私の夫は、いわゆる顔がいいと呼称されるタイプの人間だ。対して、私自身は至って普通の容姿ということもあり、どうしても劣等感を感じてしまう。その夫は、性格も私と違いひねくれておらず、優しさの権化のような人間だ。
けれど、1つだけ優越感を覚えることがある。それは、夫が最優先することが家族である私ということだ。私は、昔から家族に対する劣等感があったが、夫のおかげでそれが無くなった。だから、私は優越感を覚えるのだ。夫が、私にとって最高の家族でいてくれる事に嬉しさを隠しきれないのが最近の悩みであり、それを上手く隠す方法を模索中だ。
私は家族を愛している。
お終い
私は、今日まで務めていた会社を退職した。もう、随分と歳を食っていたということもあり上から定年退職を言い渡されたのが理由だ。けれど、いざ辞めてみると開放感と達成感でとても気持ちよく感じる。だが、同時に喪失感というものが体にのしかかってくるのを感じた。今まで、働いて実感していたものが失われるのだから当然といえるだろう。私は落ち着かない気持ちのまま家への道を進んだ。歩きながら、ふと周りを観察すると私が生まれた時から営業している駄菓子屋を見つけた。
別に特別、思い入れがある訳でもないのに、私は無意識にそちらに足を向けて動かしていた。そして、いざ、駄菓子屋の中に入ると懐かしさと安心感を覚えた。そして、私は気づいた。これまでずっと押し殺してきたものは、もう隠す必要が無いのだと思うと無意識に笑みをこぼした。
自分が隠し通した子供染みた思いが、何十年の時を経て蓋を開いた。
お終い
僕は、ポケットにしまっていたスマホを取り出すと1件だけLINEを送った。このLINEを、君が見てくれる確証はないけれど、儚い気持ちを抱いて、夜空を見上げる。君は、僕を許してはくれないと思うが、選択を変える気はない。決意を胸に僕は、崖端に立つとそのまま前へ足を進めた。当然、僕の体は重力に従い下へと落ちていく。次に、目が覚める時、僕は人間を辞めているだろう。僕を狂っていると言いながらも傍に居てくれた君と、この夜空を見ることができないのが唯一の心残りになるだろう。それでも、僕はなりたいんだ。最後に、遠くで何かが潰れるような音を耳にして意識が途絶えた。
彼は、夜空に輝く星になりたい。
お終い
秘話
星空の物語とリンクしています。
夢の中では、私は自由でいられる。私は、どんな自分にもなれる。アニメのようなヒロインにも、実写にいる顔がいいと呼ばれる人間にだってなれる。けれど、目が覚めると、現実が襲ってくる。平凡な顔に平凡な頭脳を持ち生まれた普通の人間が私だ。夢の中のように理想を完全に体現することはできないけれど、それでも、私は少しずつ理想の自分に近づく。だから、今日も新しいことにチャレンジする。私が、私を好きになるための1歩を自分の意思で踏み出す。
夢と現実、どちらの理想も私は愛する。
お終い
昔から大人の喜ぶ事が手に取るようにわかった。大人は、私がテストで100点をとって学校から帰ると酷く気味の悪い顔で私を褒めた。大人は、手のかからない子供が好きなのだと知ると、何事にも細心の注意をはらって生活するようになった。大人は、確信を突かれると酷く怒りを爆発させるのだと知ると、大人を怒らせない言葉を慎重に選んでから発言するようになった。大人が、お前なんか産んだのが間違いだったと包丁を向けてくれば、逃げずに殺さないでくれと本心とはかけ離れた言葉を紡いだ。私は、大人の言うことを聞く、いい子でいた。
けれど、1度だけ大人の喜ぶことをできなかったことがある。それは大人が、私を愛してると言った時のことだった。その時、私の口は固く閉ざされたままであり、体は鉛のように重く心臓の音だけが頭の中にうるさく鳴り響いていたのをよく覚えている。人間は、幸福な記憶よりも恐怖や暴力と言った負の感情が煮詰まった記憶を優先して脳に記録する。だから私は今日もその記憶を思い出して、この言葉を口にする、愛していると、けれど、私はこの言葉を信用しない。なぜなら、この言葉は大人を喜ばせるための道具でしかないからだ。それでも、私はいい子を演じる。大人が大好きな、都合のいい人間に私はなるしかないのだ。
大人は、私の当たり前を支配している。
お終い