起こせるようになれば。わたしは、娘さんを励ますことができるのだろうか。
 でも、それも不可能なほど衰えた気持ちで、2年間を過ごしてきたわたしには。手の怪我にかまけて、永遠なんて無いからと言い聞かせて、奇跡の連続を捨て去ったわたしには、それも無理だ。

 結局、その女性とはそれっきりだった。わたしはその足でバイトに向かったし、女性は町の大学病院の方向に向かっていった。
 『奇跡をもう一度』なんてものは無理だ。そう思ったわたしは、なにもしなかった。女性の娘が手術を受けられたのかは知らない。今も生きてるのか、外に出れるようになったのか、マジックをやってくれているのだろうか。
 奇跡を捨てたわたしには、奇跡を永遠に望む彼女の行く末を、知る権利が無い。

10/2/2024, 1:32:25 PM