『独占欲』
ベッドで眠っている彼女を見る。
最初はただ見守っているだけで良かった。君の笑顔が見れるなら、それだけで満足だった…はずなんだ。何時しか君の笑顔を見る度に、胸に黒いドロドロとした感情が溢れてくるようになった。傍にいてほしい、俺にその笑顔を向けて欲しい、……俺以外にその笑顔を向けないで欲しい。
それを初めて自覚した時、びっくりしたよ。他人にこんな感情抱くのは初めてだったから。でも、1度自覚したらもうダメだった。君を独り占めしたいという感情が日に日に強くなって俺の中で暴れ回る。
だから…今日、実行することにした。眠っている彼女の頬を撫でる。赤い月の光が俺たちを歓迎しているようだった。
「すまない…俺と一緒に行こう」
その夜、1人の女性が消えた
【欲望】
【遠くの街へ】
『イマジナリーフレンド』
「ただいまー!」
玄関の扉を開ける。靴を脱ぐ時間ももどかしく、適当に放り出し自分の部屋へと駆けた。
自分の部屋のドアノブを回す。勢いよく扉を開け、声を張る。
「先生!」
自分が思っているよりも高い声が出た。そんなに心が弾んでいるのだろうか。そんなことを冷静に分析する自分もいる。
窓の外を見ていた先生はゆっくりとこちらを振り返る。目を細めて優しく俺の名を呼んだ。それだけで胸がドキドキと高鳴る。
先生と一緒にベッドに腰掛ける。
「おかえり、今日はどうだった?」
俺の顔を見ながら先生はそう優しく問う。俺は今日あったことを身振り手振りしながら話をした。先生は優しい顔のまま、うんうんと頷きながら聞いてくれる。
「今日も頑張ったな、えらいぞ」
毎回、俺の話が全部終わると先生はそう言い俺の頭を撫でてくれる。俺はその時間が好きだった。先生が俺だけを見てくれるから。
俺は頭にある先生の手の暖かさに甘えるようにすり寄よった。
ーー
「…お兄ちゃん」
開けっ放しの扉からお兄ちゃんの部屋を見る。お兄ちゃんはベッドに座り、誰かと話しているようだった。私が名前を呼んでも反応しない。ただ、誰もいない空間に話しかけているだけだった。
お兄ちゃんは変わってしまった。あの日から人が変わってしまったように仕事人間になってしまい、虚ろな目で毎日を過ごしていた。ただ、ある時を境にまた笑顔を見せるようになった。最初は安心したのだが、お兄ちゃんは何処にいる時も誰かと話しているようになってしまった。私たちには見えない、誰かと。明確には聞いていないが、お兄ちゃんが話しているのはあの人だろう。……もうこの世にはいない、お兄ちゃんの先生だった人。あの人が亡くなった時お兄ちゃんは酷くショックを受けて、何も出来なくなってしまった程だ。それほど、お兄ちゃんにとって大切な人だったのだろう。
「……お兄ちゃん…!」
少し声を大きくし、もう一度呼びかける。しかし、お兄ちゃんには聞こえていないみたいだった。こちらには向かず、頬を染めて小さい子のような笑みを浮かべている。……あの人に対してはそんな顔するんだね。
家族なのに声が届かない、そんなもどかしさが募っていく。
【現実逃避】
『夢でしか会えない』
チチチチと鳥の鳴き声が聞こえる。もう朝か……と思いながら目を開けた。まだ覚醒してない頭で、もう少し寝ていたいとぼんやり考える。布団の暖かさに甘えてもう一度寝ようと寝返りを打った。
目に入ってきた景色に目を丸くする。至近距離の彼の顔があったのだ。すうすうと穏やかに寝息を立てて寝ている。少しでも動いたら唇と唇がくっついてしまいそうだ。そんな息遣いが分かるほど彼との距離が近いことに色んな感情が溢れ出してきた。
「う、うわぁ!」
叫び声を上げながら後ろに後ずさる。俺の動きのせいで掛け布団が大幅に乱れた。ベッドから落ちそうになり、肝が冷える。よく見ればそのベッドも俺が普段使っている物とは違った。
俺の叫び声のせいか、布団の暖かさを失ったせいか、彼がゆっくりと目を開ける。目を丸くして凝視している俺に向かって彼は寝ぼけ眼のまま「おはよう」と微笑んだ。寝起き特有なのかいつもより低い声も、目を細めて笑う顔も、知らないことだらけで頭が混乱する。と同時に胸が高鳴った。自分でもわかるくらいに顔が熱くなる。
体を起こして大きく伸びをしている彼が俺を見て可笑しそうに吹き出した。
「どうした、顔真っ赤だぞ?」
「え!?」
頬を押さえる俺を見て更に笑う彼。そんなに笑われるとなんだか恥ずかしかった。
笑い終えたらしい彼がベッドから立ちあがる。
「今日の朝ごはん当番は俺だったよな。その布団、ちゃんと直しておけよ」
そう言い、彼は扉に向かう。声をかける前に扉の奥に行ってしまった。
「まっ、待って!」
彼を追いかけるように扉を開ける。眩しい光が目を差した。思わず目を瞑る。
ーー
「っ!」
大きく息を吸い、目を覚ます。まず目に入ったのは見慣れた木の天井だった。周りを見渡しても目に映るのは、いつもの自分の部屋の景色だ。
「夢、だったのか…?」
夢の彼を掴もうとした手を見つめていると、記憶が溢れてきた。
疲労感にまみれる自分の体、荒い息遣い。そして、傷だらけで地面に倒れている彼。
「あぁ…そうだ……」
彼の命の灯火が消えるのを俺は目の前で見た。
「ふ、ふふ」と口から笑いが漏れる。彼が敵になったとしてもこれが俺の本心なのだ。
ーもう彼はこの世にいない。
「俺が、殺したんだもんなぁ……」
壁に寄りかかり、目を閉じる。
目を閉じれば、夢の彼にまた会える気がした。
【君は今】
『違う温度』
はぁとため息が口から漏れる。物憂げな空と同じく、私の気分も晴れなかった。いつもより上手くまとまらない髪を指に巻き付けながら口を開く。
「なに、何の用?」
そう問いかけながら振り返ると、予想通り彼が立っていた。目を見開いていたが、直ぐに苦虫を噛み潰したような顔に変わって思わず笑ってしまう。
「あら、どうしたの?そんな顔して?」
「……別に」
そう拗ねたように顔を背ける彼に益々笑いがこみ上げてくる。そんな空気を正すように、彼は咳払いをした。
「……あいつがついに力に目覚めた」
その言葉に、髪を巻き付けていた指が止まる。指から髪がするすると解けていった。
「そう…あの子が……」
恐れていたことが起きてしまった。今はまだ大丈夫かもしれない。でも特別な力を持ったあの子が暴走なんてしたら……
そんな最悪のケースを考えこんでいると、いつの間にか彼が隣に来ていた。彼にそっと手を取られる。彼の手は私の手より暖かく、私の手にじんわりと熱が移っていくようだった。
「俺と一緒に来ないか」
彼の目はいつになく真剣だった。その目から逃げるように目線を外す。無意識に噛んでいた唇を緩め、息を吐き出した。
「…ごめん、私は私のやり方であの子を見守るから」
そう言い、繋がれていた手を外す。
彼は少しの間のあと「わかった」と言い、くるりと踵を返した。彼の白いコートも一緒にふわりと翻る。コツコツと足音を鳴らして去っていったかと思えば、すぐにその足音は止まった。
「……必ず後で迎えに行く。それまでに心の準備をしておけ」
その言葉に急いで彼の方を振り返るが、そこにもう彼はいなかった。
私は先程まで繋がっていた手を見つめ、無くなった温度を取り戻すように手を握った。
【物憂げな空】