星空の下、私たちは生まれた。
ひとりひとり違うけれど、みんな同じ愛しい子。
さあ行ってごらん。
その目で、その耳で、その体、全部で感じるんだ。
全てを愛して。
そうしたら世界は輝くだろう。
人生は長いようで短い。
キミの人生は始まったばかり。
今日が一番若い日。
何か始めるに遅いことはない。
一緒に踏み出そう。
新しい自分。
世界に一つだけのもの
それを探しにボクは旅に出た
住み慣れた故郷を離れ
道なき道の森を抜け
右も左もない草原を過ぎ
暑い日も寒い日も
雨に打たれ強い風に向かって
ただ歩き続けた
色んな人に聞いても誰も知らない
世界に一つだけのものなんて見当もつかない
そう言って物珍しげにボクを見ては嘲笑う
いつしかボクは疲れ果て
そんなものが存在するのかどうか疑わしくなって
ここで最後にしようと人伝に聞いた賢者を尋ねた
賢者は言った
もうあなたは答えを見つけている
ここに用はないはず
故郷に帰りなさいと
ボクはまた長い年月をかけて故郷を目指した
いくつもの夜を明かして、ある日の朝、
ボクは懐かしい我が家に帰ってきた
父や母は腰が曲がって歳を取り
兄弟はすっかりシワが増えた大人になっていた
再会を喜び
世界に一つだけのものはとうとう見つからなかったと話そうとしたら
ボクが帰ってきたと知った幼馴染が駆け込んできた
幼かった彼女は大人の女性になっていた
彼女はずっと旅に出たボクを待っていたのだ
怒りながら泣いている彼女はそれでもボクを許した
息を呑むほどに美しい彼女の瞳を見て
ボクはやっと探していたものを見つけた
世界に一つだけ
それは愛
見つけるのが困難で遠回りしたけど
ボクはとうとう愛を見つけた
誰もが愛を探していて迷子になる
遠回りしてもいい
いつか分かる時がくる
愛とは許すこと
それが世界に一つだけのもの
何気ないふりをしてやり過ごした。
この人は気付いていないだろう。
私がどれだけ傷付いたか。
雰囲気を壊したくなくて、また自分の気持ちに蓋をしてしまった。
傷付いたと伝えないと相手には分からないことなのに。
自分を誤魔化すことは人を欺くのと同じこと。
人を軽くみてるから自分も軽くあしらわれることが多いのに。
そう分かってはいるけれど、言えない私。
楽しかった空気をぬるくなったコーヒーで流し込む。
どうしようもない自分に深いため息をついた。
「ハッピーエンドノススメ」
その本はシンプルなものだった。
著作者の名前もない。
約束まで時間があったので何気なく寄った図書館で手に取った本。
重厚な革の表紙と背表紙には金色の文字。
古めかしい味わいのある装丁が何故か気になって、アカネはページを捲った。
「人生においてハッピーエンドとは何かを成し遂げた時の区切りではない。
誰にも平等に訪れる最期の時に、自分の人生を振り返って納得することがハッピーエンドなのだ。
人生は時に理不尽で厳しく、辛く、絶望に打ちひしがれる時もあるだろう。
うまくいかないことを人のせいにして自らを省みず、不遇を嘆くだけの人生かもしれない。
あるいは、どうして自分はこうなんだと、自分を傷つけ続けることしか出来なかったのかもしれない。
それでもそんな自分を受け入れ、許し、愛すことで誰でもハッピーエンドを迎えられるのだ。
辛かったけど生き抜いた。
恨み辛みは残さないよう生きる。
自分を救うことが出来るのは自分だけなのだ。
ハッピーエンドのために人生はある。
色んなことを経験して、色んな思いを感じる。
辛いことや間違いもあったけど、それで良かったと人生を全うすることが、人としてただひとつの使命である。
いつでもハッピーエンドを迎えられるように、自分が納得できる生き方すること。
それが精一杯生きるということ。」
ハッとして腕時計を見るともう約束の時間だった。
慌てて元の場所に本を戻し、待ち合わせの場所に向かうアカネを後ろから眺める初老の男。
アカネが手に取っていた本を確かめると、タイトルが消え、何も書かれていない本になっていた。
今日は何の話だったのかな…
この本は不思議な力が宿る本。
手に取った人に合わせ、その人がその時に必要なことが書かれている。
あの子が何に悩んでいて、この本がどんな内容だったかは分からないけど、この先の生きるヒントになることは間違いないだろうと、表紙を撫でて男はまた本を元に戻した。
またこの場所だ…
いい加減にしてくれ…
ジョウは目の前の光景にうんざりした。
いくらやってみても前に進まない状況に陥ってから、どれだけ経ったのだろう。
時間の概念すら通じない今、焦りばかりが先走る。
ジョウとコハルは月曜日の朝を何度も繰り返していた。
原因は分からない。
月曜日の朝、電車を降りたホームで顔見知りのコハルと会い、友達でもないので何を話すわけでもなく学校に向かう道の途中、横断歩道を渡るとなぜか二人はまた電車から降りるところに戻っているのだった。
何かに巻き込まれてるのか?
何で二人だけなんだ?訳が分からない。
ジョウは何とかコハルと通常の時間に戻るれるように学校までの道を変えてみたり走ってみたり、毎回パターンを変えて試してみたけど、ある一定の時間になると同じ場所に戻っている。
決まって7時30分に二人だけ戻るのだった。
「…一体何だってんだ」
二人は今度は学校には向かわず、駅のホームのベンチて座っていた。
でもやはり7時30分にこの場所に戻ってくる。
何をしても無駄かもしれない。
糸口は掴めないものの二人は何となく学校に向かって歩き出した。
これしか出来る術がなかった。
もう何度目かの道。
何とか戻れないかとトライアンドエラーを繰り返しながら二人は話し合ってきた。
今までお互いじっくり話した事はなかったけど、同じ中学出身だったこともあり、コハルの意外な一面を知ってつくづく一人じゃなくて良かったとジョウは思った。
コハルは周りの友達にはいない地味なタイプで、時々顔を赤らめたり、早口で一人で暴走する癖がある。
一人で忙しなくワタワタするコハルが、だんだん飼っていたウサギのように見えてくる。
思い出して和んでいたジョウがちょうど交差点を渡りきった頃、コハルが足を止めた。
「?」
「あのね…」
ジョウが振り返るとコハルは今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。
実はこうなったのは…と震える声で切り出していたが、交通量の多い道路だけあって、コハルの声はかき消されそうだ。
「私!この後、ここで…車に轢かれるの」
何を言っているんだと一瞬理解できなかったジョウだったが、今この状況も常識からかけ離れている。
原因が事故だったとしたらと思うと全身が総毛立った。
「…それでその時、最期にジョウくんといっぱい話したかったなぁって思ったら…あの時間と場所に…」
戻ったの、とコハルは続けた。
「こんなことになったのは私のせい…ごめんね」
歩行者信号が点滅して赤に変わった。
コハルはまだ横断歩道の途中にいる。
コハルの事故が原因だったとしたら、同じ時間に事故に遭わないとまたループするということか。
でもそうなるとコハルは…
ジョウは咄嗟にコハルに駆け寄り手を取って道路を渡ろうとした。
「ダメだよ!私が死なないと元の時間に戻れない!」
時間が迫っていた。
自動車用の信号が黄色から赤になる。
減速が間に合わず左折しようとしている車が一台。
横断歩道の途中で手を振り払おうとするコハルを無我夢中で抱き寄せ、二人は間一髪のところで歩道に倒れ込んだ。
その瞬間、腕の中にいたコハルはいなくなり、ジョウは駅のホームに立っていた。
見慣れた光景だ。
朝の通学時間だから人も多い。
ここにいると言うとはコハルは無事なはず…
心臓はまだ早鐘を打っている。
同じ車両の左側のドアからコハルが降りてきた姿を見て、ジョウは長い息をついた。
「またこの場所で会えた…」
ホッとして安堵するジョウを見てコハルは涙を流した。