私は、あなたに憧れていたんだと思う。
あなたの言う
「いいんじゃない?」に
あなたの言う
「君はどうしたいの?」に
あなたの言う
「そんなことを言ったら、君のことを好きな人が悲しむよ」に
ずっと、ずっと居場所を感じて生きてきたのだと思う。
苦しくて、切なくて、
でも嬉しくてたまらなくて、安心して、
気づけば弱みを見せてしまうあなたのことを
私は心から好きだと確信していたのだと思う。
否定もせず、遠ざかりもしない。
けれどそこには、簡単には越えられない透明な壁がある気がいつもしていた。
その壁を越えたくて、もしかして私なら越えさせてもらえるんじゃないか。そんな気がして。
追いかけて追いかけて、
近づきすぎて、追い越して、
振り返った時突然小さく見えたあなたに
私はひどく驚いたの。
短編 -遠い日のあなたを忘れることは-
※今回の内容は少しきつい言葉や表現が出てくるため、苦手な方は飛ばしてください‥ 余白より
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「どうして言った通りにできないんだよ?」
怒鳴り声が響き渡る、23時半。
母に投げられたティッシュボックスがコロコロと音を立て、床に落ちていった。
妹が泣き始めた。
この地獄が、今日はあと何時間続くだろう。
家には、怪物がいる。
怪物は、普段人間のふりをするのがうまい。
だからみんなは口を揃えて言う。
「本当に優しそうなお父さんだね」
私はみんなの言う'お父さん'がどれだけ優しいのか知らない。だから頷きもせず、否定もしない。
曖昧に微笑む私の脳裏に浮かんでいるのは、
豹変したあの姿。
原因はきっと、いろいろあるのだろう。
会社であった何か、プライベートであった何か。
何かに触発され、母に子に怒りをぶつけ発散する。
泣き叫ぶ子供に情け一つかけず、破壊と暴言を繰り返す。
そして決まって翌日、声色を変えてプリンを買ってくる。それだけで許されると思っている、恐ろしい生き物。
なんて、愚かな'怪物'だ。
そういえば当時、一番仲良くしていた男の子に
「お前、父ちゃんにちゃんと優しくしてる?」
と聞かれたことがあった。
「普通、かな」
と答えた私に彼は、
「女の子ってひどいよなー。
優しくしないとかわいそうだよ?父ちゃん。」
と言われてしまった。
当時それが相当応えた。
何も返す言葉が見つからず、黙ってその場を立ち去った気がする。
そして、きっと彼の父親は素敵な人なのだろうと勝手に寂しくなった。
誰にも相談できない。
友達に言ってしまったら、噂は勝手に一人歩きをはじめイジメに発展する可能性だってある。そんなことになったら、学校に行けなくなる。
ただでさえ近所には
怪獣が豹変した後の怒鳴り声や物音を聞いて、
何回か通報した人がいるんだ。
-私の口から何かを発言してしまったら、平穏から遠ざかってしまう。-
当時の私は本気でそう思い込んでいた。
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「こんな話、わかってもらえる人がいるなんてね」
そう言った親友は。安堵と悲しみに満ちた表情をしていた。
その顔を見ながらふと、当時の私に思いを馳せる。
毎日が地獄だった、あの頃。
ずっと怯えて生きていた、あの頃。
やがて地獄の日々は終わりを迎え、
同じような経験をした親友が唯一の理解者になってくれた。こんなにも平穏な生活が送れるようになるなんて、当時は想像すらできないだろう。
そして私たち家族を苦しめてきた怪物には、それなりの報復が待っていた。
遠い日のあなたを忘れることは決してないけれど、
あの頃がなければ今の私もない。
そう思えば、その憎しみさえゆっくりと手放すことができる。
誰もが、人には言ったことのない'あの頃'を持っている。
'あの頃'の自分に伝えられる言葉があるなら私は迷わず、
「大丈夫だよ」
と言うだろう。
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「ただいま!」
今、私の全ての幸せは
この家の中から生まれている。
大好きな人たちの、泣き顔ではなく笑顔を見つめ、
生きている。
-遠い日のあなたを忘れることは-完
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あとがき
初めまして、余白です。
前回と前々回の短編を読んでいただき、またたくさんのいいねを押していただき本当にありがとうございました。
心から嬉しかったです‥
今回も恋愛を描こうかと迷いましたが、
お題を見た瞬間に浮かんできたこちらの物語にしてみました。
激しいものが苦手な方、ごめんなさい‥
誰しも、人には見せない部屋や(心理的な)
社会で生きていく上で見せないようにしてる面があるのではないかな?と。思っています。
(全員ではないと思いますが‥!)
それが、幼少期の記憶やトラウマだったり
そこで育った弱い自分だったり。
たまにその部屋を覗いて
うずくまっている小さな自分に、
「やぁ元気?」
と話しかけてあげると、なんとなくその子に喜んでもらえるきがしませんか‥?(伝わるかな‥)
自分はできるだけ、
普段見ないようにしてしまいがちな
'小さくて弱い自分'を置いてきぼりにしないで生きたい。と常、思っています。
今回はどちらかと言うと'苦しみ'をみつめるような作風でしたが、同時に'楽しさ'をみつめる作業もとても大切なことだと思っています。
楽しいを突き詰めるような作品も描きたい!
と思うのですが、、、なかなか自分の描くものは、色で例えると寒色系が多い気がしています。
今後に期待‥ですね。(笑)
こちらでの短編がまとまったら、いつかKindleで出版もしたいな‥なんて思ったりもしています。
(短編をたくさん集めないと‥)
なんだか変な奴がいるな‥
と言うくらいで見守っていただけますと幸いです。
それでは、皆様また‥!
余白
ー入道雲が喰らった初恋ー
入道雲が君の全てを覆い隠した。
あの夏 君は、本当はなんて言いたかったったのだろう。
「俺らは、ずっとこの距離だと思うよ。
良かれ悪かれね。」
真夏の空の下、大きな入道雲を眺めていたら届いた
君からの返信メール。
そこに書いてあったこの一言を、三年経った今もずっと忘れることができない。
誕生日おめでとう。
大人になってもずっと仲良しかな
それともお互い家族ができたりして、
会わなくなるのかな なんてね
確か、僕はこんなメールを送ったと思う。
先に好きになったのは、僕だと思う。
君は知らないだろうな、話したことがないから。
ヤンチャで派手で人気があって、大体の先生のお気に入り。一生関わる事なんてないと思ってた。
隣の席になった君は、思ったよりフレンドリーなやつで、僕がなにげなくいう一言にいちいち大爆笑してた。
中学に上がるまでには、周りからもセット扱いされるくらい仲が良くなっていた。
君は、僕になんども「好きだ。」と言ってくれた。
その度にこの言葉が僕の頭を支配する。
「大切すぎてどうすればいいかわからない」
君を失いたくなかった。
恋愛関係なんていつかは終わる。
長い長い学生生活の間、僕はただ必死に
''君との関係を永遠のものにしよう''と友達に徹し続けた。
二十歳の誕生日
僕が抱くこの気持ちは愛である、
そう気づいたときには、もうすべてが遅かった。
「俺らは、ずっとこの距離だと思うよ
良かれ悪かれね。」
いつからだったのだろう?
君に近づこうとするのに、ある一定の距離までしか近づくことができない。
それ以上先は、どうしても進む事ができなかった。
ーお前とは友達以上にはなれないよー
ーお前に俺の弱さの全てを見せられないー
そんな声が、聞こえた気がした。
失いたくないが故に僕がとったあの行動は、
僕らの絆を永遠にするものではなく
君と僕の間に目には見えない深い溝を作る行為だったと、僕はその日初めて気がついた。
君は恋人の家に入り浸るようになった。
弱さを共有し、互いに慰め合いながら生きているらしい。
永遠を望んだその先に僕が見たものは、
友情にも恋愛にもなりきれなかった行き場のない愛情と歪んだ執着心だった。
あのメールをもらった夏から三年。
君への愛情が、まだあと少し、ほんの少しだけ残っている。この夏に全て溶けてしまいそうなほどに、ほんの少しだけ。
「俺らは、ずっとこの距離だと思うよ。
良かれ悪かれね。」
君のことだからきっと、僕を傷つけまいと遠回りして言葉を選んだんだろう?
あの夏、本当はなんて言いたかったの?
見上げた空に、あの日見たような入道雲。
僕の中にある君への想いを全部、
この先永遠に覆い隠してくれる気がした。
ー入道雲が喰らった初恋ー終
ー夏に溶けた想いー
「夏は嫌い」
そう言った僕に、
君が少し困ったような笑顔を見せた。
自転車を漕ぐ二人の頬をサラサラと風が撫でていく。
「一緒に登校しよう」
はじめての君からの誘いに、僕の胸は高鳴っていた。
好きだ。と
いつまで経っても言ってくれない君に、
密かに期待をよせつづけている。
そんな君に恋人ができる度、毎度僕は落胆する。
期待ばかりをさせるのが得意な君は、おそらく悪い奴なのだろう。
きっと肝心な事は言えないタイプなんだ。
好きでもないやつと付き合うのは、僕の気を引きたいからなんだ。
そんな都合のいい解釈が次々と浮かぶのも、
君に惚れ込んでいるからに違いない。
醜い焦燥心を悟られまいと、今日も涼しい顔で君に会う。
君はとても頭がいい。
僕が離れようとするタイミングで、ちょうどよく飴を持ってくる。なかなか僕の心を手離してくれないのだ。
「どうして誘ってくれたの?」
頭の中で何度も質問をするのに、口からは一向に出ていってくれない。
いつの時代も口下手な男は嫌われる、わかっているのには器用にはなれない。
二人、自転車を漕ぐ。
スイスイ、と音を立てながら。
生い茂る木々の葉が青々としている。
夏の日差しをうけてきらきら揺らめいて
頭がくらくらするほどに、眩しい。
このまま夏が終わるのかな。
好きだと言ったら、壊れるのだろうか。
君は僕を、どう思ってる?
その一言が怖くて、一年半も経ってしまった。
夏が好きな君。
僕が好きな君。
僕が君に言った、
「夏は嫌い」
瞬間、
照りつける日差しの下
君の瞳に影が生まれた、気がした。
爽やかな風に押し出され、二つの自転車は坂を上がっていく。
僕らはきっと、これからもすれ違うのだろう。
一緒にいても互いを傷つける運命なのだ。
好きだという感情だけでしか繋がることのできなかった僕らの結末が見えた、気がした。
夏の暑さで、僕の想いは溶けていく。
ー夏に溶けた想い 終ー