『物語の始まり』
朝起きて、ご飯を食べる。会社でも特にトラブルもなく、まっすぐに帰路に着く。夜ご飯と1日のご褒美のお菓子をちょっと食べて寝る。これが私のいつもの日常。今日もこの平穏な日常を過ごす……はずだった。
公園に人が倒れている。
それは帰り道の途中にある公園で、ふと何となく公園を見たら茂みから人間の手が見えた。おそるおそる近づくと19歳くらいの男の子が倒れていた。悲鳴をあげなかった自分を褒めて欲しい。
男の子がうぅんと小さく唸り声を上げた。
「だ、大丈夫ですか?」
控えめに声をかけ、肩を揺すってみる。男の子はパチリと目を開けてこちらを見た。
「…誰?」
「こっちが聞きたいわ!」と叫びたいのを我慢する。なにか答えようと口を開いたところで、ぐぅぅ〜と巨大な音が近くから聞こえてきた。それは男の子の腹の虫だったらしく、男の子は手をお腹に当てて呟く。
「お腹空いた……」
そこで私は、今日特売だからといって買いすぎたお肉の存在を思い出した。
「良かったら、家でご飯食べる?」
そう言って買い物袋を少し揺らすと、彼の目が輝いた。
「食べる!!」
この出会いが私の運命を大きく変えることになるとは思いもしなかった。
【平穏な日常】
【愛と平和を守る者】
「待って」
引き止めるために出した言葉は思ったよりも震えていた。
「本当に行っちゃうの?」
彼が振り返る。
「うん、行くよ。これは俺にしか出来ないことだから」
そんなことない!貴方以外でも出来るはず!だから、行かないで……
そんなことを言うつもりだった。貴方に死んでほしくなかったから。でも彼の目に宿っている決意を見ると、そんな言葉たちはするすると私の体の中を下って行った。
私は深く息を吸い、呼吸を整える。
「……そっか。うん、貴方なら出来るよ。誰よりも、愛と平和を望む貴方なら」
涙が滲む。それでも私は笑顔を作り続けた。
「待ってるから!ずっと、ずっと…」
滲んでいる視界の中でも、彼が笑うのが分かった。眉を下げて、目をふっと細める。私が大好きな笑い方だった。
「ありがとう」
そう言い残して彼は歩いていった。この地球を救うために。
涙を滲ませたまま見上げた空は今までにないほど、綺麗な色をしていた。
【愛と平和】
『もう戻れない』
目の前には銀色のアタッシュケース。その中には鈍い光を持った銃が入っている。
数日前、黒いスーツを着た男が目の前に現れた。不審がる私にその男は「君の両親の知り合いだ」と名乗って、このアタッシュケースを渡してきたのだ。「君は運命から逃れられない」そう言ってその男は去っていった。
その後に両親の遺品を漁り、その組織のことを知った。…そして、両親がその組織に殺されたことも。
だから私は、その組織に入ることにした。両親の仇を取るために。
銃を手に取る。ズッシリとした重みが手に乗った。その重みに、これから待ち受ける現実に手が震えたが銃ごと強く握り、震えを抑える。
……これで私はもう元には戻れない。
目の端にとある写真が映った。近寄って手に取ってみる。そこには無邪気に笑う私と幼なじみの彼が写っていた。
脳裏に今までの思い出が蘇る。
「バイバイ…いい警察官になるんだよ……」
そう呟き、写真を伏せた。
【過ぎ去った日々】
『転生しよう』
はぁと大きくため息をつく。だが、その音を拾うものは誰もいない。
妻と娘は出ていった。お金に執着する私に愛想を尽かして。
私に残ったのは、大量のお金と自分の利益のことしか考えない薄汚い大人たちだけだった。
「ハハ…!失って初めて気付くとはなぁ…」
呆れて笑いが出てくる。
ひとしきり笑ったあと、手に取ったのは愛用してる銃だった。
その時足元で「ニャン」と鳴き声がした。見ると、愛猫がこちらを見上げていた。昔と変わらないその黄色い目に、ふっと口角が上がる。
「お前ともこれでお別れか…」
そう言い頭を撫でるともう一度「ニャン」と鳴いた。それはまるで「またな」と言っているようにも感じた。
銃口をこめかみに当てる。今までの思い出が頭に蘇る。
…良い人生だとは言えなかった。だから、次は……
「人を愛せるような人になりたいなぁ……」
1人の男が倒れるのを、たった1匹の猫だけが見ていた。
【お金より大事なもの】
『届くことのない言葉』
ビルの屋上だからか、風が強く感じる。風になびく髪を押さえ、目線を動かす。屋上の端、パラペットと呼ばれる所に彼は座っていた。
近寄り、声をかけてみる。
「こんばんは」
彼が振り返る。その顔が少し歪められていて、思わずくすりと笑ってしまった。
彼の隣まで歩き、ビルの下を見下ろす。そこには、怪物と戦っているあの子がいた。物陰に隠れて心配そうに見ている彼女も。
「助けなくていいの?」
そう彼に問うと、彼は見てろと言わんばかりに顔を動かした。
そのまま見守っていると、あの子は新しい力を手に入れ怪物に勝ち、彼女の手を引っ張って扉に消えてしまった。
思わずヒューと口笛を鳴らす。
「勝っちゃった…さっすが」
彼を見ると、嬉しそうに口角を上げていた。
「なになに〜?教え子が強くなって嬉しいの?」
うりうり〜と彼のほっぺをつつくと、「辞めろ」と手を払われた。
そのまま彼は立ち上がり、後ろへと歩いて行ってしまった。私も慌てて立ち上がる。
「もう帰っちゃうの?」
彼はその問いには答えてくれず、ふっと消えてしまった。
「はぁ〜」
大きくため息を着いて、フェンスに寄りかかる。体重がかかり、カシャンと音を立てた。空を見上げると、月が淡い光を放ちながら綺麗に輝いていた。
「月が綺麗ですね」
無意識に口から漏れた言葉に、ハハと乾いた笑いが出る。絶対にこんな言葉、彼に届くはずないのに……。
空に浮かぶ月を目に焼き付けて、私は意識を閉じた。
【月夜】