「ハッピーエンドノススメ」
その本はシンプルなものだった。
著作者の名前もない。
約束まで時間があったので何気なく寄った図書館で手に取った本。
重厚な革の表紙と背表紙には金色の文字。
古めかしい味わいのある装丁が何故か気になって、アカネはページを捲った。
「人生においてハッピーエンドとは何かを成し遂げた時の区切りではない。
誰にも平等に訪れる最期の時に、自分の人生を振り返って納得することがハッピーエンドなのだ。
人生は時に理不尽で厳しく、辛く、絶望に打ちひしがれる時もあるだろう。
うまくいかないことを人のせいにして自らを省みず、不遇を嘆くだけの人生かもしれない。
あるいは、どうして自分はこうなんだと、自分を傷つけ続けることしか出来なかったのかもしれない。
それでもそんな自分を受け入れ、許し、愛すことで誰でもハッピーエンドを迎えられるのだ。
辛かったけど生き抜いた。
恨み辛みは残さないよう生きる。
自分を救うことが出来るのは自分だけなのだ。
ハッピーエンドのために人生はある。
色んなことを経験して、色んな思いを感じる。
辛いことや間違いもあったけど、それで良かったと人生を全うすることが、人としてただひとつの使命である。
いつでもハッピーエンドを迎えられるように、自分が納得できる生き方すること。
それが精一杯生きるということ。」
ハッとして腕時計を見るともう約束の時間だった。
慌てて元の場所に本を戻し、待ち合わせの場所に向かうアカネを後ろから眺める初老の男。
アカネが手に取っていた本を確かめると、タイトルが消え、何も書かれていない本になっていた。
今日は何の話だったのかな…
この本は不思議な力が宿る本。
手に取った人に合わせ、その人がその時に必要なことが書かれている。
あの子が何に悩んでいて、この本がどんな内容だったかは分からないけど、この先の生きるヒントになることは間違いないだろうと、表紙を撫でて男はまた本を元に戻した。
3/30/2024, 8:09:46 AM